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 都内にある雑居ビルの一室。そこは黒い噂のある芸能プロが子役の養成所として入居している部屋だった。


 土日にレッスンがあり、明誠中に通う男女四人も週末には必ず通うことになっていた。しかしそれは生徒としてではなく、サクラを演じるためであった。レッスン生を集めるためにプロが客寄せをしているというわけだ。


 ヨシの父親が芸能プロの社長で、キヌの父親は有名なバイプレイヤーで、アイコーの父親は公益社団法人の代表で、子役モデルとして活動しているシュガーの父親は年商十億の会社社長である。


「だりぃな」


 一般のレッスン生が帰った後、事務室でタバコを吸いながら陰気なアイコーが呟いた。短期で雇われた先生を作り笑顔で見送ったばかりだ。


「飲みたい人~」


 冷蔵庫から缶のカクテルソーダを取り出した陽気なシュガーが尋ねるも、誰も手を上げなかった。


「今から強くならないと、やってけないよ」

「よくないって」


 ニヤけ顔のヨシがニコニコしながら注意した。


「スタッフさんの持ち込みだって説明しておいたけど、先生は納得してなかったよ」


 シュガーがキッと睨みつける。


「生意気なこと言い出したらクビにすればいいじゃん」


 ソファに座っていた怒りっぽいキヌが席を移す。


「そんなことはどうでもいい」


 社長から麻雀を覚えるように頼まれている四人が卓を囲む。


「誰だよ、〝ギンおじ〟の名前を書いたの? 俺じゃないぞ」

「オレでもない」

「アタシじゃない」

「ボクでもない」


 キヌがキレる。


「俺たち四人しか使ってない呼び名なんだから、この中の誰かがデスボードに名前を書いたに決まってんだろ」


 アイコーが反論する。


「そうとも限らないよ。スマホも盗まれたし、チャットの中身も読まれた。会話を盗聴されたとしてもおかしくない」


 ヨシが心配する。


「ここの会話は大丈夫かな?」

「ここはレッスン生の親が出入りするから問題なし」


 酒を飲んでるシュガーの言葉に説得力はなかった。


「オマエら裏切ったら殺すからな」


 キヌのおどしに、アイコーがなだめる。


「ギンおじちゃんなんて、呼ばれている当人すら知らないんだから放っておけばいいよ」


 ヨシも場をなごませる。


「そうそう、死神だって誰のことか分からないと思うよ」


 アイコーが頷く。


「それにアイツが死んだのはタマおじのせいだから、これでギンおじが死んだら死神もアホってことになる」


 シュガーが笑う。


「いや、どっちもクズだろ。二人とも死ねばいい」


 キヌが睨む。


「そういうことじゃねぇだろ。裏切り者は誰だって話だ」


 場が固まったところで、玄関口でドアが閉まる音がする。


「ショタおじか?」


 アイコーが尋ねるも、ヨシが首を振る。


「ここには来ないよ」

「先生が戻ってきたのかも」


 シュガーが酒を隠して玄関へ向かうも、すぐに戻って報告する。


「誰もいなかった」


 そう言うと酒を追加して、何事もなかったかのように麻雀を再開するのだった。


      ※


 日曜日の朝。サトリは天川刑事の運転する車で秋津刑事と一緒に、退官した猪狩功補いかりこうすけ警視総監が入院している病院へと向かった。


「お父さん、なんか言ってた?」

「お父さんじゃなくて警視正ね」


 雑談であっても後輩の言葉遣いが気になる天川だった。


「『よろしく』とだけ言われました」

「ほら、気にしすぎなんだよ」


 秋津も内心ではビビッていたが、それを顔に出すことはなかった。


「それより心配なのはさ、警視総監も歳が歳だし、聞くところによると、余命宣告を受けてから見立てより一年以上も長く生きてるんだ。ということは、いつ亡くなられてもおかしくない状況だ。こうしてる間にも息を引き取ってる可能性もあるんだよな」


 天川が叱る。


「ご本人を前に失礼なことを言うのだけは本当に止めてね」

「わかってますよ、サトリくんに任せますから」

「プレッシャーですね」


 緊張する少年に秋津がアドバイスする。


「本性なんて簡単に見抜かれるんだから真っ正直に話した方がいいよ」

「本性ですか?」

「本質とでもいうのかな」

「はぁ」

「駆け引きを抜きにして本音で話すんだ」

「それも自分じゃないから簡単に言えるんですよ」


 天川が笑う。


「ハハッ、高校生にまで本質を見抜かれてるじゃない」

「誰が薄っぺらい人間ですか」


 不貞腐ふてくされた秋津の姿が可笑おかしくてたまらない天川であった。


      ※


 猪狩功補が入院しているのは、終末医療の研究を行っている郊外にある大学病院であった。といっても人体実験しているわけではなく、ターミナルケアを必要としている患者を積極的に受け入れているだけで、他の病院とそれほど変わった待遇はなかった。


