第二ゲーム 『フラッグ』 その4
チェックカードの読み込みに失敗した美耶子たちは再度玲子の端末に表示されたマップを見ながら、次にどこへ向かうかを話し合うことにした。
純也はその話し合いの最初で、誰がどこのチェックポイントを使用したかが分からないため、今後の行動を一から見直す必要があると説明したのだった。
「なるほどね。確かに未使用のチェックポイントがどれなのか分からないんじゃあ、どこから探していいかお手上げみたいなものね」
玲子は複雑そうな表情でため息をついた。
純也は顎に手を当てて、じっと何かを考え込んでいる
庄之助は静かな面持ちで状況を見守り、美耶子はおろおろと純也と玲子を見比べる。
「いいえ、そうでもないかもしれません」
純也がそう言い、マップの一部を指差す。
純也が指差したのは、マップの一番下の層だった。
「恐らくみんな我先にと近くのチェックポイントへ集まるでしょう。だから俺たちは逆を行きます」
「あえて遠いところから回るってこと?」
「ええ、幸いにも少し進めば下へ降りる階段もあります。ここから下のマップの端を目指して進んでいきましょう」
純也がすっと指を通路に沿って移動させる。
所々に点在する光点を数えれば、美耶子たち全員の分を回収することは楽々と出来そうだ。
美耶子は純也の顔を見つめながら、羨望にも似た感情が沸きあがってくるのを感じていた。
自分はただ現状に怯え、思考を停止して震えているだけだというのに、純也は恐怖に負けずどうすれば生き残れるかを必死に考えている。そんな彼の強さが美耶子には羨ましくもあり、そして妬ましくもあった。
どうすれば自分も純也のように強くなれるのか。そんなことばかりを考えてしまう。
「佐古下さん、大丈夫? 顔色悪いけど、気分でも悪い?」
心配そうに尋ねてくる純也の声に美耶子は慌てて首を振った。
「ご、ごめんなさい。私は大丈夫です」
こんな自分でも彼は心配してくれる。
疼きにも似た痛みが美耶子の心に走った。
「じゃあ、決定ね。三笠君のプランで行くわ」
パンと手を叩き、玲子が微笑む。
美耶子たちは部屋を出ると、来た道を引き返し始める。
下のフロアーへと下りる階段は来た道を少し戻り、そこから北西に進んだところにあるのだ。
「他のみんなはどうしておるかな?」
庄之助は後ろを振り返りながらそう呟いた。
「分かりません。でもこのゲームも全員無事に乗り切れればいいなとは思います」
玲子は端末を見つめながら、庄之助の言葉に答える。
「そうだの。みんな生きて帰れたらいいな」
「ええ、そうですね」
庄之助と玲子はそう言って少しだけ笑い合った。
そんな光景を見つめながら、美耶子は何故か心淋しい気持ちに陥った。玲子も庄之助も希望を捨ててはいない。純也もまた必死に生き残る術を考え続けている。
みんな生き残ろうと必死に何かをしている。それなのに自分はただ恐怖に震えているだけ。周りに流されているだけ。
美耶子は自分と純也たちが別の存在であるように思え、どうしようもない孤独感に襲われたのだ。
「佐古下さん? 本当に大丈夫?」
純也は心配そうに美耶子の顔を窺っていた。
だが今の美耶子にはただ頷きを返すだけで精一杯だった。
どうして自分はこんなにも弱いのか。自分で自分を責め、そして自己嫌悪に陥る。
美耶子はぼんやりとしながら玲子たちの後ろをついて歩いていた。
それがいけなかったのだろう。正面と左への分かれ道。玲子たちが道を曲がったことに気付かず、まっすぐ通路を進んでしまう。
「佐古下さん、そっちじゃないよ」
純也が声をかけ、美耶子はハッと我へ返った。
そして踏み出した足が床に着いた途端、ふっとまるで雲が溶けて消えるかのように足元の感覚が消えた。
「えっ?」
思わず口から出た言葉。
「佐古下さん!」
そして純也の悲鳴。
美耶子の立っていた周囲の床がぽっかりとなくなっていた。
「きゃああああぁぁぁっ!」
落とし穴。そう感じると同時に重力に従って、美耶子の体は階下へと落下する。
「くそっ!」
純也の手が美耶子の腕を掴む。しかし踏ん張ることが出来ず、純也は美耶子と一緒に階下へと落下した。