押し掛けメイド
「ねぇ、怜汰。ちょっと聞いてもいいかな」
彩月が、珍しく真剣な顔で俺を見た。
「この人……キリエ様、だよね?」
「え? そうだけど……なんで知ってるの?」
俺がそう返すと、今度は昂太が呆れたように肩をすくめた。
「おまえなぁ……今じゃ、ほぼ毎日ネットニュースになってんだよ。異世界交流として、セラフィナ様のご息女――キリエお嬢様も参加予定、って」
たしか……つい最近、話してたのを聞いたような。でも、そんなのは今のいままで忘れていた。
「具体的な話は、まだ何も決まってないって言ってたはずだけど」
彩月は、キリエとディアスを交互に見て言った。
「……これは、えーっと?」
その問いに答えたのは、――キリエ本人だった。
「はい」
一歩前に出て、丁寧にスカートの裾をつまみ、軽く礼をする。
「怜汰様のご友人でいらっしゃいますね。初めまして。キリエ・カロディールと申します」
澄んだ声で、はっきりと言い切る。
「本日より、怜汰様に仕えさせていただくことになりました。どうぞ、よろしくお願いいたします」
微笑みながら昂太と彩月に自己紹介をするキリエだが……いやいやいや。勝手に既成事実として進めないで!
ツッコミは喉元まで出かかったが、さすがに玄関先で叫ぶわけにもいかない。近所迷惑にもほどがある。
「……とりあえずここ、玄関だし。狭いけど……中、入って」
全員を室内に招き入れ、ドアを閉める。
ひとまず、部屋の中央に置かれた小さなテーブルの周りなど、各々で座れそうな場所を探してもらい、腰を下ろしてもらう。
八畳の部屋に五人は、さすがに無理があるな。
そして、俺はキリエの後ろで澄ました顔をしている人物へと視線を向けた。
「ディアス、この話……どこまで本当なの?」
「すべて、でございます」
即答だった。
「レックスは?」
「快諾、でございます」
レックスめ、セラフィナの言いなりになるのはやめてほしい。
「俺、ここ……」
みんなが狭そうに座る部屋を見回す。
「狭いマンションで、一人暮らしなんだけど?」
「存じ上げております」
知っててこれか。
「ただ、まさかこんな……いえ、新しい屋敷をすぐ見つけますので問題ございません。広い屋敷には使用人は必要でございましょう? 引越しするまでは、キリエ様一人でも問題ありませんよ」
いや、そこじゃない!
問題なのは部屋の広さじゃない。1番の問題は女の子が一人で来るって事だ。
内心で叫んでも、当然伝わるはずもなく。
ディアスは涼しい顔で、完璧に「段取りが済んだ人」の表情をしていて腹が立った。
正直な話、このままじゃ落ち着かない。
一人暮らしなのに、知らない人間――しかも年頃の女の子が世話しにくるなんて考えられない。
気を遣うなと言われても無理だし、気を遣えばストレスが溜まる。だから何か打開策を考えなきゃいけない……と思うのに、肝心の案がまったく浮かばない。
俺が黙り込んでいると、様子を見ていた彩月が、そっと手を挙げた。
「あの……」
少し言いづらそうにしながら、キリエの方を見る。
「キリエ様って、異世界交流は……どうされる予定なんですか?」
その一言で、俺ははっとした。
「……あ」
そうだ。それだ!
「俺のとこに来たら、交流どころじゃなくなるよな?」
俺の世話しながら交流にも顔出すなんて二足草鞋、出来っこない。
だが、その疑問に答えたのは、迷いのない声だった。
「問題ありません」
キリエが、にこりと微笑む。
「私も、こちらの世界の高校へ短期にはなりますが、編入することが決まりましたの」
さらっと、とんでもないことを言った。
「明日からは、怜汰様と同じ学校です」
少しだけ首を傾げて、付け加える。
「同級生としても、侍女としても、どうぞ、よろしくお願いいたしますね。怜汰様」
……。
思考が、完全に停止した。
昂太と彩月が、同時に俺を見る。
その視線が、妙に生温かい。
あ。
これ。
――もう、外堀を埋め終わって、本丸まで攻めこられ終わったやつだ。
「じゃあ、俺たち帰るわ、あとはごゆっくりー」
ディアスも合わせるように、かえるようだった。
「私の役目はキリエ様と一緒にお荷物をこちらへお送りする事でしたので、これで失礼致します」
いつのまにかキリエの隣に置かれた大きく革製の鞄。その中には色々入ってそうだった。
みんなは用が済んだと言わんばかりに、すぐに帰っていった。
残されたのは俺とキリエと気まずい空気だけ。
いや、あとフェリナもいるか。気まずいから巻き添えだ。こっちに連れて来よう。
作業部屋からホログラムも持って来て、いつもの卓上で起動すると、フェリナがすぐさまキリエに話しかけた。
『昨日の今日で早かったですね。感心です』
ありがとうございますと、猫に丁寧なお辞儀をするキリエ。なんだろうこの絵面は。でも、それよりも――
「フェリナ知ってたの?」
『はい、住所を教えたのは私ですから。今後、怜汰くんのサポートに必須と判断しました』
「そ、そっか……ありがとう。ところでキリエは近くに住んでるの? どれぐらいの頻度で来るのかな?」
首を傾げる様は可愛らしい美少女で間違いないが、不穏すぎる。
「こちらのお屋敷に一緒に住まわせて頂こうかと。従者部屋があれば嬉しいのですが、無ければ物置部屋でも屋根裏でも、私はどこでも構いません」
そう真顔で言われると、見える範囲と、奥の作業部屋しかないなんて言いにくすぎる。
「この部屋と奥しかないからちょっと……」
「では、他の従者の方はどうされているんでしょうか?」
「従者がいるような人はここには住んで無いかな?」
「あら……そうですの……それでしたら仕方ありません、新しい屋敷が見つかるまで、こちらで住み込みさせて頂きますわ」
こうして、俺のところに人生初の押し掛けメイドがやって来た。




