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セラフィナ

 食堂の喧騒を背に、夜風に当たると、火照っていた頬が少し冷えた。

 

 街灯の柔らかな光に照らされた石畳を歩きながら、フェリナの横顔を見る。

 フェリナの横顔は、いつもより少し柔らかい。表情にわずかだが、確かな揺らぎがあるように見えた。


 フェリナは今、何を感じ、何を記憶として積み重ねているんだろうか。

 

《喜・怒・哀・楽・幸・愛・恐怖》


 それらを数値化しデータとして出力することは出来る。

 ただ、そのデータに意味はあるのか、データを見て感情が芽生えているかどうかの判断なんて出来はしない気がしている。もう単なるAIとして見ていない。相棒として、友達として大切に思っている。

 だからそこ、俺との関係性の評価が映し出されるような気がして、データを見るのが怖かった。


 それと、データを見なくても一つわかった事がある。

 今日のダンジョン攻略でフェリナはしっかりと恐怖を感じていた。俺がジェネラル戦で危険な状況になり、恐怖感情が閾値を超えたと思える瞬間から、自己制御に綻びが見られた。

 人間と同じ様に動揺し不安定になる。特に、言語回路にも支障が出るようだった。何度か俺のことを「様」を付けて呼んでいる。気づいているのか。それとも、気づかないふりをしているのか。

 以前、俺が「様付けはやめてほしい」と伝えたとき、フェリナは素直に「君」へと呼び方を改めた。それでも、内的処理では今もなお「怜汰様」という呼称が残っている事に驚いた。

 なんか、少し意地っ張りな所に感情の発芽を感じ、面白くもあり、可愛いとも思ってしまう。

 最初のイメージ通り、ハチワレの猫だな。

 

 きっとこれからもどんどん個性や感情が出てくるんだろうと思うと、どう成長するか楽しみだ。


 そんな俺の内心を、読んだわけでもないだろうに。

 フェリナは、ふいに足を緩めて言った。


「……楽しかったですね」

 ぽつりと、そう言う。


「そうだな、みんな気のいい人で楽しかった」

 大人数での食事は久しくなかった。学校でも誰かと一緒に食べるのが苦手で、さっさと済ませてしまう方が気が楽だと思ってしまう。


 それでも、こうやって冒険の後に、笑って過ごせる時間があるってのは、悪くないのかもしれない。

「また、みんなで行きたいね」

「怜汰くんがそういうなんて珍しいです。また行きましょうね」

 そう約束をした。

 


 のんびり歩いていたら、領主館の門が見えてきた。

 夜でも敷地内は明かりを灯し、街の喧騒が嘘のように静かだ。


 門をくぐると、すぐに玄関前に人影が現れた。


「お帰りなさいませ」


 控えめに一礼したのは、ディアスだった。

 相変わらず、完璧な執事っぷりだ。ちょうど現れたとなると、どこかで見られてたのかな?


