クラスメイト
視線が、自然と教室の扉へ集まる。が、入ってきたのは担任の原田先生一人だった。
教室には、抑え切れていないざわめき。
今日は、いつもと空気がちがった。
「おはよう、んじゃホームルーム始めんぞー」
原田先生が黒板の前に立つと、教室が妙に静かになる。
いつもならみんなほとんど聞いていないに、いつになく教室は静まり返り先生を見ている。
「どうしたお前ら」
煽るようにニヤッと笑う。
「今日はやけに俺の話を聞くな? んー?」
「原田先生! いいから早く進めてくださーい!」
後ろの方、陽キャの集まる場所からの声。
お調子者の佐藤が頑張ってる……。俺には無理だな。
「おーおー、何か気になることでもあるのかね」
担任は、わざとらしく間を取り見渡す。
「なんだよ、お前らのそのヘラヘラしたツラ。まぁ、時間もねぇし焦らして遊ぶのもしまいだ」
担任が肩をすくめる。
「今日はな、新しいクラスメイトが加わることになった」
そう言って再度クラスを見渡し、おもむろに前の扉へと顔を向ける。
今日一番の静寂。
「もう入ってきていいぞ」
ガラガラ……。
引き戸が、静かに開く音。
そして――キリエが、教室に入ってきた、その瞬間。
「うおおおおおおおっ!?」
「えっ、なに!?」
「ちょ、まって、まって!?」
野郎たちの雄叫びと、黄色い……いや、これはもう蛍光イエローだ。
悲鳴でも歓声でもない、よく分からない音が一斉に弾ける。
女子の「きゃー!」と、男子の「はぁ!?」が混ざり合って、完全にカオス。
うーん、テレビでアイドルが出てきた瞬間の、あの感じ。
それか、ライブでファンがペンライト振ってる、そんな感じ。ライブは動画でしか見た事ないけど。
俺は半分目を細め、現実は直視せず、境界線がぼやけた視界のまま、そんなことを取り留めもなく考えていた。
あぁ。
これはもう、今日一日、平穏は無いんだろうなぁ。
《今日一日で済む可能性は限りなく低いです。頑張ってください(*'ω'*) 》
と、珍しくフェリナからテキストチャットが送られてきた。
(さっきまで静かだったのに……明日以降も騒がしいだなんて、受け止めたくないよ。あと、顔文字学習したのね)
《はい、チャットではこういう顔文字を使うことで、感情を視覚的に伝えられるようですね。早速取り入れてみました。いかがでしょうか(*⁰▿⁰*) 》
(んー、多分……いいんじゃないかな?)
《では、これからも学習をつ――》
原田先生の号令でフェリナとのチャットは遮られた。
「おーし!んじゃ質問タイム終了。そんなわけで、仁科、後ろに置いてある机持ってこい。お前と相良の間に机を置く様に。カロディールさんはそこに座る様に」
ほらさっさと働けと原田先生に急かされ、俺と彩月(相良)の間にキリエの席を用意する。
列の最後尾だった俺の列と、隣の最後尾だった彩月の間、通路を塞ぐように置いた。ちなみに昂太は俺の前の席。
用意がすぐに終わり、キリエがこっちへ向かって歩いてくる。ゆっくり、迷いのない足取り。
――あ。
移動した時のまま、椅子の後ろに立っていた俺はキリエが来た時、咄嗟に椅子を引いていた。
「ありがとうございます」
小さく会釈をして、キリエは優雅に椅子へ腰を下ろす。
メイド服を着ているにも関わらず、お嬢様特有の優美な所作。それはまるで綺麗なドレスを着たお嬢様にしか見えなかった。
そして、その一連の動きを、教室中のみんなが息をするのを忘れ、見つめていた。
気になる視線を無視して俺もそのまま席に座る。
「怜汰様、これからも宜しくお願いしますわ」
と、最速で爆速で真っ直ぐに言葉の拳をぶつけられた気がした。
そしてすぐさま現れるノイズのような悲鳴じみた声が教室中から……。
「怜汰様ぁぁぁ!?」
「様!? 様って言った!?」
「待って待って待って、二人どういう関係!! 情報量が多い!!」
机を叩く音、勢いよく立ち上がり椅子が倒れる音。
女子の黄色い声と、男子の裏返った叫びが一気に重なる。
「あー……言い忘れたがな」
原田先生が、こめかみを軽く押さえながらめんどくさそうに言う。
「生徒として紹介したんだが」
一度、言葉を切る。
「……なんでか知らんが、仁科の」
ちらっと、こっちを見る。そんな目で見られてもどう言う体裁か知らないし。
