5.雪の子と騎士の恋
別の馬車が用意され、ネージュは娼館に帰り着いた。
営業を取りやめていたシャルムの面々は泣いてネージュに取り縋り、よしよしと宥める。怖い思いをさせてしまって申し訳なかったが、あのとき店にいた誰にも怪我がなかったと聞いてほっとした。
イデアルは念のためと警備に残ってくれて、疲れ切っていたネージュは首の手当てをしてすぐに眠ってしまった。
結局ろくに会話もしないまま、翌日初めて王宮という場所に足を踏み入れた。
朝やってきたヴェリテが届けてくれた貴族みたいな服を着て、イデアルたちと共に国王陛下に謁見する。緊張する暇もなかった。
そこで聞いたところによると、ネージュは本当にブーロンシュという国の王族の血筋だったらしい。父の顔は知らないし、母もネージュが幼い頃に亡くなったため何も聞いたことはなかった。
ただ母は娼妓と思えないくらい上品で評判だったと、大人になってから聞いたことを思い出す。
王族だった娘が娼館で働くなんて、その苦労は如何ほどだっただろうか。それが自分を育てるためだったと考えると、どうしようもなく胸が苦しい。
「いつかネージュさんにも知らせるつもりだったと思うよ。あの子守唄がヒントだったんだ」
最初にイデアルが気づいたんだと、ヴェリテは言った。
雪はこの国で降らないのに、子守唄の歌詞には何度も出てくる。イデアルが騎士になる前、公爵家に来ていた商人が北の国の話をしていたのを思い出したという。
「ブーロンシュ王国では雪が降っていても外で赤子を昼寝させる、と。その話が衝撃的で覚えていた」
「えぇ……寒くないんですか?」
「もちろん防寒はしっかりとさせるらしいですよ。寒い国でも太陽の光を浴びさせた方が、健康に育つと言われているようです」
思わず零したネージュの疑問には、国王陛下の近くにいた宰相が答えてくれた。へぇ、という感想しか沸いてこない。
一度調べ始めると王族の特徴にネージュが当てはまることにもイデアルは気づき、出自が判明した。
何しろあいだに別の国を挟む遠い国だ。月単位でブーロンシュとやり取りを続けている内に、公爵とパラディが向こうの高官とやり取りしていることも知った。
それならとイデアルは兄と結託してヴィエーヴの国王に奏上し、ブーロンシュの国王と平和的解決――上位貴族と王族の婚姻――を認めさせたようだ。
時間が足りず正式な発表には至ってはいないが、色良い返事はいただけているという。何しろ二人が既に番関係ということもあり、認めざるを得ないと言った方が正しいが。
あいだにある国とヴィエーヴはたびたび紛争を繰り返す緊張関係にあり、ブーロンシュとヴィエーヴが同盟を結べば大きな抑止力になる。ブーロンシュは小国のため、ヴィエーヴという後ろ盾があれば他の国も手を出しにくい。双方にとって大きなメリットとなるだろう。
権力にはさらなる権力で対抗を。ネージュの預かり知らぬところで、イデアルはネージュのために動いてくれていたらしい。
本当だったら嬉しいけど。そこまでしてくれるなんて、ちょっと……信じられないな。
「イデアル様、もしかして、私のこと……好きなんですか?」
「「ぶふっ……!」」
ネージュとイデアル以外の全員が吹き出した。
その後はみんなで座って話せる部屋に移動し、国王陛下抜きで宰相から色々と今後の話を聞いた。
ネージュ本人に自覚はなかったとはいえ、他国の王族へ危害を加えようとした罪は重い。
現公爵ソラネルの爵位は剥奪されるが、イデアルと嫡男である兄は罪に加担していないことが証明されているため、爵位は譲渡され公爵家は存続できるという。
ネージュにとっては天上人の話で、その辺は聞き流した。ぼやっとしているのがバレたのか、ヴェリテがこそこそと話しかけてくる。
「イデアルさ、妾も取るつもりないみたいだから。がんばってね、子作り」
「えぇ……?」
考えてもみなかったことに、思わず口元を引き攣らせる。
そういえば元々嫡男に子がいないからイデアルの筆下ろしをして、結婚させたいという話だった。それが結果的にネージュの発情期事故で番契約まで済ませ、さらにはネージュを救うため婚約までしてしまったのだ。
うわぁ、申し訳なさすぎる。確かにヴェリテの言うとおり、せめて後継ぎ候補になれる子を産んであげられたらいいんだけど。
(子作り……がんばるか!!!)
