買い物へ②
日用品売り場を一通り回り、カゴの中身が消耗品でそれなりに埋まってきた頃。
「……あの」
キリエが、棚に並んだ商品を見つめたまま、遠慮がちに声を出した。
「こういう物は……どれを選べばよろしいのでしょうか」
コップ。
シンプルな物から、色付きや柄有りなど、山ほどある。
「うーん」
俺は少し考えてから言った。
「キリエさんが使うものなんだし、好きなの選んでいいんじゃないかな?」
「好きな物……?」
一瞬、言葉を失ったように目を瞬かせる。
「普段使う物だからさ、気に入った物を使うのがいいだろ」
しばらく、棚と俺を交互に見ていたキリエは、やがて、小さく息を吐いた。
「……そう、ですわね」
そう言って、恐る恐る一つのコップを手に取る。
小児向けのプラスチック製コップだった。ふわふわしたゆるいタッチで、子犬が二匹、戯れるように描かれている。
キリエはこういう可愛いのが好きなのか。
「この子達、可愛すぎませんか?」
「そうだね、落ち着きたい時に使ったら癒されそうだね」
「これ、子供っぽくは……」
「小さい子向けだけど、気に入ったならいいと思うよ。熱狂している大人だっているし」
そう答えると、少しだけ表情が緩む。
「では……こちらで」
選び方が控えめで、慎重で、でもどこか楽しそうで。
その様子を見て、俺はようやく気づいた。
キリエも、緊張していたんだ。
(フェリナ)
《はい》
(こういうの、勝手に決めなくて正解だったよな)
《そうですね、キリエは与えられることには慣れていますが、自分好みの物を選ぶことには慣れていないようです。今の対応は、心理的負荷が低く、適切だと思います》
(そっか……)
それからも、歯ブラシ、タオルの模様、食器の枚数。
一つひとつ、キリエに聞きながら決めていった。
時間はかかったけど、不思議と苦じゃなかった。むしろ楽しかったとすら思えた。
会計を終え、デパートを出て駅前へ向かう途中。
ふと、見覚えのあるロゴが目に入った。
「あ……」
目の前の小さな洋菓子店。ガラス張りで外からも良く見えたショーケースの中には――エルコロ。勉強会の時、昂太が差し入れで持ってきたやつだ。
思わず、買って帰るか迷い足が止まる。こういうの好きかな。
「何か、気になる物がありましたか?」
キリエが、俺の視線を追って店を見る。
「ここのお菓子、前に食べたことがあってさ。美味しかったんだ」
一瞬、迷ってから言い足した。
「よかったら……一緒に食べない? 歓迎会、まだしてなかったし」
キリエは少し驚いた顔をして、それから、嬉しそうにうなずいた。
「……はい。お願いします」
エルコロを二つ。歓迎会にしては、ずいぶん控えめだけど。それでも、これが俺なりの精一杯だった。
コンビニで買い足したジュースとエルコロの箱を片手に、俺たちはマンションへ戻った。
行きと同じ道のはずなのに、さっきよりも視線は気にならなかった。
部屋に入ると、靴を脱いで、それぞれが少しだけ気を遣いながら動く。
俺はローテーブルを拭き、キリエは買ってきた袋をそっと置いた。
「……こちら、使ってもよろしいですか?」
そう言って、キリエが取り出したのは、さっき選んだコップだった。
「うん。もちろん」
キリエは、嬉しそうに頷いて、キッチンへ向かう。
オレンジジュースを注ぎ、両手で大事そうに持って戻ってきた。とても喜んでそうで良かった。
途中で足を止め、はっとしたように振り返る。そして、少し慌てた足取りで戻っていった。
今度は二つのコップを持ってきてくれた。
「ありがとう」
俺はエルコロの箱を開け、分ける。
(フェリナ、ホログラム起動して)
そう思った瞬間、卓上投影機によっての空間が淡く揺らぎ、フェリナの姿が映し出される。
いつもの猫の姿で、くるりと尻尾を揺らした。
『歓迎会ですね』
「まあ、形だけだけどな」
三人でローテーブルを囲む。
八畳一間の部屋に、奇妙な組み合わせ。でも、不思議と落ち着く。
「じゃあ……」
俺は一度、言葉を探してから言った。
「改めて。キリエ、これからよろしく」
キリエは目を瞬かせて、それから、丁寧に頭を下げる。
「こちらこそ。よろしくお願いいたします、怜汰様」
「……その呼び方は、ゆっくりでいいから変えていこうね」
そう言うと、キリエは小さく笑った。
「努力いたしますわ」
フェリナが、くすっと声を漏らす。
『良い雰囲気ですね』
「茶化すな」
『馴染めたようで良かったです』
二人同時にエルコロを口に運ぶ。
サクサクの食感と甘さが、ゆっくりと口の中に広がる。
「……美味しいです」
キリエが、傍らに置きながら言った。
「こういうお菓子を、初めて食べました。美味しいです」
その言葉に、俺は少しだけ手を止めた。
「そっか、向こうにはこういうの作ってなかったか」
遊ぶ事ばかり詰め込んで、日常の設定は片手間で済ませていたから、住人にとっては味気ない世界だったのかもしれない。悪いことしたな。もっと考えるべきだった。
キリエは、犬の描かれたコップを見つめてから、そっと指で縁をなぞる。
「このコップも……気に入りました」
「それは良かった。また気に入った物増やせるように探しいこうか」
「ふふ、楽しみですね」
フェリナが、静かに言う。
『リサーチしておきますね、キリエの好きそうな物がある場所回りに行きましょう』
「フェリナ様もありがとうございます」
異世界の令嬢メイドと、感情を持ち始めたAIと、俺。
奇妙で、不釣り合いで、それでも――。
今日のこの時間は、確かに温かかった。
派手な歓迎会じゃない。
でも、これぐらいゆっくりした時間が心地良い。




