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タイム・アウト  作者: ハロル・ロイド
15/23

もう一つの過去

 翌日、神部は主治医の桜井を呼んだ。


 「神部さん、お久しぶりです」


 元気のよい声が応接間に響いた。


 「いやあ、桜井先生すみませんねえ、お忙しいところお呼び立てしまして」


 「いいえ、神部さんのためなら地の果てだって、お邪魔しますよ」


 桜井は医者というよりも、見た目、元気のいいやり手の猛烈セールスマンって感じだ。


 神部はこの桜井を気に入っていた。


 実際、自分の会社に引き抜こうか、と声をかけたぐらいだ。


 高い給料を条件に掛け合ったがあっさり断られた。


 もちろん冗談半分のつもりだったが、真剣さが見え隠れする神部の勧誘に桜井は少し鼻白んだのだった。

 「ところで、神部さん、どこか体の調子がお悪いのですか」


 桜井は聴診器を首にかけ神部の顔色を見た。


 「いや先生、実は私じゃないんです。妻の事でお聞きしたいとおもってね」


 「奥さん?」


 神部は小さく頷いた。


 「まさか、奥さんが妊娠したとか?」


 「先生、冗談はやめましょう」


 桜井は神部が冗談で返事を返さないことに、ただ事ではないとすぐに笑みを消した。




 「単刀直入に言いますが、うちの家内が少し痴呆にかかってしまったようなんです」




「痴呆?先ほど奥さんにお会いしましたが、そのようにお見受けしませんでしたが」




 「普通の会話では、そんな感じは見られないんですが。ただ、自分の名前を忘れてしまっているんです。いや、忘れたというより自分を誰か別の人間と思い込んでいるのです」




 「別の人間?」


 「はい」


 「ふーん、ちょっとカルテつくりますので。奥さん呼んでもらえますでしょうか」




 「先生、今はちょっと…妻には内密でお願いしたいんです」




 「はあ、分かりました」

  桜井は神部の思いを察した。



 三十過ぎぐらいの髪を茶色に染めた看護士は、薄いノートパソコンをバッグから取り出した。


 「今は電子カルテと言って、全てキーボードがペン変わりなんですよ。僕はいまだに、このパソコン操作が苦手でしてね」


 桜井は苦笑交じりで赤い薄っぺらなノートパソコンを見つめた。


「神部さん、奥様のお名前は神部…」看護士は神部に尋ねた。



 「たしか、ショウコ(昭子)さんでしたね」桜井は言った。




 「ショウコ?先生まで何を言うんですか。妻の名前はアキコ(昭子)ですよ」




 「え?アキコさん?奥さん、お名前を変えられたんですか?」




 「変えちゃいません」


 神部の表情は強ばった。



 酒井のお通夜は、多くの弔問客でごったがえしていた。ほとんどは、故人のために来ているわけではなく、葬儀委員長、神部浩二という名前で集まった人々だ。


 経済界はもちろん政界の重鎮や、マスコミ関係、芸能関係者もこぞって顔を出している。


 神戸は妻とともに弔問の客に頭を下げまくっていた。


 元々、腰の低い神戸は深々と頭を下げながら一人一人に丁寧にあいさつを交わしていく。


 延々と続く弔問客の列が途切れ途切れになったのは、午前零時に近づこうとしている時だった。


 「少し、疲れた。先に横にならしてもらうよ」


 昭子にそう告げ、神部は式場を後にした。




 式場のある部屋に世界最速の特別エレベーターがある、つまり神部やその身内しか乗ることができないエレベーターだ。

 そのエレベータを使えば直に行きたいフロアーにいつでも行ける。もちろんエレベーターの待ち時間数秒だ。


 神部は二分もかからずペントハウスの居間に着いた。




 自室に入りパソコンのスィッチをオンにした。


 主治医の桜井が妻の名前をショウコと呼んだことで眼の前が真っ白になった。


 桜井はよく冗談を言うが、嘘はつかない誠実な男だ。


 桜井まで自分の妻をショウコと呼ぶのはどういう事だ、と首を傾げた。



 まさかと思い、念のためにウィキペディアで自分の事を調べることにした。


 自分を調べる事自体、案外勇気がいる事を初めて知った。


 全て正確に書かれているとは思えないが、しかし、大まかな事実を知ることができるだろう。


 開いてみればモニターには神戸自身の膨大な情報が現れた。

よくもここまで調べ上げたものだ、というぐらいに。


 そこには妻の名前も載っていた。

 神部昭子、ショウコ…しかもご丁寧に俺がいつも言う妻の呼び名まで載っていた。


 ショウ…。


 そして、アキコの事も。



 ここに載っている神戸は現在の妻、ショウと付き合うまではショウの双子の姉アキコと付き合っていた。


 アキコは自動車事故に遭い大やけどを負いその事を悲観し、病院の屋上から飛び降り自殺。


それを見た神戸は首を傾げた。 

飛び降り自殺?



 神部の顔は次第に青ざめ、言葉を失った。

 アキが死んでいた。


 アキの言った事、いや、ショウの言った事が事実…だった。


 どういう事なんだろう?


 一体何がどうなってしまったんだ。


 どこで、こんな事になってしまったんだ。


 神部は思いめぐらした。


 そういえば時計が止まったんだ。

 俺が、ヘリから執事の角田に電話をかけた時だ。

 午前零時になる少し前…そして角田から酒井が風呂場で倒れたと言う連絡を受けた時、いや多分酒井が風呂場で倒れたその時だろう、つまり午前零時になった時に

周りの時計が全て止まった。

 だが、俺の時計だけは止まらなかった。

 つまり、俺だけは変わらず周りが変わったということか。

 俺以外はすべて入れ替わってしまった…?

 そんな馬鹿な?

 それとも、俺自身が違う時空に入り込んだのか…どっちにしても、あの十二時に何かが起こったのだ。


 やはり、酒井を助けようとした俺の行為が引き金になったのだろうか。


 そして、アキが自動車事故で火傷、犠牲になってしまった。


 神部は両手で顔を覆った。


 「俺は、なんてことをしてしまったんだ」

 神部は力なく嘆いた。



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