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死神の能力について、死神本人も解らないらしい。これにはサトリも脱力する。
「死神……なんだよね?」
「死神です」
そこはハッキリと断言するヨミであった。
「なのに解らないの?」
「力を使ったことがないから」
「どうして?」
「怖くて」
D4は女の子に優しいので、みんな反応に困っている様子だ。三人がサトリに判断を委ねている。リーダーが決断する。
「下校するようにアナウンスもあったことだし、今日はこれで解散しよう。掲示板について聞きたいことがあるから、校門まで一緒に行こう」
それは他の三人を解放してあげる口実でもあった。
※
サトリとヨミが校門まで来てみると、掲示板はシートで覆われていた。見張りの教員が帰宅を促したので、二人は桜並木を駅に向かって歩を進めた。
「死神の能力は解らないって言ったよね?」
「はい」
「でも姿が見えないことは知ってるんだ」
「はい……」
そこでヨミが立ち止まった。
「あれ? どうなんだろう?」
振り返ったサトリが心配そうに向かい合う。
「どうしたの?」
ヨミが自問するように言う。
「私の勘違いかもしれない」
「どういうこと?」
ヨミが過去を振り返る。
「一度だけ死神になったことがあって、勇気を出して外に出てみたことがあるんです。その時は誰も私の存在に気づかないから、他の人には死神の姿が見えないんだと思ってた。でも、誰からも見られないって、今も同じだなって。人間の姿でも同じだなって」
サトリが両肩に触れる。
「見えてるよ。話しだってしてる。そんな悲しいこと言わないで」
俯いたままコクリと頷くヨミだった。
「サトリくんには、見えてるよね」
「俺だけじゃなく、みんなにだって見えてるから」
「そうじゃなくて」
「え? どういうこと?」
不思議がるサトリに説明する。
「中等部に入学する前、一人でちゃんと通学できるか心配だったから、死神になって練習しようと思ったの。通学路を歩きながら、誰にも見られてないなって思ったら、満開の桜を見上げている男の子がいた。それから私の目を見て笑ったんだ。その時、この男の子には死神を見る力があるんだと思った」
ヨミが懐かしそうに微笑む。
「私を見つけてくれたのは、サトリくんだけだった」
それが彼の元を訪ねた理由だった。
「あの時の……」
少年が思い出したようだ。
満開の桜並木に佇む少女。
場違いな黒いフード付きのレインコート。
まるで一輪の黒い花。
目を奪われた。
誰もその美しさに気づかない。
あれは夢じゃなかった。
「大丈夫?」
そこでサトリが閃く。
「死神を見る力があるって、他の誰かに言った?」
「誰にも話してない」
「よし。これは切り札になる」
具体的に説明する。
「君の他に死神がいて、そいつが俺の能力を知らないなら、不意を突くチャンスになる。正直、透明人間を捕まえるのは不可能だと思っていたけど、これで戦える。むしろ戦況は有利になった。あとは悟られないように、見えないフリを続けるだけ。だから誰にも言わないで」
ヨミがコクリと頷いた。
「いま判っていることは、いくら死神が見えるといっても、映像を通してはその姿を視認することはできないということだ。でも掴まれた腕の動作を見ると、物理的な影響はそのまま記録できるみたいだ」
そこで死神少女に尋ねる。
「死神の能力って、肉体を透明化させるだけ?」
「うん。壁は通り抜けられない」
「ドアも自分で開けないとダメなんだ?」
「うん。周りからは勝手に開いたと思われる」
「だから腕を掴むこともできるわけだ」
「よく転んじゃうし」
「痛い?」
「うん」
「それだと本当に透明人間と変わらない」
そこでサトリが恐る恐る尋ねる。
「今ここで死神になれる?」
「なれるけど……」
明らかに嫌がっている様子た。
「解るよ。ここでは止そう。誰が見ているか分からないもんね。駅通りの監視カメラに不自然な映像を残してしまう可能性もあるし、慎重になるのも当然だ。ただ、どこでも死神になれるのか知りたかっただけだから」
ヨミがホッと胸をなで下ろした。
「でも捜査に役立つなら、死神になってもいい」
「本当に?」
「うん。こうなったのも私のせいだから」
「助かるよ。死神の能力を知ることが犯人を捕まえる手掛かりになるんだ」
そこで明日の夜に死神の姿で会う約束を交わすのだった。
「ありがとう」
駅とは反対側の桜並木の出口はT字路になっており、そこでサトリが握手を求めた。
「こちらこそ、ありがとう」
ヨミが緊張した面持ちで差し出された手に触れた。握手になれていないので握り返すことができなかった。
「俺が君を見つけたんじゃない。君が俺を見つけてくれたんだ」
そう言うと、始めて会った時のような笑顔を見せるのだった。
※
翌早朝。閑静な住宅街にある一軒家。そこで暮らす少女が死神の次なるターゲットだった。彼女は親友の死に怯えて昨日から部屋に閉じこもっていた。
マイカー通勤する父親を自宅駐車場まで見送りに出る母親は娘を心配するあまりひどく狼狽えていた。
「今朝も返事がなくて、食事も摂ってないの」
