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タイム・アウト  作者: ハロル・ロイド
6/23

白木の爺さん

 神部は昔の自分を思い巡らした。

 そしてある記憶の一場面を、思い起こした。


 場所は城南撮影所。


 その場所を俯瞰すれば、体育館程の建物が十個並んでも余りある巨大な敷地。


 時代劇用のオープンセットは敷地内の北側に位置し商家や武家屋敷等が建てられている。その東側には、現代劇用のオープンセット。ビルや道路、バスストップ、駅や公園、交番等が実際の街並みの一角として再現されている。そして中央には、巨大なドーム様の建物が一つ聳え立っていた。

 

 屋内用のスタジオだ。


 そのドームの周りを数多くの人が忙しそうに出入りしている。


 建物の中では撮影用のセットを組建てている最中だった。


 背の高い、無精ひげが生え、度のきつい丸眼鏡を嵌めた男がスタッフ達に声をかけている。


 助監督の森信三と言う男だ。


 眉間に二本の縦皺をつくりスタッフに細かい指示を出していた。


 「そこのカーテン、もう少し派手目のもので頼むよ。それと、その応接室の壁、もうちょっと白っぽい色にしてくれないか。その壁に血が飛び散るのを鮮明に写したい。そんな暗い壁じゃあ迫力が出ないぜ」


 森の甲高い声は、撮影所に響き渡った。


 「助監督」


 森は背後で呼びかける声に気づかず、次から次へと指示を出していた。


 「助監督!」


 一際大きな叫びに似たような声で森は気づいた。


 「やあ、こうちゃん」


 そこには真っ黒に日焼けした若者が立っていた。


 「張りきってますね。相変わらず」


 部屋の内装にいそがしく走り回るスタッフの間を縫って若者は森の方に歩み寄った。


 「明日がクランクインだよ。てんてこ舞いさ。そうだ、以前頼んだもの、できあがった?」


 「ええ、今日はそれを持ってきたんです」


 若者はジャケットの内ポケットから重厚な黒い革手帳を差し出した。


 その手帳には五角形の日章と警視庁という金文字が輝いている。


 森は、その手帳を穴の開くほど丹念に眺めた。


 「こうちゃん、これモノホン以上だぜ」森は感心した。


 「これなら監督、文句は言わないだろう。こうちゃんが以前作ったパスポート、あの出来も相当なもんだったよ。なにせあの監督、小物をドアップにしてスクリーンに出すだろう。ちょっとでも手抜きや、不自然なところがあると撮影中断ださ。OKが出るまで俺達冷や汗もんだよ」


 「こんなことならお安い御用ですよ。用があったらいつでも言ってください」


 「ありがとう。明日、事務所に来てくれ。お礼のお金払うからね」


 「いつもすみません」


 「礼を言うのはこっちのほうさ。…ところで、こうちゃん今何してんの?」


 「何って?」


 「仕事のほうさ」


 「アー。昼はパチンコ屋でバイト、夜は飲み屋のバーテンやってます」


 「そうか、なんだったらうちで働かないか。こうちゃんの器用さ監督買ってるからさ。それにその精悍な風貌ひょっとしたらチョイ役で銀幕に出れるかもしれないよ」


 「エー、俺が銀幕に」若者は豪快な笑いで答えた。


 「こうちゃん、俺本気で言ってるんだぜ」

 森は、若者の二重の大きな眼を食い入るように見つめた。


 「こうちゃん、なんだったら、俺がスターにしてやるぜ。マジで」森は半ば真剣な表情で若者に伝えた


 アパートの外にある共同トイレで声をかけられた。

 「おはよう、こうちゃん」

 振り向けばアパートの住人の一人、鈴木が立っていた。

 四十前後のトラックの運転手で、今日はどうやら非番のようだ。

 二十歳前の若い奥さんを貰い、最近子供が生まれ愛想がよくなった鈴木だった。


 「スーさん、おはようございます。今日も暑くなりそうですね」


 浩二は、元気よく挨拶した。


 「知ってるかい?」鈴木は小声で話しかけた。


 「何をですか」


 「ここだけの話だぜっ。て、言ってもすぐ知れ渡るけどよ」


 「ははあ、ヒョットしてスーさんに隠し子がいるってこと?へへへへ」


 「おいおい、何言うんだよ。母ちゃんが聞いたら本気にするだろう」鈴木は浩二の言葉にうろたえた。


 「そうじゃなくてさ。このアパートの大家。強欲爺さんの白木の事さ。ここがいかれたらしいぜ」

 鈴木は自分の頭に人差し指を当てた。


 「え、脳溢血でもなって倒れたんですか?」


 「いや、体はぴんぴんしているんだが、頭がいかれたらしいんだ」


 「頭が?どういうことですか」鈴木の要領の得ない話に浩二は首を傾げた。


 「白木の爺さん、訳のわからないこと言い始めてね」


 「へえ、訳の分からない事ですか」


 スーさんの話はこうだった。

 白木の爺さんは、あの歳でソープランドに出向いたと言う事だ。

 確か、七十歳は過ぎていたと聞いていたが・・・。

 そこでクライマックス、今にも絶頂と言うときに卒倒したらしい。

 そこのマッサージ嬢は慌てふためき、大声で店長に知らせ、店長は店長で救急車を呼ぶところをパトカーを呼びつけてしまい客は逃げなくてもいいのになぜか蜘蛛の子散らすようにいなくなり、もうその日は爺さんのおかげで商売にならなかったと言う事だ。


 ところが、病院につくや白木の爺さん意識を取り戻し、大声で訳の分からない事を言い始めた。


 たぶん記憶喪失を起こしたのだろう、身内がほとんどいない爺さんだから、アパートに住む店子に連絡をして引き取ってもらう事にした。たまたま、その身元引受人がスーさんと言う事になったようだ。


 今のところ、爺さんすこし、落ち着いてはきているようだが、まだ訳の分からない事を言っているらしい。


「病院の先生に聞いたら、脳の半分が駄目らしいんだよ。なのに体に障害が出てないんだ。訳の分からない事を言ってるんだが頭はもそれほどボケちゃいない。先生、ビックリしてたぜ。こんなことはありえないってね。普通半身不随になってもおかしくないらしいんだよ」



 白木爺さんは、アパートから三分ほどの距離に住んでいる。


 浩二は爺さんの家を訪れた。


 その家は、二年前に建てたという鉄筋コンクリートの三階建て。


 周りはほとんど木造つくりの家が立ち並ぶ、その中でひときわ目立つ建物だ。


 浩二は玄関のブザーを押した。と、突然ドアが開き若い女性が飛び出てきた。


 「何なのよ。あの糞爺!心配して来てやったのに、お前は誰だって、私には孫などいないって?あの強欲爺」


 すごい剣幕で怒鳴り散らし浩二を押しのけ赤いスポーツカーに飛び乗った。


 確かあれは爺さんの孫娘、いつも金をねだりに来るフーテン娘だって言ってたな。


 爺さんは連れ合いを十年前に亡くし今は一人暮らし。一人娘は偏屈な爺さんとは折り合いが悪くよそへ嫁いでからほとんど家には寄り付かないようだ。


 その代わりに孫娘が爺さんにまとわり付いて来たと言う話だ。



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