ケロイド
12月に入り町ではクリスマスソングが流れ始めた。
浩二は着々と準備を整えていた。
先日、白バイ警察官の制服を仕上げた時、試しにその格好で街の中を走った。
もちろん白塗りのバイクだ。誰も、怪しむ者はいなかった。交番の前を走った時たまたまそこに立っていた警察官と目が合った。
しまったと思ったが、その警察官が浩二に向かって敬礼をした。
慌てて、浩二も敬礼を返したが、その場面で浩二はこれは完璧だと確信した。
町の歓楽街を走り抜けようとした時、シルバーメタリックの車を見つけた。
スーさんが言っていた車にそっくりだ。
ヒョッとするとこの車はあの男のものか?
しかし、事故で車は廃車になったはず、と浩二は思った。
いや、まてよ。
道楽社長は三台、同じ車を買ったという話だ。
一台はオープンカーでもう一台は屋根つきの車、そして三代目が内装を特注であつらえた車だと言っていた。
確か、三台ともイギリスのアストンマーチン社製という事だ。
色は三台ともシルバー。
もしあいつの車だとしたら、
あんな事故を起こしたというのに堂々と歩道の真ん中で車を止めている。
一体どういうつもりだ。
浩二は、この車の持ち主を見てやろうと思った。
出てきた男は、背の高いずんぐりした男だ。まさか、コンナ男をアキが好きになるわけはない。
別の人間か。そう思ったら目の前の男に何の興味も湧かなくなった。
それより、始めて見る外車に気を取られた。
思う存分目に焼付けこの場を去ろうとした時、あの男が絡んできた。
金を握らして全て、事を収めようとする。
そして、発した次の言葉がアキの事だった。
まさかとは思ったが、やはりこいつがアキの相手だったのか。
アキをぼろきれのように扱い、捨て去ったこの男に浩二の腹は一瞬で煮えくり返った。
いやというほど、あの男のみぞおちに鉄拳を食らわした。
当分の間、口も聞けない状態で病院で横たわっているだろう。
数日後、浩二は再びアキの見舞いに病院へ出向いた。
アキの妹、昭子から連絡があった。
アキが、以前の非を詫びたいという事だった。
少し落ち着いたのかな。
と、浩二は思った。
あんな事故の後でしかも死ぬまで消えない火傷の痕。
精神的に不安定になるのは当然だ。
それに、何より一番頼りしていた恋人からも見捨てられてたのだから。
絶望のどん底に突き落とされたのだ。
俺に対して八つ当たり的な言葉が出たとしても十分すぎるぐらい理解できる。
浩二はそう考えながらアキの入院先に向かった。
病院の受付ロビーで昭子は浩二を待っていた。
二人は簡単な挨拶を交わし、アキの病室に向かった。
エレベーターの中で浩二は尋ねた。
「アキ子さんは少し落ち着いた?」
アキと瓜二つの昭子を前になぜか以前のアキへの思いが蘇る。
「ええ、現実を少しづつ受け入れているみたいです」
「現実…」浩二は小さくつぶやいた。
浩二はアキの病室に入った。
以前最初に入った時のあの重苦しいい空気が無くなったような気がする。もちろん、気のせいかもしれない。晴れ渡った太陽の光が窓から注いでいるのも影響しているのだろう。それとも、アキが、自分を受け入れたという事が浩二の気持ちを軽くしているのだろうか。
アキは窓際の椅子に座って外を眺めていた。
「お姉さん、浩二さんがいらしたわよ」
アキは振り向くことなくユックリ頷いた。
黒い髪を肩まで伸ばしたアキはしばらくそのまま窓の外を眺めていた。
今日は包帯を外している。
アキが現実を受け入れている、という昭子の言葉は包帯を外したという事からも察することができる。
「今日は天気がいい」
浩二はアキに声をかけた。
「もうすぐクリスマスね」
アキの声は少し内にこもるような口調だった。
アキは顔を浩二に向けた。
浩二の体は硬直した。
窓から入る外の光がアキの顔に影をなしたが、でもはっきりと顔の様子は分かる。
顔中、火傷でケロイド化していた。引きつったように口元は歪み、かつての形の良い鼻筋は溶けたように鼻腔だけが目立つ。ただ大きな目は以前の面影を残していた。
浩二は目を背けなかった。
アキの崩れた顔を食い入るように見つめ、そして、涙が溢れた。
涙はとめどなく頬を伝い床に落ちた。
熱かったろう、痛かったろう…そんな言葉が小さく浩二の口から出た。