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タイム・アウト  作者: ハロル・ロイド
20/23

白バイ

 「姉さん、なんてこと言うの」


 「昭子、この人はコウちゃんって言うの。私達、友達以上の恋人未満の関係だったの。でも私、この人を振ったの。なぜなら、私、他にいい人ができたから

…だから、この人を振ったの」


 アキの見舞いでこんな展開になるなんて浩二は思っても見なかった。


 「ごめん、前もってここに来ることを連絡するべきだった。アキ、いや亜希子アキコさんの心を乱してしまったようだ。ごめん」


 「見舞いなんか来る必要ないのに。振られた女のところにノコノコと現れるなんて人がよすぎるのよ、そんな事だから何も手に入れることができないのよ」


 「これ」

 いたたまれなくなった浩二はバラの花を昭子に押し付けるように渡した。


 「またの機会に、少し亜紀子さんが落ち着いたら…」

 そう言って浩二は部屋を出た。


 「待ってください」

 昭子は、足早に出て行った浩二を追い掛けた。


 「すみません、せっかくお見舞いに来ていただいて」

 昭子は深々と頭を下げた。


 「いや、突然来た俺も悪いし。それより、亜紀子さんの傷の治りはどうですか?」


 「包帯は取ってもいいと先生から言われているんですけど、火傷の痕がひどくて、自分の顔を見てからは姉は未だに包帯を付けたままなんです」


 「そう…」

 浩二は後に続く言葉が出なかった。




 天上にミラーボールが回っている。

 スポットライトの光を反射させ薄暗い空間に煌めいている。


 気の利いたバックミュージックが流れ、時にステージで歌手が美声を奏で、芸人が笑いを振りまく夜の盛り場。


 ドレスを着た若い女性がボックス席で男達の横で話題を広げ、蝶ネクタイのウェイターがおつまみやアルコールをトレイに乗せボックス席を忙しく縫って行く。


 ここは会員制のクラブ。

 この街の歓楽街で一際華やいだ豪奢な造りのクラブだ。、

 席に座るだけで席料と言う途方もない金額をぼったくるいわゆる高給居酒屋より格が一つ上の酒場というところか。

 金に糸目をつけない今で言うセレブ、ビップ、そして名士、成金達が集まるユートピア。


 「川田社長、よろしいでしょうか」


 黒のスーツに黒の蝶ネクタイの四十前後の男が声を掛けた。


 声を掛けられたのは二十代半ばの髪をオールバックにしたにやけた風貌の男だった。

 男は横にはべらしたホステスに耳打ちをしていた。

 派手な色のタイトなチャイナドレスをはいたその女性はドレスのスリットから太ももを露にし足を組み、揺らせながら黄色い声で笑っている。


 「社長、ちょっとよろしいですか」


 低い鼻からずれ落ちた金縁めがねを指で元に戻し男は不機嫌な顔になった。

 「何だよ、無粋な奴だな」


 「いま、白バイの警官に玄関に止めてある車の所有者を呼んで来いと告げられまして」


 「玄関に止めてある車?ああ、僕の車のことか」


 「はい、歩道に止めてあるシルバーの車です。駐車違反ということです」


 「駐車違反ぐらいで僕が行かなくても、支配人の君が代理で済ましてくれよ」


 「それがどうしても、本人を呼べということで。でなければ車をレッカー車で没収すると言ってるんです」


 それを聞いて川田は仕方なく、出入り口のほうへ向かった。


 寒い夜空の中、自分の車を丹念に見回している警官がいた。


 川田は舌打ちしその警官の方へ向かった。


 「僕の車に相当興味があるようだね。その車はイギリス製の車でね。名前はアストンマーチン。知ってるだろう、スパイ映画の007に出てきた車さ。これは僕用に特別にあつらえた物だよ」


 白バイの警官は川田を一瞥し、再び車を眺め始めた。


 「私は川田運送会社の社長、川田正太と言う者だ。私の亡き父親はここの警察署長とは、昵懇の間柄でね。私もつい最近署長と酒の席に付合わされてね、…」

 自分の話しに何の興味も示さない警官に、川田は顔をしかめた。

 「署長」という名前を出せば大抵の警察官は態度を一変し、言葉遣いも敬語にかわる。


 なのにこの警官は、川田を無視し車を舐め回すように観察しているだけだった。


 警官の中には少し毛色の変わった奴もいるのだろう。そう思いながら川田は背広の内ポケットから財布を出した。分厚い財布には札束がはち切れんばかりに押し込まれている。

 川田はその警官の腕を掴み半ば強引にビルとビルの間に引き入れた。


 札入れから二、三枚取り出し警官の手に掴ませた。

 「気は心さ、取っとくがいい。なーに、全て内緒の話。だからさ、ここは、眼を瞑ってくれ。あんたの名前を署長に言っておくからさあ。この季節、バイクじゃあ外は辛いだろう。せめてパトカー勤務か、内勤になるよう頼んでやるよ」


 桜の紋章をつけた白いヘルメットの警官は鼻から下を白いマフラーで覆っていた。

 鋭い眼が異様に光っている。


 何も語らない警官に不気味さを覚えた川田は、その警官にもう一つの条件を出した。


 「なんだったら、女を紹介してやってもいいよ。ここはキャバレー、高級ホステスが一杯さ。そうだ、ここのナンバーワンホステスを紹介するよ。といっても以前のナンバーワンは交通事故で全身火傷で二目とみられない顔になってしまってね。もちろん、そうなる前に僕が思う存分かわいがってやったけどね。だから次のを…」


 その話を聞き、警官の眼が一瞬暗くなったと同時に、川田の体がくの字に折れた。


 警官の右手の拳が川田のみぞおちを襲ったのだ。

 一発で十分なぐらい、川田にダメージを与えたが、川田の体は折れ曲がったまま地面に崩れることはなかった。


 なぜなら倒れる間を与えず警官の拳が川田のみぞおちを繰り返し繰り返し襲っていたからだ。


 一分以上続いた後、川田は拳の洗礼から解放され地面に崩れ落ちた。


 警官は左手に握らされた三枚のお札を丸め、泡を吹いている川田の口の中に押し込んだ。


警官は一言も語らず、そして何事もなかったように白バイに乗り走り去った。



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