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キラ信者の刑事の次に死神が現れたが、至って冷静に対応するサトリだった。仁太が座っているソファの横に座り、自称・死神少女にも座るように促した。
「俺に話って、会ったことないよね?」
「目が合ったことはありますが、話したことはないです」
「ごめん、俺は君のことを知らないんだ」
「すいません、私は隣のクラスの伊佐波夜美です」
ヨミは陰の空気をまとった女の子。レンのようなクール系の陰ではなくて、人と目を合わせられない俯きがちな陰キャそのものだった。下を向くと長い漆黒の髪で顔が見えなくなるようなホラー感がある。
「話をしたい相手って、俺で間違いない?」
「最上さん」
「サトリでいいけど」
「サトリさん」
「くんがいい」
「サトリくん」
「俺は『ヨミちゃん』って呼ぶよ」
距離感の詰め方が対極的な二人だった。
「俺のことを、よく知ってたね」
「クラスメイトがD4のことをよく話しているので」
英弘高校にD4を知らない者はいない。
「それで死神さんが俺に何の用かな?」
サトリは優しいので彼女の話に付き合ってあげるようだ。他の三人も基本的には紳士なので女の子に対して奇異な目を向けることはない。
「学校掲示板の張り紙を書いたのは私なんです」
しかしこれにはD4も不審な目を向けざるを得なかった。
「あの、死神の啓示を、君が?」
サトリにとって予想外の犯人だった。
「それが違うんです」
「どういうこと?」
「私の他にも死神がいたんです」
「わからない」
困惑するD4に対して、死神少女は不安に苛まれて、ひどく怯えている様子だった。
「順を追って説明してくれるかな。その前に深呼吸しようか」
一呼吸して落ち着いたことで、俯きがちなヨミは顔を上げることができたのだった。
「キッカケはビデオ・オン・デマンドです」
日本ではサブスクと呼ぶのが一般的だ。
「そこでオススメされた『デスノート』を観て、私も死神の力を使って世の中の役に立ちたいと思いました。でも、そんな目立つことはできないから、学校掲示板でメッセージを発信しようと考えました」
ヨミは元から自省的なので常に反省顔だ。
「でも、私が書いた文面は違うんです。『悪いことをすると、あなたの元に死神が現れます。だから犯罪のない世の中をみんなで一緒につくりましょう』って。それが次の日に見てみたら、まるでキラが書いたような文面に変わってたんです」
そこでまた怖がるようにヨミが俯いてしまった。
「そこで張り紙を剥がしてしまえば良かった」
深い後悔の念が感じられる。
「私と同じように『デスノート』に影響を受けた人が、私のアイデアにアレンジを加えたんだと軽く考えてしまいました。でも、事件は起きました。すべて私のせいです。私が軽はずみなことをしなければ、あの生徒さんが殺されることはなかった」
死神少女による懺悔だった。
「つまり」サトリが総括する。「ヨミちゃんの他に死神がいて、それが誰か知らないから、探偵をしている俺たちD4に調べてほしいと依頼しに来たわけだ。そういう話なら答えは決まっている」
そこでサトリがムダに間を取る。
「その依頼、引き受けた」
「いや、ちょっと待て」
窓際で腕を組んで話を聞いていたレンが止めに入る。
「引き受けるって、今の話を聞いていたか?」
「もちろん」
「死神が存在する前提で話していたぞ?」
「見つけるのは一人だ」
「いや、そういうことじゃなくて」
仁太が嬉しそうな顔をする。
「いいじゃないか、面白そうだ」
「いつからオカルト探偵団になったんだ?」
「『ダンダダン』みたいだな」
「次は宇宙人が現れそうだ」
「最高じゃないか」
富彦は静観しているが、昔から好きなことを自由にやるサトリに付き合ってきたので、今さら異論はなかった。
「死神さんに質問があるんだけど」
サトリがヨミに尋ねた。
「はい」
「死神には姿を消す力があるんじゃないかな?」
「あります」
躊躇なく即答した。
「やっぱりか」
レンがツッコミを入れる。
「その死神コントだが、いつまで続けるんだ?」
サトリがニヤッとする。
「死神が存在する証拠を見せてやるよ」
そう言って、富彦にマイミィ動画をモニターに流すようにお願いするのだった。再生されたのは自殺した生徒が不自然な動作で駅通りを歩いている動画だった。
「さっき二人の刑事と話してきたんだけど、去り際に腕を引っ張られるようにして連れ去られるやり取りを見たんだ。その時、動きが似ていると思った。みんなもイメージしてくれ」
サトリが映像を観ながら解説する。
「生徒の隣に腕を掴んで離さない死神がいるんだ。そう考えると生徒の不自然な動きに説明がつく。立ち止まろうとするも引っ張られ、腕をロックされているから逃げ出すこともできない。俺たちには一人で歩いているように見えるが、彼女は死神に拉致されたんだ」
仁太が頷く。
「言われてみれば、そう見えるな」
「こじつけだ」
