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ブレインキラー  作者:
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第二ゲーム 『フラッグ』 その13

 純也たちが試験場の前まで戻ってくると、そこでは小さな騒ぎが起きていた。


「金ならいくらでも出す! だから端末を譲ってくれ!」


「あんた、馬鹿だろ! 金なんかここで何の役に立つって言うんだよ! そもそもどうして一つしかない端末をあんたに譲らないといけないんだ!」


 池沢に泣きながらしがみついているのは、先に試験を受けていた渡辺だった。

 池沢は渡辺を振り払おうとするが、渡辺も必死の形相で池沢にしがみついている。

 その光景を見ただけで、純也には何が起きているのか、はっきりと理解できた。

 恐らく渡辺は試験に落ちたのだ。そしてこの場にいないのは荻野と間宮の二人。どちらかは既に試験をクリアーし、もう片方は今試験を受けている最中なのだろう。


「純也さん……」


「同情しちゃいけない。俺たちも端末は一つしか持っていないんだ。助けたくても無理なんだよ」


 隣で悲しそうな瞳で見上げてくる美耶子に、純也は小さく首を振った。

 出来るのなら助けたい。だが、助ける手段はないのだ。

 そのとき、ピッとドアのロックが解除される音が鳴った。

 一瞬、場に重たい沈黙が下りた。

 果たして試験をクリアー出来たのか、それとも渡辺と同じく試験に落ちたのか。

 しかし、どれだけ待っても試験場から人が出てくる気配はなかった。

 それが意味することは一つ、今試験を受けていた誰かは試験をクリアーしたということだ。


「ええい、どけっ! 次は僕が受ける!」


 池沢は渡辺の顔面を何度も何度も蹴りつける。そして渡辺の力が緩んだ瞬間を見計らって、彼の束縛から抜け出した。

 そして端末を読み込ませると、そのまま試験場へと入っていった。

 ドアが閉まり、ロックのかかる音が鳴る。


「ん、君たちは!」


 渡辺が純也たちに気付く。

 そして這うようにして駆けてくると、純也の足元にしがみついてきた。


「君たち、私に端末を譲ってくれないか! 金なら後でいくらでも出すから!」


「ごめん、俺たちも端末は自分の分しかないんだよ。だからあんたには譲れない」


 純也の言葉に渡辺の顔は色を失い、力なくうなだれた。

 純也としてもどうにかしてやりたいが、彼を助ける手段はない。


「渡辺さん……」


 どう言葉をかければいいのか悩む純也の耳に、何か小さな囁きのようなものが聞こえてきた。

 それはすぐ足元ですがりつく渡辺から聞こえてくる。


「…………せ……」


「えっ?」


「なら、お前の端末をよこせっ!」


 突然、渡辺は純也にのしかかるようにして掴みかかってくる。

 その汗に濡れた手は純也の持つ端末を掴もうと必死だった。


「くっ!」


 はねのけようにも渡辺は尋常ではない力を発揮していて、彼の束縛から抜け出すことが出来ない。

 さらに先の田嶋に痛めつけられた傷が痛み、純也は苦痛に顔をしかめる。

 そして一瞬の隙を突き、渡辺は純也から端末を奪い取った。純也は渡辺に蹴り倒され、地面に這いつくばる。


「やった! これで助かるぞっ!」


 表情に狂気の笑みを浮かばせながら、渡辺が言う。


「純也さん!」


 美耶子は悲痛な声を上げ、純也の傍に寄り添う。


「くそっ……」


 純也はすぐに立ち上がろうとするが、痛む身体がそれを阻んだ。


「そうだ! ついでにお前たちの端末もよこせ! そこのあんた、俺と協力しないか? こいつらの端末を奪い取って山分けしよう!」


 伊月へと視線を向けながら、渡辺が笑う。

 女子供ばかりのこのパーティから端末を奪うのは容易いと読んだのだろう。そしてそれの障害となる伊月を味方に取り込もうとしている。

 女性陣は不安そうに伊月を見つめる。伊月はいつもと代わらない無表情のままだ。

 そして伊月が一歩前に出る。渡辺に向けて。


「確かに、生き残るためにはそれが最善だろうな」


 静かに、淡々と伊月が告げる。


「い、つき……」


 純也は信じられないものを見たという風に、伊月を見上げる。美耶子も不安からか全身を強張らせた。


「な、お前にも悪い話じゃないはずだ。ここは私と協力して……」


 喜色を浮かべる渡辺。


「ああ、確かに生き残るためにはそれが最善の策だ。だがな、俺は人間だ。外道に堕ちるつもりはないっ!」


 神速のストレート。

 伊月の繰り出した正拳突きは見事に渡辺の頬にヒットする。


「ぶぎゃっ!」


 くぐもった悲鳴をあげる渡辺のふくよかな腹に今度は膝蹴りを叩き込む。


「――っ!」


 最早声にならない悲鳴をあげ、渡辺がのた打ち回る。

 そんな渡辺を伊月は冷たい瞳で見下ろす。


「ああ、確かにこのゲームは陰湿だ。人としての尊厳をかなぐり捨てなければ、生き残ることも難しいだろう」


 静かな独白。そして伊月の視線が純也へと向けられる。そこには温かな感情と、そして尊敬の念のようなものが浮かんでいる気がした。


「だがな、この少年のように、人としての尊厳を失わずに、生き残ろうとする者もいるんだ。周りの者を助け、自分に危害を加えてきた相手でさえ助けられるのなら助けようとする。このゲームにおいては愚かな行為かもしれない。いつかそれがこの少年を殺すかもしれない。だが、これこそ俺たちが失ってはいけないものだ。人としての尊厳や誇り。この少年を見て、俺は気付かされた。人としての道を踏み外してまで生き残るつもりはないとな」


「伊月さん……」


 純也は胸が熱くなるのを感じていた。


「なら、私も助けてくれ! このままだと、私は死んでしまうのだぞ!」


 渡辺も必死だった。土下座し、涙や鼻水に涎を垂れ流しながら、必死に懇願している。


(ああ……)


 純也はどうしようもない失望と悲しみを覚えた。

 人は生きるために、ここまで卑屈になれるのかと。

 いや、それは間違ってはいないのだ。

 渡辺は今自分が生き残るために、あらゆる手を尽くそうとしている。

 だが今、目の前の哀れな男を救う術を純也たちは持っていない。


「すまない。俺たちにお前は救えない」


 伊月の言葉に渡辺は糸の切れた人形のように崩れ落ちた。

 だがすぐに顔を上げると、狂ったような笑い声をあげ始める。


「そうだ! カードを探そう! きっとどこかにまだあるに違いない!」


「いや、カードはもう……」


 純也の言葉を伊月はただ首を振って制する。

 渡辺は虚ろな表情で通路を歩いていく。それを止めることは誰にも出来なかった。


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