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朝焼けに染まる少女の顔は絶望そのものだった。三階建て校舎屋上の縁に立ち、スマホのカメラで自撮りしながら、震える声で静かに語りかける。
「デスボードに名前が書かれた者は死ぬ」
それを泣きそうな顔で言うのだった。すでに流せる涙は残っていなかった。
「それは犯罪のない新しい世界を創造するため」
生配信中の視聴者に向かって話しているが、同時視聴している者は一人もカウントされていなかった。
「わたしは新世界の死神になる」
誰かに言わされているような、心を失ってしまったような、抑揚のない言葉だった。
「……助けて」
それは視聴者に対してではなく、死神へのお願いだった。
「やめて、来ないで」
少女が後退るが、すでに踵は宙にある。文字通り、後がない状況だ。
「いや……」
恐怖に引きつった顔をしながら何度も首を横に振る。
「なんで私が……」
自分が発した言葉に、少女が憎しみを滾らせる。
「異常者」
死を覚悟した最期のあがき。
「変質者」
スマホのカメラから視線を外して罵り続ける。
「殺人鬼」
そう言って、スマホを反転させる。
「こいつが死神!」
その瞬間、少女は頭を両手で庇う動きを見せるも、気を失ったかのように脱力し、そのまま地面へと転落するのだった。
配信が途切れる前に屋上が写し出されたが、そこには誰もいないのであった。
※
その日、英弘高校では中等部の校舎で起きた女子生徒の飛び降り自殺で話が持ち切りだった。午前に予定していた授業を自習時間へと全て変更されたこともあり、どの教室からも話し声が途絶えることはなかった。
「意味わかんない」
「なに、死神って」
「死んで死神になるってこと?」
「なれんの?」
「知らない」
職員会議が終わらないのは、生徒の自殺に異常性が認められたからだ。
「デスボードって何のこと?」
「どこにあんの?」
「校門の横にある掲示板じゃない?」
「そんなのあったっけ?」
「あるよ」
「実際に死んだ子の名前が書かれた紙が貼られてたらしいよ」
それで全校生徒を対象に犯人捜しをしているというわけだ。
「最近、急に治安悪くなってない?」
「自殺でしょ」
「いじめじゃないの?」
「よくわかんない」
※
最上覚が通う高等部3年A組も似たような感じだった。身近で起きた自殺という痛ましい出来事ではあるが、ネットニュースを話題にする時のようなドライな雰囲気が教室中に蔓延っていた。
だが、この日のサトリは違った。同性からも好かれるアイドルのような笑顔を持つ彼は、珍しく誰とも喋らずに、椅子に座って腕を組んだまま険しい表情をしているのだった。
「というか、『デスボード』って『デスノート』のパクりだよね」
「なに『デスノート』って?」
「知らないの?」
「知らない」
「『デスドル』は?」
「それは聞いたことある」
「それの元になったのが『デスノート』だよ」
いつもなら女子グループの会話に割り込んで得意げに語り始めるサトリだが、この時は聞き耳を立てている様子も見られなかった。
「ノートに名前を書いたら殺せるっていうマンガがあって」
「えっ、楽しそう」
「そこは『面白』って言わないと」
「なにそれ?」
「死神リュークのセリフ」
「だから知らないって」
約二十年前に連載が終了しているマンガだ。
「コナン君なら今ごろ現場に駆けつけてるよね」
「自殺だからどうだろう?」
「でも何か異変に気がつくんじゃない?」
「『あれれ~?』って」
「うん。『おっかしいぞ~?』って」
約三十年も連載が続いているマンガだ。
「話がある」
サトリが席を立って向かったのは、本を読んでいるクラスメイトの元だった。
「D4で集まろう」
サトリと並んで廊下を歩いているのは久能恋だ。モデルのような端正な顔立ちをしており、いつも涼し気な表情をしている。サトリも背は低くないが、並んで歩くとレンのスタイルの良さが際立つ。
陽のサトリに対して陰のレン。ミステリー好きという共通点がなければ交わらなかっただろう。特にレンは本だけが友達といった感じだからだ。
「他の二人は?」
レンの問いにサトリが答える。
「富彦は部室にいる。仁太は寄るところがあるって」
※
サトリが教室で口にした『D4』というのは、「Detective 4」の略。『名探偵コナン』のようなミステリー好きの四人が結成した少年探偵団のことだ。中等部で知り合ったので六年目の付き合いになる。
二人が向かったのは部室のように利用している別館の古い図書室だった。すでに大きな図書館が新設されており、旧館は取り壊し予定なのだが、それまで探偵事務所として使っているというわけだ。
本棚はそのままなのだが、窓際の閲覧スペースを『名探偵コナン』に出てくる毛利探偵事務所のようにリフォームされていた。事務机の前に来客用のソファが向かい合わせで置かれている。
違う点は、安楽椅子探偵に憧れているサトリがわざわざアームチェアを運び入れたことだ。そこが彼の指定席だった。
「俺たちって、何なんだろう?」
それに対して、ソファに座っているレンが問う。
「その『俺たち』に、オレも含まれているのか?」
「当然だ」
即答だった。
「身近なところで人が変死したというのに、何もしない。何もできない。現場に駆けつけるどころか、モブ役にすらなれないじゃないか。それのどこが探偵団だよ」
サトリはアツいけど、レンは常にクールだった。ここでも冷たく言い放つ。
「変死じゃなくて自殺だろ」
「デスボードに名前が書かれてたんだ」
「死神が殺ったとでも?」
「自殺者が自分の名前を書いたというのか?」
