表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

47/54

買い物へ②

 日用品売り場を一通り回り、カゴの中身が消耗品でそれなりに埋まってきた頃。


「……あの」


 キリエが、棚に並んだ商品を見つめたまま、遠慮がちに声を出した。


「こういう物は……どれを選べばよろしいのでしょうか」


 コップ。

 シンプルな物から、色付きや柄有りなど、山ほどある。


「うーん」

 俺は少し考えてから言った。

「キリエさんが使うものなんだし、好きなの選んでいいんじゃないかな?」


「好きな物……?」


 一瞬、言葉を失ったように目を瞬かせる。


「普段使う物だからさ、気に入った物を使うのがいいだろ」


 しばらく、棚と俺を交互に見ていたキリエは、やがて、小さく息を吐いた。


「……そう、ですわね」

 そう言って、恐る恐る一つのコップを手に取る。

 小児向けのプラスチック製コップだった。ふわふわしたゆるいタッチで、子犬が二匹、戯れるように描かれている。

 キリエはこういう可愛いのが好きなのか。


「この子達、可愛すぎませんか?」

「そうだね、落ち着きたい時に使ったら癒されそうだね」

「これ、子供っぽくは……」

「小さい子向けだけど、気に入ったならいいと思うよ。熱狂している大人だっているし」


 そう答えると、少しだけ表情が緩む。


「では……こちらで」


 選び方が控えめで、慎重で、でもどこか楽しそうで。

 その様子を見て、俺はようやく気づいた。

 キリエも、緊張していたんだ。


(フェリナ)

《はい》

(こういうの、勝手に決めなくて正解だったよな)

《そうですね、キリエは与えられることには慣れていますが、自分好みの物を選ぶことには慣れていないようです。今の対応は、心理的負荷が低く、適切だと思います》

(そっか……)


 それからも、歯ブラシ、タオルの模様、食器の枚数。

 一つひとつ、キリエに聞きながら決めていった。

 時間はかかったけど、不思議と苦じゃなかった。むしろ楽しかったとすら思えた。


 会計を終え、デパートを出て駅前へ向かう途中。

 ふと、見覚えのあるロゴが目に入った。


「あ……」

 目の前の小さな洋菓子店。ガラス張りで外からも良く見えたショーケースの中には――エルコロ。勉強会の時、昂太が差し入れで持ってきたやつだ。

 思わず、買って帰るか迷い足が止まる。こういうの好きかな。


「何か、気になる物がありましたか?」

 キリエが、俺の視線を追って店を見る。

 

「ここのお菓子、前に食べたことがあってさ。美味しかったんだ」


 一瞬、迷ってから言い足した。

「よかったら……一緒に食べない? 歓迎会、まだしてなかったし」


 キリエは少し驚いた顔をして、それから、嬉しそうにうなずいた。


「……はい。お願いします」

 

 エルコロを二つ。歓迎会にしては、ずいぶん控えめだけど。それでも、これが俺なりの精一杯だった。



 コンビニで買い足したジュースとエルコロの箱を片手に、俺たちはマンションへ戻った。

 行きと同じ道のはずなのに、さっきよりも視線は気にならなかった。


 部屋に入ると、靴を脱いで、それぞれが少しだけ気を遣いながら動く。

 俺はローテーブルを拭き、キリエは買ってきた袋をそっと置いた。


「……こちら、使ってもよろしいですか?」


 そう言って、キリエが取り出したのは、さっき選んだコップだった。

「うん。もちろん」


 キリエは、嬉しそうに頷いて、キッチンへ向かう。

 オレンジジュースを注ぎ、両手で大事そうに持って戻ってきた。とても喜んでそうで良かった。

 途中で足を止め、はっとしたように振り返る。そして、少し慌てた足取りで戻っていった。

 今度は二つのコップを持ってきてくれた。

「ありがとう」

 

 俺はエルコロの箱を開け、分ける。

 

(フェリナ、ホログラム起動して)


 そう思った瞬間、卓上投影機によっての空間が淡く揺らぎ、フェリナの姿が映し出される。

 いつもの猫の姿で、くるりと尻尾を揺らした。


『歓迎会ですね』

「まあ、形だけだけどな」


 三人でローテーブルを囲む。

 八畳一間の部屋に、奇妙な組み合わせ。でも、不思議と落ち着く。


「じゃあ……」

 俺は一度、言葉を探してから言った。

「改めて。キリエ、これからよろしく」


 キリエは目を瞬かせて、それから、丁寧に頭を下げる。


「こちらこそ。よろしくお願いいたします、怜汰様」


「……その呼び方は、ゆっくりでいいから変えていこうね」

 そう言うと、キリエは小さく笑った。

 

「努力いたしますわ」

 フェリナが、くすっと声を漏らす。


『良い雰囲気ですね』

「茶化すな」

『馴染めたようで良かったです』


 二人同時にエルコロを口に運ぶ。

 サクサクの食感と甘さが、ゆっくりと口の中に広がる。


「……美味しいです」

 キリエが、傍らに置きながら言った。

「こういうお菓子を、初めて食べました。美味しいです」


 その言葉に、俺は少しだけ手を止めた。

「そっか、向こうにはこういうの作ってなかったか」

 遊ぶ事ばかり詰め込んで、日常の設定は片手間で済ませていたから、住人にとっては味気ない世界だったのかもしれない。悪いことしたな。もっと考えるべきだった。


 キリエは、犬の描かれたコップを見つめてから、そっと指で縁をなぞる。


「このコップも……気に入りました」

「それは良かった。また気に入った物増やせるように探しいこうか」

「ふふ、楽しみですね」


 フェリナが、静かに言う。


『リサーチしておきますね、キリエの好きそうな物がある場所回りに行きましょう』

「フェリナ様もありがとうございます」

 

 異世界の令嬢メイドと、感情を持ち始めたAIと、俺。

 奇妙で、不釣り合いで、それでも――。

 今日のこの時間は、確かに温かかった。


 派手な歓迎会じゃない。

 でも、これぐらいゆっくりした時間が心地良い。

 

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