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【BL】遠い異国の唄  作者: おもちDX


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3/6

3.事故つがいの関係

「責任は取るから、俺のところに来い。働かずとも贅沢させてやる」

「結構です、私の責任ですから」


 イデアルの提案をネージュはそっけなく断る。シャルムの花々とヴェリテはハラハラとその様子を窺っていた。


 突然訪れたネージュの発情期は幸いにして一日半程度で終わった。まだ体の熱っぽい感じは残っているが、お互い理性をなくして求め合う期間は過ぎている。

 相思相愛の(つがい)ならまだしも、会ったばかりで寝るつもりさえなかった相手だ。冷静になった瞬間、サァッとネージュが青褪めたのは言うまでもない。


「確かにネージュのせいでこうなった。が、俺のそばにいたから発情したんだろう。しかも噛んでしまったのは俺の責任だ」

首輪(ネックガード)をしていなかった私の責任でしょう。――そうですね。発情期のときだけ、来てくれます?」

「お前なぁ……俺が気ぃ遣って言ってやってんのに!」

「お坊ちゃんの責任は重すぎるんですよ」

「まぁまぁまぁ、お二人とも! 僕も責任感じてるんだからさー。とりあえずイデアルは一旦帰ろうぜ! ネージュさんを妾にするにしても、お父上に説明しなきゃだろ」

「妾じゃ……」


 ネージュとイデアルが部屋に籠っているあいだ、ヴェリテは心配して何度も様子を見に来てくれていたらしい。

 ようやく出てきた二人が言い合いを始めたのを呆気に取られて見ていたものの、ようやく我に返って間に入ってきた。


 そもそもネージュが発情期だとわかった際、二人が(つが)ってしまうんじゃないかとみんな心配していたようだが、朝になってヴェリテが部屋に踏み込もうとした時点でもう遅かったのだという。

 確かに、繋がって即噛まれたような気がしている。発情期ってあんなに訳がわからなくなるものだっけ? と首を傾げたくなるくらい、記憶も曖昧だ。


 発情期中の番に誰も近づけさせないのはアルファの習性で、イデアルも例外ではなく二日間誰も部屋に入れなかった。結構怖かったらしく、男娼たちはびくびくしながら飲み物やシーツの替えを扉から差し入れてくれていたそうだ。

 その辺りは全く記憶にないけれど、このお坊ちゃんも意外なほどちゃんとネージュの世話をしてくれたんだと思う。


 ヴェリテの説得でしぶしぶ帰っていくイデアルを見送り、はぁぁ~っと大きなため息をついた。すぐにワッと華やかな花に囲まれる。


「ねぇねぇっ。あの人、ネージュさんの運命だったってことですか!?」

「はぁ? 運命なんてあり得ないでしょ」


 興奮した様子で頬を赤らめて聞いてくるから、一蹴する。

 運命なんて信じたい人だけが信じる眉唾物の話だ。ネージュは事故で番ってしまったときの言い訳だと思っている。


「ええ~っ。だって、ネージュさんの発情期、ずっと来てなかったですよね……?」

「お嫁にいかなくてよかったの?」

「嫌だよ公爵家の妾なんて。柄じゃないもん。それに、私にはこの店があるし」


 長く勤めている子も多いが、ネージュのいなかった夜の営業はてんやわんやだったらしい。まぁ難しいことをやっているわけじゃないから教育すれば代わりなんていくらでもいるのだけれど、人生の半分以上をここで過ごしているネージュにとってはこの店こそが居場所だった。


 数年に一回程度、客と番になってしまう男娼はいる。相手は大抵貴族か金持ちの平民で、誓約書があるから妾や、人によっては妻として嫁いでいく。

 店側が大丈夫だと判断した客に発情期の相手を許可しているため、出て行った子たちは上手くやっているみたいだ。みんな(したた)かだから、正直事故なのか怪しいと思う時もあった。


 ネージュは本当に、事故で番になってしまった。花車という立場でありながら、大失態だ。

 しかも相手は公爵家。最高位の貴族であり、ヴィエーヴ王国に十家もないのである。


 なんとしてでも、なかったことにしないといけない。番ができたら発情期が安定したというオメガの話はよく聞く。

 もしネージュもそれに当てはまるのなら、三ヶ月に一回付き合ってもらえればそれでいい。


 それさえイデアルが食い下がるから提案しただけで、ネージュは一人で耐えることになったって構わない。

 番のいるオメガは他の人と性行為できないと聞くけれど、フェロモンも番にしか影響しなくなるのは都合がいい。


(……うん。あのお坊ちゃんさえ納得すれば何も問題ないじゃないか)


