クエスト達成
主なき砦から、あの異様な圧迫感はすでに消え失せ、そこに残っているのは――機能を停止した跡地だけだった。
何かないか探索したが、特にめぼしい物は見つからなかった。囚われていた人がいなかったのは、本当に良かった。
もぬけの殻となったダンジョンを後にし、森を抜ける。
少し離れた場所で待機していた自衛隊とカーラさんの姿が見えてくる。
こちらに気づいた瞬間、警戒態勢だった隊列がわずかに緩んだ。
「……戻りました」
先頭を歩いていたガルドが、一歩前に出る。
最年長だということが先ほど分かり、そのまま彼に、事の顛末を説明してもらった。
ゴブリンの群れが合流してダンジョン化したこと。
内部にゴブリンナイトとジェネラルが出現していたこと。
そして――討伐が完了し、ダンジョンは機能を停止したこと。
説明を聞くにつれ、自衛隊側の空気が目に見えて変わっていく。
「……ジェネラル、ですか」
緋多陸曹長が、低く息を吐いた。
現場の全員が理解していた。
三十レベル台。主武装は二十式小銃。短期制圧ならともかく、相手がナイト級以上となれば話は変わってくる。
レベルが上がるにつれ、防御力は単なる装甲では説明できない減衰を起こすことが判明している。これはモンスターに限らず、人間もまた同様だった。
威力が固定値に近い銃器は、どうしても不利になる。長期戦になれば、こちらが先に消耗する。携行できる弾倉には限りがあり、尽きれば終わりだ。映画やアニメのように無限に撃てるわけではない。それが現実だった。
「……正直、我々が踏み込んでいたら、かなり危険でした」
緋多は率直にそう言った。
カーラさんが、すぐに話を引き取る。
「ダンジョンが停止しているなら、ここは跡地として処理するよう、ギルドに連絡します」
視線をこちらに向ける。
「再びモンスターが棲みつかないよう、破壊するか、あるいは活用するかの判断が必要になります。なので、私から手配しますね。場所も、今教えていただければ十分です」
ガルドが地形を指し示し、簡単に位置を伝える。
カーラさんは端末に記録し、軽くうなずいた。
「ありがとうございます。これで問題ありません。怜汰くんは、戻ったら改めて詳しい話をお願いします。今回の功労者への報酬の話もありますからね」
一連のやり取りを終え、緋多が無線で本部へ報告を入れる。
短い確認の後、帰還命令が下りたようだった。
「それでは、我々はこれで失礼します」
緋多が、こちらを見て言う。
「……差し支えなければ、お名前を伺っても?」
一瞬、視線がこちらに集まる。
「仁科怜汰です」
「フェリナと申します」
二人が名乗ると、緋多は静かにうなずいた。
「覚えておきます。今後、何かあれば連絡してください。協力します」
そう言って、敬礼。
隊列が整い、自衛隊は日本側へと引き上げていった。
完全に姿が見えなくなったところで、カーラさんが大きく息を吐く。
「ふぅ」
そして、いつもの調子で手を叩いた。
「はい、みなさん。本当にお疲れさまでした」
にっこり笑って、言う。
「早く帰りましょう。早く帰って休むのも、仕事ですよ」
その言葉に、張り詰めていた空気が一気に緩む。
誰からともなく、小さな笑い声が漏れた。
確かに。今日は、もう十分すぎるほど戦った。
俺たちは、ようやく終わったという実感を抱きながら、帰路についた。
帰り道は、俺たちを気遣ってくれたのか、終始ゆったりとした安全運転だった。
車内は静かで、心地よい揺れが、ようやく緊張が解けた身体に染みる。
カロディールの街――東門へと到着し、車を置いた。そのまま全員で連れ立って、冒険者ギルドへと戻った。
ギルドに着くと、ほとんど待たされることもなく、カーラさんに連れられてギルドマスターの部屋へと通される。
中には、すでにバッセムがいた。
扉が閉まるなり――彼は、深く頭を下げた。
「……本当に、申し訳なかった」
顔を上げず、続ける。
「こちらの見立て違いだった。結果として、死んでもおかしくない、危険な場所へ向かわせてしまった。本当に、申し訳ない」
その姿を見て、俺は思う。
正直に言えば今回の件は、不慮の事故としか言いようがない。
日本側から逃げ込んできたゴブリン。それを取り込み、進化し、ダンジョン化した。そんな事態を誰が事前に予測できただろうか。
それでも。その不慮を理由にせず、管理不足だと頭を下げる。
……この人、本当に誠実なんだな。
俺たちも、ここへ来るまでに話し合っていた。無事に生きて帰ってきたこと。全員がレベルアップし、レアアイテムも手に入ったこと。
「そもそも、俺たちは危険承知で冒険者やってるんだ」
ロブさんが、そうフォローする。
「赤子じゃねえ。守られる前提じゃないさ。全部、自己責任だ」
ガルドも豪快に笑っていた。
「だから、規定通り報酬をもらって、あとは打ち上げだ。なあ?」
その言葉に、全員がうなずいている。こんな反省会よりも祝勝会の方がいいだろ、と。
こんなに気持ちのいい大人たちって、いいなと思う。
「……分かった」
バッセムが、静かに息を吐いた。
「ありがとう」
そして、実務の話へと切り替わる。
「討伐分に関してはすべて、怜汰くんとフェリナさんに渡す、でいいな?」
「おう。そうしてくれ」
即答だった。
「では、怜汰くん。ギルドカードを」
手元に置かれているカードリーダーに載せると、半透明のウィンドウが展開される。
そこに表示された討伐履歴。
ゴブリン。
ゴブリンファイター。
ゴブリンアーチャー。
ゴブリンナイト。
そして――ゴブリンジェネラル。
討伐したすべての数が、正確に記録されているらしい。どこでそんな情報を記録しているのか……不思議だ。
「なお」
カーラさんが補足する。
「ダンジョンへ向かう途中に落ちていたキューブについては、後日回収次第、お渡ししますね」
……すっかり忘れてた。
そして、最後に振り込まれた金額。
すべて合わせて、四百万円。
少しキリが良くなるように、色も付けてくれたらしい。
下手したら、サラリーマン一年分の手取りくらいあるぞ……。
正直、素直に嬉しい。
「以上だ」
バッセムが言った。
「今回の件は、ギルド内でも徹底的に調査する。同じことが起きないよう、必ず対策を講じる。
……本当に、ありがとう」
こうして、ギルドマスターとの話は終わった。
「よし!」
ガルドが、手を叩く。
「飲みに行くぞ!」
「はーい! やったー!」
「お腹すいたよぅ!」
エーヴェル、凛、菜々が元気よく賛成し――
「私も……空きました」
クーライズも、照れたように言った。
そうして俺たちは、いつも皆が使っている食堂へと向かった。




