予言の書
「おーい、いい加減起きたらどうだ」
揺り動かされた女は、目覚めた。
まどろむ眼で女は周りを見渡した。
「ここはどこ?」
「ここはどこって、どうしたい?急に記憶喪失かい」
男は女の顔を覗き込み、額と額を合わせた。
女は目の前の男を見て驚いた。
「コウちゃん…」
「アキ、起きて朝飯作ってくれよ」
「朝飯?コウちゃんどうしてここにいるの?」
「何言ってるんだい。昨日結婚式挙げただろう。身内だけでこじんまりとだけど。ほら、これ」
男は女の左手の薬指を指さした。
銀色に光る指輪が嵌っていた。
「俺も」
男の左手にも同じ指輪が輝いていた。
「私たち結婚したの?」
「ああ、そうだよ。今になって解消なんて言わないでくれよ」
「でも、私…やけどで顔が醜くなっているのに」
「火傷?夢の中でテンプラでもあげて、滴でもひっかけたか?」
女は手で自分の顔に恐る恐る触れた。
波を打ったような顔の凹凸が無くなっている。すべすべの皮膚だ。
「これはどういうこと」
「アキ、どうした。目を点にして、何を驚いている?」
女は、自分が今まで体験した事を男に話した。
「自殺したって?屋上から飛び降りた人間がどうしてここにいるんだい」
「私にもわからない」
「アキ、しっかりしてくれよ。そうだ、いいものみせてやるよ」
男は重そうなボストンバックをベッドの上に二つ置いた。
そのバックの鍵を外し中を見せた。
中には一万円札がぎっしりと詰まっていた。
「アキ、二つのボストンバック合わせて三億円ある。俺達の金だ。俺はこの金をどんどん増やしていく。そして、事業を立ち上げ成長させ大金持ちになるんだ」
「強盗でもしたの?」
「何言ってるんだ。酒井から貰った予言の書に書かれてあった、競馬の勝ち馬に賭けたんだよ。全て、勝ったんだ。言っただろう。この予言の書は俺達の未来をバラ色にしてくれる魔法の手引書なんだ」
女は男が持つその手引書をジッと見つめた。
「全てはその本から始まるのよ。そしてその本通りに動いていく」
「アキ、何を言ってる」
「その本の内容は少しづつ変化し、幾通りもの物語を作っていくのよ。たぶん、私たちはこの予言の書から、永遠に逃げられない」
「おかしなことを言う奴だ。さあ、腹ごしらえしたら、今日も、競馬場で運試しだ。って言っても結果はわかってるけどね」
浩二はタバコをくわえ、テレビをつけた。
画面には数日前に起きた三億円強奪犯のニュースの続報が流れ始めた。