 そこまで考えてしまえば気が楽になる。


 その夜はあまり出しゃばらずに店を切り回したが、発情の熱が抜けきらないネージュの色香に目を奪われる客が続出した。結果として男娼たちに「休んでください!」と自室に押し込まれ、ネージュはイデアルのことを悶々と考える夜を過ごすことになるのだった。




 ◇




 イデアルの態度からしてすぐにまた会いに来るかと思われたが、ネージュの発情期が完全に明けても、一週間経とうが一ヶ月経とうが彼は姿を現さなかった。

 

 よく考えれば恋に落ちたわけでもなく、お互いのことさえ全く知らないのだから会いに来なくて当然だろう。なのになんだか少しがっかりしてしまったのは、番というものの影響だと思う。


 似た体格や金に近い髪色を見つけると心臓が小さく跳ねる。本能レベルで番を求めるように体が変わってしまったのか、仕方のないことだと思っても落ち着かなくて煩わしかった。


 夜の街は毎日目まぐるしい。忙しさにむしろ助けられながら変わりのない日々を過ごして三ヶ月ほど経った頃、また発情期の兆候が出た。


「くそぉ、やっぱ来るんだ……」

「あの騎士様お呼びしないんですか?」


 できるはずない。どこに住んでいるのかも知らないし、イデアルはもうここへ来るつもりもないのだろう。

 一応筆下ろし自体は済んだのだから、もしかしたらもう結婚相手を見つけているかもしれない。彼は公爵家の跡継ぎ候補となる子をもうけなければならないのだ。ネージュとは別世界の人間。


 体が番を求めているのを感じながらネージュは自室に籠もった。発情期が来るのなら仕事にならないのは確実だったため、あれから花車の仕事は一番しっかりした男娼のエマに仕込んである。


 誰かに任せても店は問題ないと安心するたび、自分の存在意義が薄れていくのを感じる。それはひどく切なく、恐怖すらもネージュに与えた。

 自分がいなくたって店は回るし、誰も困らない。あのお坊ちゃんアルファだってネージュとは違い発情期に苦しめられることもなく、別の番を作ることすらできるのだ。


「ふっ、ぅ……くそ……ッ」


 自分を慰め、気持ちいいはずなのに涙が出る。

 これまでの発情期だって泣いたりしなかったはずだ。けれど前回から、正しくは番ができた瞬間から、ネージュの涙腺は崩壊してしまっているらしい。


 寂しい。あの男の香りが傍にないのが寂しい。ネージュの空白を満たしてくれる人がいなくて寂しい。


 当然というべきか、一人での発情期はなかなか終わらなかった。自慰をして、身を清めて、疲れて眠っての繰り返し。


 ちょうどネージュが身を清めて新しい衣を身に纏ったとき、部屋の外をパタパタと走る音が聞こえた。やけに慌ただしく、誰かを呼びに来たようだ。まだ昼間なのだけれど、何かあったのだろうか?


 気になって部屋の扉から顔を出すと、ネージュの顔を見て「あっ」と男娼のひとりが声を上げた。顔色が悪い。


「どうしたの」

「あの、お貴族様が……ぼく、エマさんを呼んで来ようと思って……」

『おい、早くしろ! ネージュとかいうやつを出せ!』


 遠くから怒った男性の声が聞こえて、ネージュは自分が呼ばれているらしいと気づいた。金をぼったくられたから返せとか、男娼に溺れて息子が借金を作ったとか、言いがかりをつけてくる人はたまにいる。


 発情期なので別の人で対応しようとしたのだろう。だがエマにはまだ荷が重い。今なら少し動けそうだと思い、ネージュは自分が出ることにした。

 昼間は自宅で休んでいるだろう用心棒を念のため呼んでくるようにお願いして、ネージュはきゅっと顔を引き締める。この店を、花たちを守るのは自分の仕事だ。


 階段を下りていくと、豪奢な服を身に着けた年嵩の男性が唾を飛ばして喚いている。五十歳前後だろうか、神経質そうな皺の寄り方をした顔ではあるが、濃い色の金髪に整った顔立ちは誰かを想起させた。


「私をお呼びでしょうか?」

「お前か! 私の息子を(たぶら)かしたのは」

「……失礼ですがお名前を伺っても?」


 まさか自分が当事者だと思っていなかったネージュは、長い睫毛を何度かぱちぱちさせた。……そういうことか。


「レウスィット公爵閣下でございます」と背後に立っていた執事が答え、予想は確信に変わる。イデアルの生意気そうな顔が可愛らしく思えるくらい公爵は意地悪そうな顔立ちをしているが、確かに似ていた。