俺は目を逸らし回答を拒否する。
「……なんて言うんだ。お手伝いさん、として入学している。なんで制服じゃなくメイド服着てるかは俺も知らん、俺には絶対に聞くな、以上」
興奮の冷めない教室。
隣からは、こんな状況を気にも止めず微笑み返してくる金髪美少女のキリエ。すこぶる気まずい。
アニメでなら有り得そうな展開だけど、これが当事者になると、笑ってはいられない。
原田先生はそれ以上触れる気はないらしい。
「んじゃ出欠取るぞー」
と、いつもの調子で授業を始まった。
結局このまま一限目に突入したが、原田先生の授業だった。ちょうど試験が終わった直後だったこともあって、授業は自習になり、先生は教室から出ていった。
ここぞとばかりにクラスメイトはキリエと群がってきたのですぐさま離脱を選択。彩月、悪いけどよろしく。
そんな想いを込めてアイコンタクトを取るも虚しく、群がる女子に飲み込まれ、彩月の姿は完全に見えなくなった。
伝わったかどうか確認したくても……見えない。時たまキリエの目立つ髪が見えるぐらい。
俺はため息を一つだけ飲み込み、窓際に行くと昂太も付いてきた。
窓の縁に二人して寄りかかり、喧騒の中心を眺めている。あの中に取り残されなくて本当に良かった。
「怜汰さー」
昂太が、少し言いにくそうに頭を掻く。
「言いにくければ言わなくてもいいんだけどさ……なんかあった?」
視線を合わせず、無理に聞こうとしてこない感じ。
いつもの昂太の気遣いだ。
「最近さ、落ち込んだり、元気になったと思ったら、いきなりキリエさんとイケメン執事が押しかけてくるしさ。正直、なんかあったとしか思えねぇって」
……まあ、そうなるよな。一気に変わってるって実感はある。
「そうだな……」
なんていえばいいんだか、説明したい気持ちが先走って言葉になってくれない。だからそのまま話す。
「色々あったんだけどさ。どう説明すればいいのか、自分でも分かんないんだよ」
一度、言葉を切る。
「言いたくないわけじゃない。……ただ、俺でも信じられないことが起き続けててさ」
昂太は、すぐには返事を返さなかった。
その代わり、軽く肩を竦めてから、いつもの調子で笑う。
「そっか。まぁなんだ、俺らに手伝えることあったら言えよ」
ぽん、と軽く俺の肩を叩く。
「お前さ、すぐ一人で抱え込むだろ。正直、そこが一番心配なんだよ」
……何度も、救われてきたはにかむような笑顔。
ほんと、いい友達だ。イケメンすぎる。
「ありがと。整理できたら、ちゃんと話す。春休みの間には区切りつけるつもりだからさ」
「おー」
昂太が、オーバーリアクション気味に驚く振りをする。
「怜汰がそこまで具体的に言うなら解決も早そうだな」
そして、少し間を置いてから――
「じゃあさ、そっちが落ち着いたら、今度は俺の相談にも乗ってくれよ」
「……相談?」
「俺、18歳になったら冒険者デビューするつもりなんだよね」
「え」
思わず声が出た。
「まじ? 昂太が冒険者に?」
「まじのまじ」
昂太は得意げに笑う。
「彩月も一緒。前からなんだけど、キリエさんの領地――カロディールに行こうと思っててさ。あとで、話聞こうと思ってんだ」
「なるほどな……」
俺は頷く。
「確かに、レックスの補佐してるし、詳しいはずだ。キリエさんに聞くなら、詳しく教えてくれるかも」
昂太をまると、怪訝な顔をしながら動きを止めていた。
「……怜汰さ」
じっと俺を見る。
「しれっと言うけど、レックス様って、アメリカの大統領だってほとんど会えないって噂の人だぞ?
それを、そんな親しげに呼び捨てるなんてさ……」
急に、女々しく泣く真似をする。
「ウチの怜汰くんが、変わっちゃったわ……」
「いや!」
俺は慌てて手を振った。
「違うって! あまりにも雲の上すぎて、逆に呼び捨てになったっていうか……!」
「はいはい」
昂太は肩をすくめる。
「まぁ、そこらへんの詳しい話はさ、ちゃんと整理ついてからでいいよ」
そして、小さく笑いながら付け足した。
「多分だけどな、今起きてること、全部そこらへんが関係してんだろ」
……うっ、やっぱり、鋭い。
「お前、ほんと隠すの下手すぎ」
「……ごめん。ありがと」
そう言うと、昂太は何も言わずに手を振った。




