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買い物へ

 俺のところに人生初のメイドがやって来た。


 ……いや、冷静に考えると状況がおかしい。

 一人暮らしの男子高校生の部屋に、いきなり異世界の令嬢メイドが住み込むとか、どこのラブコメだよ。一番苦手なやつ。無自覚系、ハーレム系なんて苦手なジャンルだった。


 そんな現実逃避を内心で繰り返しながら、改めて室内を見渡す。

 八畳一間。ローテーブルとベッド、本棚、テレビ。

 人が増える想定なんて最初からしていない部屋だ。

 そこに一人分の荷物が増えるとなると――

「……荷物、それだけ?」


 思わずそう聞いてしまった。

 キリエの後ろには、大きめの鞄がひとつ置いてあるだけだった。


「はい」

 さも当たり前かのように、迷いのない返答。

 何か問題ありますかと、本心から言いたそうな表情を見て、こちらが不安になってくる。これなら、俺が二泊三日で持っていく量と変わらない気がする。


 このまま見て見ぬふりをして、後で生活に必要な物がないと言われても困る。

 中身を聞くと、メイド服の替えとエプロン、あとは最低限の肌着。日用品や普段着らしいものは、まったく入っていない。


「常に使える身ですもの、他の服は不要ですわ。遊びに来ている訳ではありませんもの」

 キリエは当然のように言う。


「……そうなんだ」


 それ以上、何も言えなかった。

 仕事にきている。そう言われてしまえばそれまでだ。それに、必要になれば取りに帰ればいいんだった。

 

 そうだよ、ここには仕事で来ているんだよ。

 女性と一緒に暮らすのかと少しでも浮ついていた自分が恥ずかしすぎる。


 そうなるとだ、今後のことを考えると、職場環境を整えるのがベストのはず。このまま生活するのは現実的に無理がある。

 さっそくフェリナに伝えて、メモアプリへと書き込んでもらう。


「歯ブラシ、コップ、タオル、食器。あとはヘアブラシとかもいるかな? うちには無いから欲しいなら買おうか」

「お、お願いします」

 足りて無い物を書き出していくうちに、項目がどんどん増えていく。

 項目が増えるたび、キリエの表情が暗く落ち込んでいく。まぁ、全部買えば済む問題だし気にしない。

 一人で暮らしていると当たり前すぎて意識しないものが、急に全部「足りないもの」になるのは仕方ない。

 キリエが頭を抱えそうになるのをこらえている傍ら、俺とフェリナでリストに書き出し終えた。


「というわけで」

 俺は顔を上げキリエを見る。

「キリエさんが短期とは言え住み込む以上、このままってわけにもいかないし、今拾い出した物を買いに行こう」


「すみません、まったく考えていませんでした……お気遣いありがとうございます。それと、これからはキリエ、とお呼びください」

「それは無理」

 

 買う物が決まれば、さっさと出かけた方がいい。

 部屋の空気が落ち着かないのも事実だし。

 

「フェリナ、外出てても俺と通信出来るの?」

『はい、理論上、何処にいても通信出来そうです』

「おー、便利だね、スマホ要らずだ。買い出しの最中はリストのチェックをお願いね」

『了解しました。デパート内の最短経路を表示しますね』

「それは楽そうでいいね」

 玄関で靴を履きながら、ふと気づく。

 ……あれ?


(フェリナ?)


 心の中でそう呼びかけた瞬間、視界の端に小さなテキストが浮かんだ。

 フェリナからだった。


《はい。聞こえていますよ、怜汰くん》


 ……あ。


(今の、声に出してないよな?)


《口に出さなくても、通信は可能です》

《思考を「伝えたい」と認識した時点で、音声として受信しています》

『こちらからはテキストでも、音声でも話せますので周囲の状況で切り替え可能です』


 なるほど。俺自身が無言でも会話出来るのはいいな。

 今まではフェリナに話しかけなかっただけで、音声でも、思考でも。フェリナとは、常時繋がっていることが分かった。


 改めてその事実を実感していると、玄関の扉の向こうから声がした。


「……どうかしましたか?」


 玄関の扉を開けるとクラシカルメイド服を来たキリエが、立っている。

 この格好で外に出るのか、という疑問は一瞬浮かんだが――今は突っ込まないことにした。


「うん。行こう」


 こうして俺たちは、日用品を揃えるためにデパートへ向かうことにした。



 いま住んでいるマンションは駅から少し離れた場所にあり、歩いて15分ぐらいで着く。それよりも、高校からは5分と掛からないので便利な場所に位置してる。


 そう、マンションからデパートへ向かう為には、住宅街を歩く事になる。駅前なら人も多く、多少は人に紛れて視線は気にならなさそうだけど、こんなひとのいない住宅街、すれ違う人の視線がやけに気になる。子どもが振り返り、中学生が声を潜め、老夫婦が二度見する。

 被害妄想甚だしい。


 それでも、だ。

 住宅街のど真ん中を、メイド服の少女が歩いている。

 しかも、俺の一歩後ろを……目立つに決まってるだろ。


 そう思うのに、どうするのが正解なのか分からない。


「前を歩いて」と言うのも違う。

「隣に来て」と言う理由もない。そもそも、これが正しいのかもしれない。勝手に気まずくなっているのは、俺だけだ。


(フェリナ)

《はい》

(この距離感、正解なのかな)


《正解かどうかは判断出来ませんが、客観的には、目立っていますね》


 ……だよな。

 でも、それ以上は何も出来ない。歩く位置を変えて、話をしようなんて言えるはずがない。

 

 俺は結局、歩く速度を一定に保ったまま、何も言わず、何も変えられずに進む。

 キリエも変わらず、一歩後ろを付いてくる。


 この距離をどう扱えばいいのか分からないまま、俺たちは駅前へと続く道を歩いた。


 やがて、人通りが増え、視線は雑音に紛れていく。

 それでも、この妙な居心地の悪さを掻き消すことはできなかった。

 

 

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