「あいつが薄汚い男娼なんかを番にして、嫁に取るとか言い出したのはお前のせいだろう! 息子には王族の姫を降嫁させる予定なんだ。邪魔をしてくれるな!」

「閣下、私は公爵家に迷惑をかけようなんて微塵も考えておりません。イデアル様には、もう来なくていいと伝えてくださいな」

「偉そうに指図するな! あいつが私の言うことをちっとも聞かないのも、お前が誑かしたせいなんだろう。我が家の財産を奪おうとしていることくらい、わかってるんだからな! 警吏に突き出してやる。悪評がつけばこんな店、すぐに潰れるだろうな」


 ネージュがなにを言っても公爵の怒りは収まらず、むしろヒートアップしていった。自分については何を言われても平気だが、店のことで脅されるとネージュの顔からも血の気が引く。


 冤罪でも捕まれば取り調べを受けるし、歓楽街では噂なんてすぐに広がる。ひとりの花車と現公爵の言葉では、重みが異なるのだ。

 公爵ほどの権力があれば、多くの貴族を顧客に持つシャルムなんて生かすも潰すも簡単なことだろう。


「違います。そんな……」

「口答えするな!」

「ぅ、ぐっ……」


 襟元を掴み上げられて、苦しさに呻く。用心棒はまだなの……!?


 ここにネージュを助けてくれる人なんて一人もいない。自分のせいだ。勝手に発情期を起こしてイデアルを、店を巻き込んでしまった。


 意識が遠のきかけ、後悔の海に沈みかけたネージュを救ったのは――覚えのある香りだった。


「父上! 何をしているんですか!」

「お前ぇぇ! いつの間に戻ってきた!」


 三ヶ月前の出会いを彷彿とさせる登場だった。


 ネージュはふらついた体が背後の逞しい体に受け止められるのを、泣きたい気持ちで感じていた。

 一度しか会ったことがないのに……途方もなく安心するのは、なぜなんだろう。


 息子のことを「あいつ」や「お前」としか呼ばない父親との関係は想像以上に悪そうだ。ネージュが口を挟む隙もなく二人の口論が始まって、あたふたしてしまう。

 イデアルの方が鍛えた体をしていて、公爵は明らかに弱そうだ。しかし父親に手を出すつもりはなさそうだった。


 振り返って見上げると、少し瘦せて疲れを滲ませた表情のイデアルがいた。「戻ってきた」と公爵は言っていたし、どこかへ行かせられていたか騎士の任務で遠くへ行っていた可能性もある。


(もしかしたら、来たくても来られなかっただけなのかも……)


 ほんのりと期待が生まれて、胸が熱くなる。ネージュは無意識に体を反転させ、イデアルの胴に抱きついた。

 ここが人前であるとか、相手が親子喧嘩の最中だとか、そんなものは発情期の番への欲求を前にしては障壁にもならない。


 ビクッと固まったイデアルは、恐る恐るという感じでゆっくりとネージュを見下ろしてきた。ネージュの乱れてはだけた胸元からは火照ってしっとりとした肌が見え、番だけを誘うフェロモンが体から発せられている。


「ん゙んっ」

「わっぁ……!」


 大きな咳払いをしたイデアルにネージュは抱え上げられた。オメガの中では小柄でもない自覚があるのに、ほぼ片手で持ち上げられると自分が幼子になってしまったみたいだ。


 イデアルが店の階段に向かって足を進めると、その背中に公爵の怒鳴り声がかかる。


「おいっ、下劣な男娼なんかに入れ込みやがって……それでも私の息子か!? お前には心底がっかりだ。騎士なんてやめて、家のために働け! おい、無視するな! 騎士団なんて辞めさせてやるからな!!」

「うるさい!」


 公爵の言葉に反論したのは、抱えられてイデアルの肩口から見ていたネージュだった。まさか『男娼なんか』に言い返されると思っていなかったのか、公爵の顔は赤を通り越してどす黒くなった。


「な、なんだと!? お前如きが私に、直接口を聞くこと自体間違って……」

「イデアルのこと、道具みたいに言うな! 権力だけ振りかざすあんたより、騎士の方がよっぽど立派じゃんか!」

「ネージュ……」


 ネージュは自身が子どもみたいな物言いをしていることに気づかなかった。落ち着いていた発情の熱はもはや耐え難いほどに高まっていて、理性なんて残っていないのだ。

 現にイデアルに昂った腰を押し付けているのも無自覚で、公爵に好きなことを言ってから「ね、三階の奥が私の部屋だから。早く行こ?」と耳元で囁いて赤面させている。


 公爵がその後どうしたのかはわからない。見えなくなってからまた喚いていた気もするが、寝台の上に投げるように押し倒され、すでに臨戦態勢になったものを充てがわれてしまうと他のことはどうでもよくなった。

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