ネージュは決意した。やっと自覚できた好きな人のためにしてあげられることが、それくらいしか思いつかない。
これでも元男娼で、花車となってからは新人への指導に当たることもある。男は単純な生き物だから、夜の生活を充実させてあげれば喜ぶだろう。
「私、がんばります!」
「おっ、いいねその意気だ!」
ヴェリテが拳をこちらに向けてくるから、ネージュも拳でゴツンとぶつけ合わせようとする。しかしその直前で第三者の手にネージュの拳は包まれ、阻まれた。
「帰るぞ」
「あれ、もう話終わったんですか? じゃあ……お先に失礼します」
ぺこと頭を下げてから部屋を出て、イデアルについていく。今日からネージュはイデアルの部屋に住むらしい。
こんな立場になってしまってはさすがに娼館での仕事を続けられないため、シャルムからは荷物を引き上げてきた。
突然職場を去ることになり寂しい気持ちはある。みんなも寂しがってくれたけれど、実際のところネージュがいなくなっても問題ないだろう。男娼たちはみんなしっかりしているし、エマももう立派な花車だ。
王宮を出た馬車の中で、ネージュは改めてお礼を言った。昨日からずっとバタバタしていたので、二人きりで普通に会話をするのは、初めて会った夜以来かもしれない。
「あの……助けてくださって、ありがとうございました。昨日だけじゃなくて、前から動いてくださってたんですよね? 私、なにも知らなくて、大変失礼いたしました」
「俺が勝手にやったことだ。むしろ……怖い思いをしただろ、父が悪かった」
どうしてかイデアルは頑なに目を合わせようとしない。もしかして、機嫌が悪いの? 望まない結婚をするから?
「イデアル様、私との結婚が嫌なら遠慮なくおっしゃってください。対外的には結婚したことにして、私は納屋にでも押し込めていただいて構いません」
「どうしてそうなる! というか、その話し方やめろ! 普通にしろ!」
「え」
ようやく目が合ったかと思うと、イデアルは突然怒り出した。納屋でさえ贅沢だと思われたのだろうか。普通って……?
「ネージュは王子だったんだろ。立場も上だし年上だし、俺に敬語を使わなくていい。それに……結婚、するんだから……夫婦だろ」
「…………」
結婚、の部分でイデアルの白い肌が朱を注がれたように真っ赤になった。あれ? なんだこの反応。なんか見たことあるな。
「童貞みたい……」
「っおい!」
「童貞じゃねぇ!」って言われたから「知ってる」と返す。あははっと笑っているうちに、いつの間にか心のつかえが取れていることに気づいた。嫌われているわけでもないらしい。
ネージュは身を乗り出し、向かい側の男を上目遣いに見つめて、大事なことを教えてあげる。
「イデアルのこと、好きだよ」
「!!」
首まで赤くしたイデアルをうりうり弄くりまわすのはとっても楽しかった。
馬車を下りる前、イデアルは何度もネージュに言い含めてきた。
騎士団の宿舎に住んでいるから、貴族らしい大きな屋敷を期待してほしくないという。そんなの、こっちだって緊張するから願い下げだ。
見上げた建物は三階建てで横に長く、華美すぎないものの実用的な美しさがある。騎士の中でも高位貴族が住む宿舎のようで、集合住宅といっても平民から見れば豪勢なところだった。
「わ……」
「狭いだろ? しばらくはここで我慢してくれ」
しばらくってどういう意味だろうと思いながらも、ネージュは興味津々でイデアルの部屋を探検した。
娼館で住んでいた私室よりも広いし、なにより個別の部屋にちゃんとした風呂がある。寝台も広く、二人で寝ても十分な広さだ。
「むしろここに一人で住んでたなんて贅沢だよね? って――あれ?」
寝台の上に座ってイデアルの方を仰ぎ見ると、部屋の外にたくさんの人が集まって、扉の隙間からネージュたちを見ていることに気づいた。騎士の人たち……だよね?
「……お前ら! 散れ、散れっ!」
「あは、いいじゃない。――みなさん初めまして、イデアルと結婚することになったネージュといいます。これから一緒にここで暮らしますので、よろしくお願いいたします」
彼らに近づいて行って外行きの笑顔で挨拶すると、顔を輝かせた騎士たちが「よかったな童貞!」「すっげぇ美人!」「奥さんオメガって本当か!?」などと騒ぎ出す。若そうで可愛いなぁと思いながらも、ネージュは大事なことを付け加えておく。
「私が発情期のときとか、そうでなくとも夜は、恥ずかしいので聞き耳を立てないでくださいね?」
壁って薄いのかな? と尋ねながらイデアルを見上げると、ぽかんと口を開けてまた顔を赤らめていた。
……あれ? なんか変なこと、言った?
ぱたんぱたんと長い睫毛を上下させて、ネージュはもう一度集団の方を振り向く。
「はっ、おれたちは邪魔者でしたね! 失礼します!」
ネージュと目が合うや否や、耳まで真っ赤にした彼らは走って去ってしまった。