レンは冷めていた。
「実際に重ねてみよう」
そう言って、富彦がパソコンで作業をする。
「映像を解析するために静止画を作っておいたんだけど、ここに死神を貼り付けてみるよ。ちょっと待ってて」
とは言ったものの、ものの数秒でモニター映像を切り替えた。
「おおっ」
サトリが感嘆の声を上げたように、画像には死神に捕えられた少女という構図が出来上がっていたのだった。これに仁太も興奮する。
「ムダにエロいが、しっくりくるぞ」
借用した画像の死神は、お尻のお肉を露出させたコスプレイヤーの後ろ姿だったので仕方がなかった。富彦が説明する。
「時間があればCG映画のように死神と一緒に歩く姿を映像として作ることも可能だ。ここのパソコンじゃ、これが限界だけどね」
サトリが感謝を口にする。それから考えながら話す。
「その映像があれば少しは納得させられるかもしれない。証拠映像として作っておこう。頼めるか?」
富彦は「もちろん」と言ってあっさり承諾した。彼は対価を支払って動いてくれる映像チームをたくさん抱えている。
「すげぇな」仁太は興奮しっぱなしだった。「これって世界初なんじゃないのか? 死神を始めて映像に記録したことになる。マイミィにも教えてあげねぇとな」
窓際で腕を組んでいるレンは未だに懐疑的な表情をしていた。
「死神が人間の腕を掴めるって? そんなの世界中にある伝承や風聞でも聞いたことがない。死神に意思があるなんて話すら聞いたことがないからな」
サトリが対抗する。
「俺が死神の存在を認めてみようって思ったのは、さっき会った刑事からDB事件について聞かされたからなんだ。どうやら十五年くらい前に今回と類似した事件があったらしい。それに俺の父親も関わってるって聞いたんだ」
「DB? なんだそれ?」と仁太が尋ねたが、それに答えたのはパソコンを使って検索していた富彦だった。
「まったくヒットしないね」
サトリが考える。
「それは捜査本部の正式名で、世間的には違う呼び方があったのかもしれない。『デスノート』のキラを模倣したそうだから、そっちで調べたらヒットするかも」
富彦が説明する。
「たぶん、これかな? 未成年だったために死刑を免れて出所した殺人鬼が立て続けに死んだようだ。当時のネットで盛り上がり、実際に死神も掲示板のスレッドに降臨したみたい。『新世界を創る』って」
富彦が目を通しているのは古いまとめサイトだ。
「でもパタッと鎮火してる。刑期を終えた人の名前がネットに溢れちゃったから裁判沙汰にもなって、オールドメディアも扱わなかったこともあり、今では陰謀論を信じたネット民が起こしたアホな出来事の一つとして記録されてる」
そこで心境に変化があったのか、レンの顔つきが神妙になる。
「しかし、キャリア組の最上警視正が若い頃に関わっていたというのが気になる。世間的には陰謀論かもしれないが、警察はそのように捉えていなかったわけだ」
彼にとって死神は空想の産物に過ぎないが、警察が動いた現実となると話は変わるというわけだ。そこにサトリも同調する。
「事実として警備局にテロ対策本部が設置されたんだ。偶然で片付けるには不合理な何かがあったのかもしれない」
仁太がニヤけ顔で言う。
「親父さんに聞いてみればいいじゃないか」
「オマエが聞け」
サトリが父親を苦手としているのは周知の事実だった。話を変えるように総括する。
「過去に警察が捜査した死神事件があったとしたら、今回の事件だって死神の犯行だと言ってもおかしくないだろう? DB事件を調べている現職の刑事が類似していると指摘したんだ。だったら死神の存在を認めて推理した方がいい。初動が遅れないようにな」
富彦が得心する。
「なるほど。死神事件。つまりデス・ブリンガーのイニシャルからDB事件と名付けられたんだね。意地でも神様と認めない、必死の抵抗が見えるよ」
それまで黙っていたヨミが「どういうことですか?」尋ねた。
「キリスト教やイスラム教など一神教を信仰する世界では、死神という概念は存在しないんだ。だから英語圏では主にグリム・リーパーとか、エンジェル・オブ・デスとか、デス・ブリンガーって呼ばれている」
富彦が続ける。
「日本には八百万の神が存在する神道という唯一無二の宗教がある。だから日本人には死神の存在も呼び方もすんなりと受け入れられるんだね。世界中から追い出された神様たちが日本に集まったという与太話、僕は嫌いじゃない」
サトリが余談として付け加える。
「だから『デスノート』のキラも一神教にとっては始めから終わりまで敵でしかないんだよ。人間が『神になる』なんて冒涜以外の何物でもないからだ。日本のコンテンツを守るって、言うほど簡単じゃないんだ」
そこでサトリが本題に戻すため、死神を自称する少女に質問する。
「ヨミちゃんは自分のことを死神って言ったけど、具体的にどんな能力があるの?」
俯きがちな彼女は髪で顔が隠れて怖い時がある。
「わかりません」
それが死神少女の答えだった。