 受付で面会を希望すると、すぐに個室へと案内され、お見舞いに来ていた娘さんと入れ替わる形で三人は対面を果たした。


「覚君か、大きくなったな」


 小さい頃に会ったのだが、サトリの方は記憶になかった。それよりも国会で答弁する姿の印象が残っており、その時と比べて痩せ細っていることに心が揺れたのだった。


「お会いできて光栄です」

「くたばる前に会えてよかった」


 二人の刑事は挨拶を済ませた後すぐに戸口へ下がったので、老人と少年だけの会話が続く。


「最上も三日前に訪ねてきたよ」

「父が?」

「息子をよろしくってな」

「知りませんでした」


 猪狩が笑う。


「死にゆく老兵にわざわざ頭を下げに来るとはな」

「情にあついところがあるんですね」

「ずいぶんと辛辣しんらつだ」

「父には内緒でお願いします」


 猪狩が笑う。


「いや、刑事は親孝行を望めない。エリートコースを歩めた最上を現場で使うように指示したのは私の判断だ。危険な目に遭わせてきたが、手掛けた事件は全て解決。私の人を見る目は間違っていなかったというわけだ。ご細君の心労は計り知れないがね」


 母親が心配している姿を見たことがないサトリにとって返答に困る言葉だった。


「父が関わった事件は全て解決したと仰いましたが、DB事件についても同じような認識でしょうか?」


 吸い飲みで喉を湿らせる。


「事件を任せた最上の最終的な報告は簡単なものだった。『任務完了』たったそれだけだ。どのように始末したのか聞かなかったが、最上が言うなら間違いはないんだ」


 表向きには事件性のない自然死だったということもあるが、尋ねないのが信頼の証でもあったのだろう。


「私は現場を知らないから、話せるのはそれだけだ」


 そこで封書を手渡す。


「最上が使っていた当時の捜査官のリストだ。退職した者もいるが、連絡が取れるように調べさせた」


 サトリが受け取るか躊躇ちゅうちょする。


「いいんですか?」

「最上が息子に渡してくれと」

まいったな」

「嬉しくないか?」

「これで逃げられなくなりました」


 猪狩が笑う。


「十五年前の事件と同一犯ならば、最上にとって初めての未解決事件だったことになる。しかし別件だと断言したので、やはり当時の犯人は生きていないんだろう。今度の事件ヤマは息子に任せると言っていたから、私も覚君に委ねると決めたんだ」


 サトリは笑えない。


「まだ高校生なのに」


 猪狩も笑わない。


「息子は自分と同等の能力があると言ったんだ。自信を持ちたまえ」


 最後にサトリが尋ねる。


「今回の事件の犯人ですが、父は何を根拠に同一犯ではないと断言したのでしょう?」

「価値観が違うと言っていた。最上が言うなら間違いない」


 それが最後の会話となった。


      ※


 警視総監との面会を終えた三人は、駐車場へと続く散歩道を歩いていたのだが、そこでサトリは車椅子の老婆に話し掛けられるのだった。


「死神さん」


 意味が解らず反応に困っていると、付き添いの看護師が平謝りするのだった。


「すみません、失礼なことを言って」


 老婆の耳には届いておらず、サトリの方を見つめるばかりであった。


「死神さんよね? 早く迎えに来てちょうだい」


 痴呆症の患者の対応に慣れているのは看護師だけだった。


「ダメですよ、まだまだ長生きしてもらわないと」

「いや、早く和雄かずおさんに会いたいの」


 会話は成立しているようだ。


「来週もお孫さんが来てくれますから楽しみにしましょうね」

「死神さん、わたしを和雄さんのいる天国に連れてって」


 そこで看護師は申し訳なさそうに謝罪して、サトリから引き離すように病院へ戻るのだった。


      ※


 帰りの車内ではしばらく無言の状態が続いたが、沈黙を破ったのは秋津刑事だった。


「サトリくん、君がデスボードの死神ってことはないよね?」

「バカなことを言わないでください」

「いや、ハッキリ答えてほしい」

「やめてくださいよ」

「なんで答えてくれないんだ?」

「俺が死神だなんて」

「おいおい、それじゃ、はぐらかしているように聞こえるぞ」

「もう、勘弁してください」

「意地でも否定しないつもりかい?」

「参ったな」

「また質問から逃げた」

「やめなさいよ、いい大人が」


 天川刑事が助け舟を出した。


「いや、否定しないのっておかしくないですか?」

「俺は死神じゃありません」


 天川が笑う。


「ハハッ。秋津くんは警視総監の器じゃないね」

「そんなの知ってますよ」


 不貞腐れた男にサトリが尋ねる。


「秋津刑事は死神じゃないですよね?」


 答えをもったえぶる。


「どうだろうね。眠っている力があるかもしれないし、そう簡単に否定はできないよ」

「俺には否定するように迫ったのに」

「むしろ疑惑は深まった」

「なんでそうなるんですか」

「犯人なら否定するだろう?」

「じゃあ、どちらにしてもダメじゃないですか」

「自白だけじゃ死神は逮捕できないってことさ」


 天川が呆れる。


「もうさ、二人とも、死神が存在する前提で話をするの止めてくれる? 頭がおかしくなる」


 同じ頃、病院のベッドで猪狩功補は永い眠りについた。

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