「ご帰宅早々で申し訳ございません。今、お時間はよろしいでしょうか」

 そう前置きしてから、言葉を続ける。

「セラフィナ様が、一度お会いしたいと申しておりまして」


 セラフィナさん、帰ってきてたんだね。

 フェリナが、わずかに視線をこちらへ向ける。

 俺も小さく頷いた。


「ええ、大丈夫です」

「お願いします」


 ディアスは安堵したように、静かに微笑む。


「ありがとうございます。では、このままご案内いたします」


 案内されたのは、領主館の奥。公的な応接室ではなく、私室区画の方だった。

 扉の前で、ディアスが立ち止まる。


「こちらでございます」

 一礼してから、ノックを二度。


「どうぞ」


 落ち着いた声が返り、扉が開かれた。

 室内は、暖かみのある柔らかな明かりに満たされていた。書棚と机。窓際には小さなテーブルと椅子。飾らず、質素ながらも気品のある内装だ。


 その椅子に座っていたのが――セラフィナだった。

 娘であるキリエと同じ金髪。だが、印象はまるで違った。

 癖のない髪はきっちりとまとめられ、無駄な装飾はない。背筋は真っ直ぐ伸び、隙がなかった。


「お帰りなさいませ、お二人とも」


 微笑みは浮かべているが、その表情から感情は読み取れない。何より目つきが鋭い。

 細められた瞳は、相手を値踏みするかのようだった。


「遅い時間にごめんなさいね。

 でも……次、いつ時間が合うか分からないから。

 今のうちに、直接お会いしておきたくて」


 ディアスが静かに扉を閉め、部屋を後にする。

 完全に、三人きり。


「まずは――」


 セラフィナは席を立ち、一歩前に出て、深く頭を下げた。


「ご帰還、お待ちしておりました。レックスより話は聞いております。今後は動きやすいよう、日本との調整は私の方で対応しますので、何なりとお申し付けください」


 セラフィナは姿勢を正したまま、淡々と続けた。


「まずはご報告を。すでに、日本の内閣総理大臣と、アメリカ合衆国大統領との会談は済んでいます」


 さらっと言われた内容が、高校生にはあまりに重い。一瞬、言葉の意味を噛み砕くのが遅れた。


「今後は、主に三点について調整を進めます」

 一本ずつ、指を折る。


「一つは、鉱石およびレアメタルを中心とした資源面での貿易。

 二つ目は、日本の領土防衛に対する協力体制と、それに伴う他国への牽制。

 三つ目が、ダンジョンの段階的開放と、その支援体制の整備です」


 そこで一瞬、言葉を区切る。


「加えて、怜汰様の目的でもある富士山周辺への本格的な調査も、共同で進める方向になっています」


 ……なるほど。そうなると、勝手に行く事は厳しくなるか。


「国同士の正式な繋がりが出来た以上」

 セラフィナは、こちらを真っ直ぐ見て言った。

「貴方の邪魔はさせません。ですので、今後はあなたが動きやすいよう、政治面・外交面の調整はこちらで引き受けます。些細な事はこちらで全て処理致します」


 些細なって……そもそも国が絡むなら些細な事の方が少なそうですが……。


「それと、もう一点」

 今度は、生活寄りの話だった。


「日常生活を補佐する人員を派遣します。雑務や連絡調整、身の回りの管理などを担当させますので、受け入れをお願いします。人員の増加に伴い、現在の住まいでは手狭になります。新しい住居についても、こちらで候補を探しています。見つかり次第、ご連絡します」


 全部、もう決まっている口ぶりだ。

 確認というより、通達に近い。ものすごい勢いで進んでく。


 俺は一度、息を吐いた。


「……俺のために、そこまで考えてもらってるとは思いませんでした」


 正直な感想だった。

 戦闘やダンジョンのこと以上に、こっちの方が現実味がある。


 セラフィナは、わずかに微笑んだ。


「動く人間が、生活で足を取られるのは非効率ですから。その程度のことは、当然です」


 当然、で片付けられる規模じゃない気もするが――。

 政治から、日本との共同防衛や資源、そして俺の日常まで。

 知らないところで、思っていた以上に整えてくれていた。

 セラフィナさん凄すぎる。

 昨日、レックスに霊峰へ向かう為の協力をお願いした結果、たった一日でここまで整えてくれた事に感謝しかない。

「ありがとうございます」だけで済ませていい訳がないと思う。かといって、深く頭を下げればいいのかと言われると、それも違う気がする。

 相手だって形式的な礼を欲しているわけでもない。何か、もう一歩。感謝だけじゃなくて、ちゃんと“返す言葉”があるはずなのに。

 ……こういうところだ。

 人との距離感とか、関係の築き方とか。俺は昔から、どうにも要領が悪い。いつまでたっても正解を見つける事が出来ない。


 俺は、メリットを返すことでしか感謝を表せない。だから、いつまでたっても打算ありきの関係しか作れていなかった。

 

 少し迷ってから、俺は口を開いた。安心できる関係になるように――

「……もし、こちらで何か出来ることがあれば、言ってください」


 形式張った礼よりも、今の俺にはそれが最良だった。

 セラフィナは一瞬きょとんとした顔をしてから、くすりと笑う。


「あら、そう?」

 少し考える素振りを見せてから、楽しそうに続けた。

「じゃあ――今度お送りするメイドは、私が手塩にかけて育てた、とても優秀な子なの。だから、優しく接してあげてちょうだい」


 軽い口調だが、どこか本気も混じっている。


「気に入らなければ、返しても構わないわ」

 そう前置きしてから、

「でも……出来れば、ずっと雇ってもらえると嬉しいかしら」


 そう言われて、少しだけ首を傾げた。

 日常を手伝ってくれる人が来るのは正直ありがたい。

 返すことになる可能性は、まず無いだろう。


 ……それにしても。

 やけに思い入れを感じる言い方だ。

 長年カロディールに仕えてきた、経験豊富な人なのだろうか。掃除ができて、気配りもできて、細かいところまで目が届く――そんな人なら、正直かなり心強い。

 まあ、セラフィナが薦める以上、変な人ではないはず。深く考えるほどのことでもないか。

 

「はい。そんなことで良ければ、問題ないです」


 素直にそう答えると、セラフィナは満足そうに微笑んだ。


「そう。良かったわ」

 そして、柔らかく締める。

「末永く、よろしくね」


 ……ん?

 その言い回しに、ほんのわずかな違和感を覚えた。

 だが、頭が回らない。眠気のせいか、考えが追いつかなかった。余計な事ばかり考えて思考が逸れる。


 それを見抜いたように、セラフィナが言う。

「眠そうね。今日はそろそろやすみなさい。客間は空けてあるから、このままベッドで休んでもいいし、ログアウトしても構わないわ」


 フェリナが、俺の横で一歩前に出る。


「そうですね。怜汰くん、ログアウトして休みましょう。セラフィナ、今日はありがとうございました。また来ますね」


 フェリナの言葉に、セラフィナは静かにうなずいた。


「ええ。怜汰様を、どうかよろしくお願いしますね」

「問題ありません。それでは、失礼いたします」


 その声を聞いたところで、意識がふっと遠のく。


 うつらうつらし始めていた俺は、フェリナの操作によってログアウトした。

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