来訪者
翌日、日曜日の朝八時。
作業部屋で昨日の事を考えていた。
こっちでも見れる様になったステータスウインドウと睨めっこしている……。
ゴブリン討伐の影響で、レベルは一気に43まで上がっていた。34から9レベルのアップ。
……さすがに、上がりすぎだろ。いくら格上のボスを倒したとはいえ、そこまで急激に上がることは無いはず。ゲームデータを引っ張り出してゴブリンジェネラル50Lvの取得経験値と34レベル以降の経験値テーブルを照らし合わせても、辻褄が合わなかった。ジャイアントキリング時の倍率アップを加算してもせいぜい2レベル上がれば良い方なのに。
なにより、他のメンバーは、1レベル上がった程度だったはず。あの戦闘内容を考えれば妥当だし、むしろ俺だけがおかしい。
考えられる理由はいくつかある。
ゲーム時代のシステムが強く反映されている俺の経験値テーブルと、他の人だと違うのか。
それとも――俺が生身ではなく、アバターで戦っていたからなのか。
ただ、それだとガルドさんたちは俺と同じ条件のはず。
頭の中で整理しきれず、俺は卓上にいるフェリナを見る。
「フェリナ。昨日の件だけどさ、俺だけレベルが異常に上がった理由、分かりそう?」
猫の姿をしたフェリナは頭を傾げ、少し考える素振りを見せてから、静かに答えた。
『確証はありませんが……一つ、仮説はあります』
そう前置きしてから、言葉を選ぶように続ける。
『怜汰くんのアバターは、《マギア・ニュートリノ》という物質で構成されています。そして、昨日倒したモンスターたちも――同じく、マギア・ニュートリノ由来の存在でした』
……確かに。
倒したとき、肉体が崩れるのではなく、光の粒子になって消えていった。
『アバターもモンスターも、本質的には同一の物質――マギア・ニュートリノで構成されており、それが、マギア・ニュートリノ干渉装置によって、物質として観測・実体化されているのだと思われます』
「何度か聞いた未知の装置か……」
『モンスターは討伐されると、再びマギア・ニュートリノへと還元され、そのエネルギーが、討伐者へと吸収される。……つまり、アバターは、その吸収効率が極めて高い可能性があります』
「なるほど。生身の人間よりも、同質の存在であるアバターの方が取り込みやすいと」
『そして、もう一つ』
フェリナは、俺を見る。
『アバターは、ログアウト時にマギア・ニュートリノへと戻ります。その状態で――最終的に、怜汰くん自身へと帰還する』
……え。
それはつまり。
「じゃあ、俺が直接吸収してるみたいな状態ってこと? モンスターのエネルギーを?」
フェリナは、はっきりとは断言しなかったが、小さくうなずいた。
『可能性は高いと思います』
だから、俺だけレベルが跳ね上がった。
だから、成長速度が異常だった。
これはあくまでもフェリナの仮説ではある。だけど、今のところ一番、筋が通っている。
――この仮説が正しいなら、俺は、どこまで人間なんだろうか。
考えがまとまらず、かといって何か別のことをする気力も湧かない。作業机に向かったまま、ただただ、ぼんやりと考えながら時間だけが過ぎていった。
そのとき。
ピン……ポーン、と間の抜けた電子音が鳴った。
来客?
誰か来るとしたら昂太と彩月くらいだけど、今日は特に予定してなかったはず。
少しだけ警戒しながら、玄関のドアスコープを覗くと――案の定、昂太だった。
ほっと息をつき、すぐにドアを開ける。
「おはー、良かった。元気そうじゃん」
開口一番、いつもの軽い調子。
その横には、彩月も立っていた。
「一昨日、なんか様子おかしかったからさ。心配になって来ちゃった。顔色も良さそうね。ほんとよかったよー」
どうやら本当に様子を見に来てくれたらしい。
心配をかけたな、と思いながら苦笑する。
「ごめん。ちょっと考え事してて、でももう大丈夫」
「そかそか、それならいいけどさ――」
彩月がそう言いながら、玄関の外へと顔を向けた。
「……それで、怜汰の知り合いなのかな。怜汰んちの前で、ずっと立ち止まってた人たちがいたんだけど……」
そう言って、彩月が一歩横にずれる。
その先にいたのは――
黒のワンピースに、肩から胸元までを覆う真っ白なエプロン。クラシカルなメイド服に身を包んだ、金髪の少女だった。
癖のない、綺麗に整えられたストレートの髪。
顔立ちは思い出せないが――この髪だけは、見覚えがある。
……間違いない。多分、キリエだ。
そして、その少し後ろ。
背筋を正し、静かに立つ黒と銀の礼装を着た銀髪の男性。落ち着いた佇まいに、隙のない立ち姿。
間違いない、ディアスだった。
「ディアスも、いらっしゃい……?」
「急な訪問で申し訳ございません、怜汰様」
ディアスは静かに一礼する。
そして、隣の少女が一歩前に出た。きちんと姿勢を正し、頭を下げる。
「私が無理を言って来たのです。申し訳ございません、怜汰様。母上より身の回りのお世話を言い遣わされて参りました。差し支えなければ、本日よりお願い致します。」
澄んだ声。
真っ直ぐな瞳。
――え?
頭の中で、ついさっきまで考えていたことが、一瞬で吹き飛ぶ。
長年仕えてきた、経験豊富な人。
掃除ができて、気配りができて、細かいところまで目が届く。
……そんなイメージ、どこ行った。
横で、昂太と彩月が同時に固まっている。
「……え?」
「……メイドさん?」
いや、俺も同じ気持ちだ。
ディアスが、いつもの落ち着いた調子で補足する。
「本日は、セラフィナ様の命により、こちらへ参りました」
「今後、怜汰様の日常生活の補佐を担当する者として――」
そこで、ちらりとキリエを見る。
「キリエをお預けいたします」
――は?
一拍遅れて、理解が追いつく。
昨日の手塩にかけて育てた優秀な子。
……そういう意味だったのか。
頭の中で、セラフィナの微笑みと、「末永く、よろしくね」という言葉が、嫌なタイミングで蘇った。
俺は、ゆっくりと息を吸い――
「……ちょっと待ってください」
そう言わずにはいられなかった。




