第二ゲーム 『フラッグ』 その10
場には沈痛な空気が流れていた。しかしいつまでも悲しみに沈んではいられない。
こうしている間にも刻々と時間は過ぎていくのだ。
純也たちは庄之助の死体に背を向け、チェックポイントの探索に戻った。
しかし、そこで純也たちは思いも寄らぬ事実を知ることとなる。
通路の向こうから歩いてくる三人組。
伊月と美里、留美の三人だった。
「えっと、伊月さんだっけ? そっちの調子はどう?」
純也は伊月たちを警戒しながら話しかけた。伊月も田嶋のように襲ってくるかもしれないからだ。
「こっちはあと一枚あれば全員が試験を受けられる状態だな。そっちは?」
「こっちはあと三枚」
純也がそう答えると、伊月の隣に立っていた留美が顎に手を当てて考え込む仕草を取った。
「ふむ、あと四枚か。ちょうどいい。ここらで一つ確認しておこうじゃないか。君たち、ちょっとこれを見てくれないか?」
そう言って、留美が自分の端末を操作し、マップを表示させる。
「私達が回ったのは、ここからここまで。君たちが回ったポイントを教えてもらえるかな?」
「あ、なるほど。確かに外れの場所を教えあうことが出来れば、時間の削減になりますよ」
美耶子が納得いった風に頷いた。だが純也は険しい表情を伊月たちに向けていた。
「しかし、あんたたちを信用していいのか? 嘘の情報を教えるかもしれないだろ」
「まぁ、そこは信用してもらうしかないな。しかし、闇雲に探すよりはマシだと思うが?」
留美の言葉に、しばらく悩んだ後、純也は渋々ながら頷いた。
「俺たちが回ったのはここからここまでだ」
純也は自分たちが回ったポイントを指差していく。
そして全てのポイントを指し終えると、純也は思わず眉をひそめてしまった。
それは伊月たちの方も同じだった。感情を表情に出さない伊月や留美はともかく、美里はおろおろしながら伊月を見つめていた。
情報を共有した結果、浮かび上がってきた事実。
それは、
「未回収のポイントが、もうないなんて……」
絶望を声の端々に滲ませながら、美耶子が呟いた。
純也の情報、そして伊月の情報を照らし合わせると、もう未回収のポイントはこのフロアーに存在していないという事実が分かったのだ。
つまり、純也と美耶子、そして伊月たちはゲームのクリアーが不可能になったということになる。
うなだれる美耶子。しかし純也の瞳はまだ光を失ってはいなかった。
「いや、まだだ。まだ手はある」
純也の言葉に美耶子は不思議そうに顔を上げる。
それは美耶子だけではない。他のメンバーたちも訝しげに純也の方を見つめていた。
純也は心の中で燃え上がる怒りや恨みの炎をなんとか押さえ込み、自分の端末をみんなに見えるように持ち上げた。
「伊月さんたちは知らないだろうけど、田嶋は俺たちの仲間を一人殺して、その端末を奪ったんだ」
「ちょ、ちょっと待ってください! 殺したって……嘘ですよね?」
「美里君、これはそういうゲームだ。君も理解したはずだよ?」
怯える美里を留美がなだめる。
「だが、そのことと打開策とがどう繋がるというんだ?」
「じゃあ聞くけど、他人の端末を奪うのはどうしてだと思う?」
むっ、と伊月は表情を鋭くする。
「過剰に回収したカードを読み込ませ、試験への保険とするからか」
「そう、五枚以上読み込ませた端末が二つあれば、試験は二回受けられる。だから他人の端末を奪おうとする。だが、そのためには前提条件がある」
「あっ、カードを複数枚所持してないといけないってことですか?」
美耶子の言葉に純也は頷いた。
「そう、六枚目以降のカードを持っていてこそ、他人の端末を奪う意味が出てくる」
「なるほどな。つまり田嶋という男からカードを奪うというわけか」
得心がいったというように、伊月が頷く。
「だが、それは無理なんじゃないかな? 田嶋はカードを複数枚所持していて、かつ端末を手に入れたんだろう? なら、既に端末にカードを読み込ませているのではないかな? それとも彼から端末を奪うのかい? それでも最低二つだ。私達のうち、一人は助からないよ」
冷静な留美の指摘に、一瞬明るくなった場が急速に沈んでいく。
しかし純也は首を振った。
「確かに普通ならそうだ。だけど、もし奪われた端末が既に五枚のカードを読み込ませていたものだとしたら?」
「あっ!」
美耶子と玲子が揃って、声を上げた。
そう、庄之助の端末には五枚のカードが既に読み込まれていたのだ。だからこそ田嶋は庄之助の端末にカードを読み込ませる必要がなくなる。
「なるほど。確かにそうだとしたら、田嶋は過剰のカードを持ち歩いたままということになるな。ならば、田嶋からカードを奪うという手も有効だ」
留美の言葉に純也は大きく頷いた。
「伊月さん、俺たちに協力してくれないか? 田嶋は武器を持っている。男手は多い方が助かるんだ」
「ああ、いいだろう。だが、もし田嶋がカードを四枚持っていなかったら?」
「俺は最後でいい。美耶子さんを最初に、そして次に伊月さんがカードを読み込ませてくれ」
「そんな、純也さん!」
「いいんだ。これは賭けだ。このまま何もしなければ、死ぬしかない。なら、少しでも確率のある方に賭けたい」
純也の意志は固い。それを感じ取った美耶子は渋々ながら引き下がった。
伊月がじっと純也を見つめてくる。
純也もそれを見返し、伊月に向かって手を伸ばした。
握手。
ごつごつとした固い手だった。しかし頼もしくもある。
純也と伊月は互いに頷き、そして行動を開始した。