「本当に書かれていたかどうかも怪しいもんだ」
「だから捜査が必要なんじゃないか」
逸る気持ちとは裏腹に、サトリの顔は自信を失っていた。
「父親が警視庁で働いてるのに何もできない。事件が起こったら力になりたいって、頭の中では何度も考えていたのに、いざ現実になると何もしないんだよ」
自分への失望だ。
「ミステリーで得た知識を活かしたいと思わないのか?」
「思わないな」
レンの心に火はつかなかった。
「富彦、お前はどうなんだ?」
「僕?」
事務机のパソコンで黙々と作業をしていた木嶋富彦が顔を上げた。ふちなしメガネが似合う知的な顔立ちだ。
「親戚が理事長で、父親が評議員じゃないか。KIJIMAグループが運営する学校で事件が起きたんだぞ? なんで『現場を調べよう』ってならないんだよ」
富彦は旧財閥系の御曹司というだけではなく、すでに傘下のハイテク企業で会議に参加する実務を行っている。お金に不自由したことがなく、自分がどれだけの資産を持っているかも知らないほどだ。
「僕ならもう、一通り調べたよ」
あっけらかんとした口調が富彦の特徴だ。
「調べたって?」
「観る?」
そう言ってリモコンを取り、壁際の本棚に設置したモニターの電源を入れるのだった。
「この映像は?」
「中等部に設置してある防犯カメラの映像さ」
学校の警備業務も傘下のグループ企業が請け負っているので入手できたわけだ。
「自殺した直前の映像なんだけど、当該生徒が一人で校庭を歩いているのが判るだろう? 映像を遡っても犯人らしき存在は確認できないし、自殺で間違いないよ」
科学の力によって謎は綺麗に消え去った。
「解決だな」
レンの言葉だが、勝ち誇るでもなく、落ち着いて捜査終了を伝えるのだった。
「ただ──」
富彦が経営者の顔つきになる。
「──これで屋上への扉に鍵を掛けなくちゃいけなくなるかもね。高い所はいくらでもあるから意味なんてないんだけど、結局は自分たちで自分たちの居場所を窮屈にさせてしまうんだ」
サトリは話を終わらせない。
「デスボードの謎が残ってる。彼女が自殺なら、誰がその子の名前を書いたというんだ? 掲示板を映した映像はないのか?」
富彦がパソコンを操作すると、モニターの映像が切り替わる。
「見ての通り、学校に入って来る人の顔を撮りたいわけだから、カメラは内から外へ向けられている。校門の外にある掲示板までは映ってないんだ」
そこへ四本のペットボトルの飲料を抱えた伸堂仁太がやって来て、「ほらよ」と言って手渡しする。
仁太はガッチリとしたスポーツマンタイプで、高校生だけど阿部寛が演じた加賀恭一郎みたいな髭を生やしていた。特異体質なので学校側から髭剃は強制されていない。
英弘男子の学校指定の制服は三種あり、ほとんどの生徒はネクタイ着用のスーツを選ぶが、仁太はノータイのブレザーを着ることが多い。ノースリーブのベストを好む富彦も珍しいタイプといえる。
「こりゃ大事件だぞ」
なぜか嬉しそうだが、仁太に悪意はない。見た目は老けているけど、単純に中身が子供なのである。
「なんたって予告殺人が起こったんだからな」
「自殺だよ」
レンの消火作業は早かった。
「そんなわけないだろ」
と言いつつ、仁太がレンの対面にあるソファに座る。そこが定位置だった。
「掲示板に名前が書かれた直後に人が死ぬなんて、そんな偶然があってたまるか」
「カメラに犯人の姿は映っていない」
と、レンが話に付き合う。
「なんらかのトリックを使ったんだ」
「例えば?」
「遠隔殺人があるだろう」
「方法は?」
「それをみんなで考えるんだ」
そこでサトリが閃く。
「映像から犯人の姿だけを消したんじゃないのか?」
「それはない」
富彦が即座に否定した。
「防犯映像に加工された痕跡は残っていない」
サトリがねばる。
「そっちじゃなくて、自殺した生徒の方の映像さ」
「うん?」
「防犯カメラに映らないように校内へ侵入する方法はある」
「何が言いたいのかさっぱり解らない」
「生で配信された映像の方を加工したんだ」
「現在のスマホにそんな機能はないよ」
そこで今度は仁太が閃く。
「自殺した生徒の自作自演だったんじゃないのか?」
「面白そうだ」
と、無表情のレンが話の続きを促す。
「掲示板に名前を書いたのは彼女自身だったんだ」
「目的は?」
厳しく問いただすが、レンにとっては平常運転だった。
「注目を集めたかったんだよ」
「死んだら意味ないじゃないか」
「死ぬつもりはなかった」
「一応、願いは叶ったわけか」
「あぁ、自分でも予期せぬ反響だろうがな」
そこで再びサトリが閃く。
「共犯者がいるんじゃないのか? そんな悪ふざけを一人で考えたとは思えない」
「おぉ、そうだな」
と仁太が嬉しそうに同調するが、悪意はない。
「だとしたら自殺ほう助」
「罪に問えるか微妙だけどな」
「でも過失責任はある」
「反省はしてもらいたいところだ」
そこで富彦が二人に釘を差す。
「待って。もっとシンプルに考えよう。デスボードに名前を書かれるくらい深刻なイジメを受けていた。それで正気を失って自殺した。そう考えた方が辻褄が合うよね」
サトリと仁太はバツが悪そうに顔を見合わせる。
「確かに、自殺した生徒を悪く言うのは違うよな」
「サトリの言う通りだ。今回はオマエが悪い」
「いや、お前が言い出したんだろう」
「じゃあ、一緒に反省しよう」
と言いつつ、仁太に反省の色は見られなかった。
「それ以前の話だが」
レンが冷静に振り返る。
「掲示板に名前が書かれていたのは本当か?」
「それは間違いない」
仁太が断言した。
「その証拠を呼んである」