「友達が死んだんだろ? そういうもんじゃないのか」
夫が車に乗り込む前に尋ねる。
「学校はどうしましょう?」
「知らないよ。全部任せてるんだから」
そこで車に乗り込もうとするが、そこで冷たい目で妻に尋ねる。
「変な事件に関わってないだろうな?」
「はぁ」
気の抜けた返事しかできなかった。
「去年みたいなゴタゴタは勘弁しろよな」
「はぁ」
「自分の仕事をしてくれ」
「はぁ」
見送りを終えた妻が玄関のドアを開けた時に妙な抵抗を感じたが、見送りに出た時に似たような感覚があったので、建て付けが悪くなったのだと考えた。
(こんな家じゃドアだって壊れてしまうわよね)
その足で二階へ上がり、娘の部屋を訪ねてみたが、中から返事はなく、廊下に置いてある朝食も手付かずであった。
学校に休みの連絡を入れようか考えていたところ、自分を困らせていることに対して無性に腹が立ち、夫の言う事しかきかない娘に今日こそ言い聞かせる必要があると考えた。
中等部に上がる前から、勝手に部屋のドアを開けるとキレ散らかすようになっていたが、そんなことは関係なかった。
ドアをノックしても返事はなく、名前を呼んでも反応がない。しつこくするとキレられるのだが、この日は違った。すでに息絶えていたからだ。
(どうしよう、また夫に怒られる)
※
その日の放課後。D4の仮想探偵事務所には、いつもの面々がいつもの席に座っていた。そこで四人一緒になってモニターで再生された動画を鑑賞していた。
「いつもは癒しと安らぎをお届けする『天使の小部屋』ですが、今回の動画は後輩からDMで相談を受けたので、それについて話したいと思います」
自宅配信がメインのチャンネルで、ピンクのワンピースを着た女の子がカメラ目線で喋っていた。照明による光の加減で黒髪ロングの頭には天使の輪ができており、それが自他ともに〝天使〟と呼ばれる由来だった。
「ちょっと止めてくれ」
そこでサトリが待ったを掛ける。
「俺と富彦は知ってるけど、レンは知らないから説明してやれ」
仁太が喜々として教える。
「彼女は天使こと春名典子で、あざと清楚の美少女というのが世間的な評価だ。マイミィ派と天使派で校内人気は二分してる。一昨日まではどちらも底辺配信者だったけど、天使もこの動画でバズったので二人とも世間の一部に見つかった感じだな」
レンが頭を悩ませる。
「あざといと清楚、それは両立するものなのか?」
「天使は両立させちまうんだよ」
「小部屋って、天蓋付きのベッドがあるような豪邸だぞ?」
「羽根を持つ天使にとっては、これでも狭いくらいだ」
「羽根なんてないだろう?」
「好きになれば見えるようになるさ」
「それは盲目というんだ」
富彦が天使の動画を再生させる。
「みなさんは『デスノート』って、ご存知ですか? わたしは知らなかったのですが、ノートに名前を書くと人を殺せるという怖いお話があるんです」
彼女は血生臭い話が苦手なタイプだ。
「それはマンガのお話なんですが、わたしの周りで『デスノート』を〝デスボード〟に置き換えられた事件が現実に起きてしまったんです」
それでもピンクの洋服をチョイスできるところが彼女の逞しさでもある。
「会って話したことはないんですが、中等部に通う後輩の女の子からDMが届きまして、それを紹介しなくてはいけないと思って動画を上げることにしました」
編集されていないので説明が重複している。
「メールには画像も添付されていて、加工する時間がなかったのでお見せできないんですが、それには町内会の掲示板を写した画像なんですが、そこに死神からのメッセージが書かれていたんです」
そこで天使はスマホを操作して、メッセージ部分だけ拡大してカメラに向けて見せるのだった。
「後輩の子がすごく怖がっていて、わたしも怖くなりました。でも先輩だからそんな弱い姿は見せられないと思って、こうして呼び掛けることにしました」
天使がカメラ目線で訴える。
「みなさん、デスボードを見てもイタズラに名前を書き込まないでください。そして死神さん、もう、こんなことはやめてください」
それが天使からのお告げだった。
「大変なことになったな」
それが動画を観終えたサトリの感想だった。
「ウチの学校だけだと思ってたけど、掲示板があるところなら、どこだって予告殺人が行えるというわけだ。透明にもなれるし、まさにチートだよ」
自分のチート能力については打ち明けなかった。
「俺たちが戦っている相手はキラじゃなくて、死神リュークなんだよな」
仁太の乾いた笑いが旧図書室に虚しく響く。
「あの『デスノート』ですら、死神を殺人教唆、もしくは共犯者として裁こうとする人間は一人もいなかったよな。おれたちは探偵Lですら踏み込めなかった領域で勝負しなくちゃいけないわけだ。そんなの無理に決まってる」
レンが異を唱える。
「しかしDB事件は終息したんだろう? だったら何か手立てがあるはずだ」
そこで髪に触れ、照れた表情を見せて、己に反論する。
「死神が自在すればの話だけどな」
富彦が何かを言い掛けたところで入り口の方向に目を移す。
「ごきげんよう」
探偵事務所に天使が舞い降りたのだった。




