三〇四号室
「社長は記憶喪失になってね、アキのことは知らぬ存ぜぬを決め込んで見舞いにも来やしない。全く酷い男だよ。ホントに記憶喪失かどうかも怪しいもんだ」
鈴木は、浩二をトラックに乗せ宝病院に向かっていた。
トラックは小高い丘に立つ巨大な白いビルの道路沿いに止まった。
「ここだ、俺はこれから仕事場に向かわないと。それにどうも病院のあの臭いが苦手でね。帰りは自分で帰ってくれ」
「ああ、ありがとう。スーさん」
「ほら、花束だ。俺からもアキによろしくと言ってくれ」
「言ってくよ。じゃあ、気をつけて」
浩二はバラの花束を持って病院の玄関に向かった。
バラの花が病院の見舞いに適当かどうか分らないが昨日のうちに花屋で買っておいたモノだ。店員に見舞い用と告げたらこのバラを用意してくれた。考えてみれば、閉店ぎりぎりだったため、他の花は売り切れこの花しかなかった。
花など買ったこともない浩二にとって、バラの花束がこんなに値の張るものだとは思わなかった。
確か、スーさん、アキが入っている病室は三階の三〇三号室だと言っていたな。
浩二は念のために受付でアキが入室している部屋を確認した。
三〇四号室だった。
確かめてみるものだ。と、浩二は思った。
304号室の前に来た。
個室だった。
普通に振舞おう。
顔に火傷をしたと言う話だが俺はアキの顔をまともに見れるだろうか。
とにかく、見舞いなんだ。
アキを元気付けなければ。
そう、思いながらノックをしようとすると女性に声を掛けられた。
「あの、どちら様ですか」
浩二は思わず手を止めその声の方へ振り向いた。
アキがいた。
私服で目の前に立っていた。
「アキ…」
モウ治ったのだろうか。顔のやけどはきれいに無くなっている。
そんなに大した火傷ではなかったのか。
スーさんの言い分ではまるでまともに見る事ができないような火傷だといっていたが。
「アキ、もう大丈夫なの」
「お姉さんの知り合いの方ですか」
「お姉さん?」
「わたし、妹の昭子といいます」
「ショウコさん?」
「姉のアキ子とは双子なんです」
「ああ、そうか。君は妹さんだったのか」
浩二は昭子に以前アキとは同じアパートの住人で、色々お世話になったと言う事を告げた。
もちろん、元彼とは言わずに。
「こちらこそ姉がお世話になりまして。どうぞお入りください」
浩二は、部屋に入った。
その部屋は異様な雰囲気が漂っていた。
何とも言えない重苦しい空間と言った方が良いだろうか。
バラの香りさえ消え入り、しぼんで行くそんな暗い陰鬱な空気が覆っている
そんな感じだ。
「お姉さん、浩二さんと言う方がお見舞いに来てくれたわよ」
アキはベッドに横たわっていた。
幸いかどうかアキの全身は包帯で包まれその火傷の程度は見る事はできなかった。
アキは微動だにせず天井を見上げたままだった。
「眠っているところを起こしちゃ申し訳ないからまたの機会に来ます」
浩二は、包帯の隙間から見て取れるアキの充血した眼を垣間見たが、わざと見ない素振りでその場を去ろうとした。
その時急にアキの上半身が動いた。
浩二の全身をなめるように赤い充血した目が動く。
アキは口篭るような声で言った。
「わたしの醜い姿を見に来たの」