第二ゲーム 『フラッグ』 その6
どうしてこうなったのか。
通路を歩きながら、伊月は自分の横を歩く二人の女子学生に辟易とした思いを感じていた。
「ねぇねぇ、伊月さんは大人の人ですよね? どんな仕事をしてたんですか?」
伊月を振り返りながら後ろ歩きにぴょこぴょこと飛び跳ねるようにして、質問の雨を降らせてくる小柄な少女。名前は福山美里。頭の上でくくった髪が、美里が飛び跳ねるたびにぴょこぴょこ揺れ動いた。
「こらこら、美里君。矢継ぎ早に質問するものじゃないよ」
それをたしなめるのは美里とは対象的にすらっとした長身の少女。
彼女は桃山留美。均整の取れたスタイルに、スカートから伸びた足はハッとするほどに白く美しい。背中半ばまでまっすぐに伸びた黒い髪も艶々とした輝きを放っている。
伊月は当初一人で行動していた。しかし途中で美里と留美の二人に出くわし、いつの間にか三人で行動するようになっていたのだ。
美里は伊月に興味津々らしく、ずっと伊月に話しかけていた。
伊月としてはそれが鬱陶しく感じられるものの、無邪気な瞳を向けてくる美里を邪険に扱うわけにもいかず、必要最低限の受け答えのみをするという形を取っていた。
伊月卓。二十八歳。職業は元自衛隊陸軍曹長。
何故自衛隊を辞めたのか、それを思い出すことは出来ないが、鍛え抜かれた肉体は自衛隊を止めてなお、伊月がトレーニングを怠っていないことを意味していた。
伊月は端末のマップを見ながら、次の目的地を二人に告げる。
二人は頷くと、伊月の後ろや横をついていく。
それを横目に見ながら、伊月はどうしてこんな子供たちに懐かれてしまったのか頭を抱えたくなった。
『フラッグ』が始まってすぐに、伊月は広間を後にした。
このゲームに必要なのは、まずは情報だと気付いたからだ。建物の地図とチェックポイントの所在地。それが分からなければ、クリアーなど出来るはずもない。
そして広場から少し進んだ先の倉庫のような部屋でマップのソフトを見つけ出した。それからの伊月の行動は早かった。
伊月はすぐに下のフロアーへと向かった。制限時間は六時間もあるのだ。時間はかかっても、チェックポイントを得やすい下のフロアーから攻めるのが得策だろうと踏んだのだ。
そしてその考えはどうやら正しかったようで、伊月は順調にチェックポイントを回り、三つ目のチェックポイントを回り終えたときに美里たちと出くわしたのだ。
そのとき、美里は二つのチェックポイントを回り、留美は三つまで回っていた。
お互いの実状を説明し、別れようとした伊月だが留美に呼び止められ、なし崩し的に一緒に行動することとなってしまった。
現在、三人が必要なチェックポイントの数は七つ。
しかし伊月には何かが気になっていたのだ。
所々に仕掛けられたトラップ。それらは注意深く見ていると、すぐに分かるものが多く、また命に関わるような危険なものもなかった。
しかし気になる。
そう、それは制限時間の長さについてだ。
既にゲーム開始から二時間は経過しただろうか。
いくら終盤になればなるほど未回収のチェックポイントを回るのが困難になるとはいえ、制限時間が長すぎる気がするのだ。
現に、この調子だと伊月たちはあと一時間もしないでクリアーに必要なチェックポイントを回ることが出来そうだった。
何かこちらの思考の網を潜り抜ける罠があるのではないか?
伊月はそれを警戒していた。
やがて通路の向こうから誰かが歩いてくる足音が聞こえた。
「よぅ、伊月さんじゃないか。チェックポイントの回収は進んでるかい?」
歩いてきたのは、田嶋だった。
田嶋は一人で行動しているらしく、伊月の後ろにいる美里と留美を見て、口笛を吹いてみせた。
「お、両手に花か。いいなぁ、俺にも一人譲ってくんねぇ?」
軽薄な笑みを浮かべる田嶋に伊月はただ首を振って答えた。
「そうかい、残念だなぁ」
さして気にした風でもなく、あっさりと田嶋は引き下がった。
「あんたらがあっちから来たってことは、もうあっち側は回収済みばかりってことだよな。うーん、ルートを変えるか」
端末を見ながら、田嶋は伊月たちに背を向けた。
「そうそう、伊月さん」
分かれ道を曲がる直前、田嶋は立ち止まるとぞっとするほどの鋭利な視線を伊月に投げつけた。
「あんたはこのゲームの隠されたルールには気付いたかい?」
「何?」
思わず聞き返す。しかし、その反応を見て全て理解したのか、田嶋は肩をすくめて苦笑した。
「いや、何でもないよ。それじゃあお互い、頑張ろうね。くくく」
不気味な笑い声を残して、田嶋は道を曲がっていった。
「隠された、ルール?」
伊月は眉をひそめ、田嶋の言葉を思い返す。
伊月が疑っていた罠。田嶋の言葉を信じれば、このゲームにはその罠が存在するというのか。
しかしどんな罠があるというのか。チェックポイントは十三人全員の分である六十五個用意され…………
「っ!」
そして伊月は理解した。田嶋の言った、隠されたルールの意味を。
だが、そうなるとこのゲーム、恐らく犠牲者が出る。
それもかなりの数が。
そして田嶋のように一人で行動するのが、このゲームの正しいあり方だということも理解出来た。
伊月はこちらを見つめ返してくる美里と留美を一瞥する。
自分がこのゲームをクリアーすることは前提だが、この子たちも無事にクリアーさせてあげたい。
少しの間一緒に行動しただけだが、伊月の心に芽生えた情は二人を切り離すことを拒否していた。