第二ゲーム 『フラッグ』 その8
人が死んでいた。
ついさっきまで生きていた人が。
ベッドの上に投げ出されるようにして、羽山が死んでいた。
死因は絞殺だろう。後ろからロープで首をしめられ、窒息死したのだ。
その両手はロープを外そうと激しく抵抗した形跡が残っており、瞳孔が開ききった大きな瞳は自分を殺した犯人を呪うかのように天井を睨みつけている。口からは唾液がこぼれ、顔は赤黒く変色していた。
こんな光景を見たことは、恐らく記憶を失う前を合わせても皆無であろうし、当然のごとく免疫があるわけでもない。
唐突に視界に入ってきた『死』という概念は、純也たち全員を恐怖のどん底まで突き落とすのには十分すぎるほどだった。
美耶子は傍から見て分かるほどに体を震わせ、純也の腕にしがみつきながら目の前の光景を見ないようにきつく目をつぶっていた。
庄之助や玲子も顔を青ざめさせ、沈痛な面持ちで部屋の中を見つめている。
純也もみんなと同じく、目の前の現実に恐怖し、怯えていた。しかし、その頭の片隅では目の前の現実を冷静に分析している自分もいた。
「やっぱり、そうなのか……」
導き出された一つの答え。
思わず呟いた純也に、玲子は眉をひそめながら聞き返してくる。
「どういう、こと?」
純也は自分の考えを言うべきか悩んだ。それほどまでにこのゲームに隠されたルールは残酷なものだからだ。
純也はなるべく羽山の死体を見ないようにしながら、その懐を探った。死後、それほど時間が経過していないのか、羽山の体は柔らかく暖かかった。
それが妙な気持ち悪さを伴い、純也は吐き気を覚えた。
そして目当てのものがないことを確認すると、純也は羽山の死体に背を向ける。
「とりあえず部屋を出ましょう。きっとこの部屋のチェックポイントは既に回収されているはずですから」
純也は玲子たちを部屋の外へ連れ出すと、ドアを閉めた。
重たい音を立ててドアが閉まり、それだけでも心なしか純也たちの気分は軽くなった。
「それで、何か気付いたみたいだけど、どうしたの?」
窺うように聞いてくる玲子に、純也は深く頷いた。
「俺、分かったんです。このゲームに隠されたもう一つのルールが」
「隠されたルール?」
「ええ、思い出してください。このゲームをクリアーするにはどうすれば良かったですか?」
「どうすればって、チェックポイントにあるカードを五枚集めて、最後の試験に合格することよね」
玲子の言葉に純也は頷いた。
「チェックポイントは全部で六十五箇所。カードも六十五枚。つまり全員が一回は試験を受けられるってことです」
「うん、そうよね。だから私たちはチェックポイントを回っているんだし」
「でも、ここに大きな秘密が隠されていたんです」
純也の言葉に全員が首を傾げた。
「いいですか。チェックポイントは全部で六十五箇所あります。全員がカードを五枚ずつ集めたとすると、最後の試験は全員が一回ずつ受けられるんです。失敗すればもう次を受けることは出来なくなりますけど」
一拍置き、純也は続きを話した。このゲームの本当のルールを。
「では、もし十三人のうちの一人が十枚のカードを集めたとしたらどうなりますか? 端末には五枚しか読み込ませず、読み込ませなかった残りのカード五枚を持ち歩いたとしたら」
「どうなるって、一人が二人分のカードを手に入れたことになるんだから、一人は試験が受けられなく……っ!」
どうやら玲子は気付いたようだった。その顔色が一気に青白く変わっていく。
いまだに理解出来ない美耶子と庄之助は不安そうに純也と玲子を見比べていた。
「そう、一人が十枚のカードを集めれば一人は試験が受けられなくなる。そして十枚のカードを集めた人間は二回、試験を受けることが出来る。つまり失敗したときの保険が出来るわけです」
そこまで聞き、美耶子と庄之助も理解したようだ。
しかし純也の話した内容には一つの問題点が出てくる。
「あ、あの、一つ気になったんですけど、カードを手に入れたとしても、それが未回収のものであるかは端末に読み込ませないと分からないんですよね。なら集めたカードが使用済みのカードである可能性もあるんじゃないでしょうか?」
「ああ、美耶子さんの言うとおりだ。カードが未回収のものかどうかを見分けるには端末に一度読み込ませなければならない。しかし試験を一回受けるにはカードが五枚以上という条件がある。つまり五枚であろうが十枚であろうが、端末に読み込ませてしまえば受けられる試験の回数は同じになるんだ。それを回避するには、試験に落ちた後で再度未使用のカードを読み込ませなければならない」
そこで一旦言葉を切り、純也は閉ざされたドアを見る。
全員が純也にならってドアを見る。そして気付いた。
試験に落ちるまで未使用か使用済みか分からないカードを保管しておく。それも一つの手ではある。しかし、より確実な手もあるのだ。
それが純也たちが先ほど目にした羽山の死体だ。
「なるほどね。つまりはカードを読み込ませた端末を奪うって手もあるわけか」
玲子の言葉に純也は頷きを返した。
「じゃ、じゃあ、このゲームの本当の目的って……」
「そう、これはカードと端末の奪い合いだ」
それこそが、このゲームの本当の目的。
誰かと協力しあうのではなく、他人を犠牲にしてでも自分の安全を確保していく。
それがこのゲームに求められるものだったのだ。
果たして何人がこのルールに気付いたのだろうか。そして行動に移したのだろうか。
少なくとも、純也の他に一人はこのルールに気付いているはずだ。
殺されていた羽山。彼の端末がなくなっていたのだから。
おそらく羽山を殺した何者かが持ち去ったのだろう。彼の端末に持っているカードを読み込ませることで、試験を受ける条件を満たした端末を一つ多く手に入れることが出来る。つまり試験を二回受けられるというわけだ。
「そ、それじゃあ、私たちも誰かに狙われたりするってこと、ですか?」
恐る恐る美耶子が尋ねてくる。
そして美耶子の言葉は真実でもあった。恐らく誰もが命を狙われることになる。
「そういうことになる、と思う。だから俺は安全を固める意味も兼ねて、やっぱり団体行動をした方がいいと思うんだ」
純也の提案に悩む素振りを見せたのは玲子だった。
玲子はあと一つチェックポイントを回れば試験を受けることが出来る。ならば命を狙われる前にさっさと試験を受けてしまおう。そう思ったのだろう。
その気持ちを理解出来るからこそ、純也は無理を言うことは出来なかった。
団体行動を取ればその分だけ、誰かがカードを回収する確率も高くなるのだ。もし五枚のカードを集めきる前に、未回収のカードがなくなってしまえば、その時点でゲームオーバーが決まってしまう。
ゲームオーバーとは死だ。誰が好んでゲームオーバーになりたがるだろうか。
しかし玲子は弱々しく微笑むと、静かに首を振った。
「ううん、私はやっっぱりみんなと一緒にいるわ。ここまで助け合いながら一緒に進んできたんだもの。最後まで一緒にいたいわ」
「月村さん……ありがとう」
純也は感謝の言葉を告げ、次のチェックポイントまでのルートを探すためにマップを見た。