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森の中心へ

 バフを受け、森の奥へと進む。

 地面を蹴っているはずなのに、身体が滑るように前へ出る。


 ――バフの効果は想像以上。ゲームだった時よりも、今の方が効果がある気がする。そもそもゲーム内では疲労がなかった分、現実ではこのバフが本当に助かる。内心でそう評価しながら、表情には出さずに脚を運ばせる。


「……来ます」

 フェリナが告げ、片手を上げ出現方向を指す。


 次の瞬間、茂みが大きく揺れ、

 小柄な影が飛び出してくる。


 ゴブリン。単体で動きも鈍い。

 一番近い俺は一歩踏み込み、魔剣を斜め下から上へと振り上げる。

 《斬り上げ》


 スキル発動の確かな手応え。

 刃が通った、その直後――ゴブリンの身体は、崩れ落ちる途中で輪郭を失った。


 血は出ない。

 代わりに、切り口からは淡い緑色の光が噴き出し、霧のように拡散する。


 光は空中に留まることなく、

 細かな粒子となって周囲へ――そして、俺の身体へと吸い込まれていった。

 ……なるほど。


 フェリナもまた、同じ現象を黙って観察している。

 物理的な死ではなく、エネルギーへの還元。

 二人とも、何も言わない。

 だが、その場の空気に戸惑いはない。これがこの世界での当たり前なのだろう。


「次が来るぞ」

 ガルドが短く言い、視線を前へ戻す。

 その言葉の通り、森の奥から複数の気配が近づいてきていた。


 数体を切り伏せながら進むにつれ、明らかに様子が変わってきた。


 最初はせいぜい二、三体だった遭遇が、今では十体前後と増えている。


 そして――。


「……ファイターがだいぶ混ざってきましたね」

 フェリナが低く告げる。


 盾代わりの粗末な防具を身につけ、明らかに動きの違う個体。

 ゴブリンファイター。


 まずいな。こんな手前でこんなに出るってことは――。

 中心まであと少し。このまま進めば、さらに上位の個体が出てくる可能性が高い。


 このメンバー構成を考えれば、撤退も選択肢としてはありだ。

 だが――。


「……怜汰」

 クーライズが、静かに声をかけてきた。


「敵は、撤退を許してくれそうにありません」

 そう言って、背後へ視線を向ける。

「後ろからも、複数の気配が近づいてきています」


 挟まれた。ここで止まれば、後衛を守りながらの消耗戦になる。


 俺は一瞬だけ、全体を見回した。

 疲弊はしていない。動きも鈍っていない。

 フェリナの支援でまだ十分に余力を残している。


「……この感じなら」

 俺ははっきりと言った。


「まだ、ボスも倒せる範疇だと思う」

 一拍。

「このまま進もう。ボスが成長する前に叩きたい」

 視線を前へ。

「ボスは俺が引き受ける」


 一瞬の沈黙。だが、誰も否定しなかった。


「そうですね……」

 クーライズが、ゆっくりとうなずいた。


「フェリナさんのバフのおかげで、魔力はまだ温存できています」

 杖を握り直し、前を見据える。

「……倒すなら、今しかないかもしれません」

 それを聞いて、ガルドが歯を見せて笑った。

「ああ、腹は決まったな」

「雑魚は任せろ。前は頼んだぜ」

 そう続けるエーヴェルと頷くロブ。

「足を引っ張らないよう、頑張ります!」

 凛が気合の入った声を上げ、菜々も静かに弓を構える。

 全員の意識が、自然と一点に集まる。


「――なら、決まりだ」

 

 俺はフェリナを見る。


「フェリナ、隠し事は無しだ。みんなにバフを掛け直して。終わったら、戦鎚に交換」


 フェリナは一瞬も迷わず、即座にうなずいた。

「了解しました」

 一歩前へ出て、杖を構える。


「皆さん、これから支援を重ねます」

 口調は穏やかだが、そこに拒否の余地はない。

「少し体の動きが変わりますので、気をつけてくださいね」

 そう言って、フェリナは柔らかく微笑んだ。

 ――少し、じゃないだろ。内心でそう突っ込みながらも、俺は黙って見守る。


 

 一人ひとりにバフを掛けていくのは、正直、効率が悪い。なら、一度、自分にすべてを集約し、それを全員へと繋げばいい。

 フェリナは、その答えそのものだった。


 まずは自身へ。

 重ねられていく魔力の層が、視覚的にすら分かる。


 全ステータスを底上げする《オールアップ》。

 敏捷を引き上げる《クイック》。

 身体能力強化の《フィジカル・アップ》。

 魔力増幅の《マジックアップ》。

 筋力特化の《ストレングス・ブースト》。

 防御力を高める《プロテクション》。

 そして、持続時間を延長する《バフ・エクステンション》。


 フェリナが大幅に強化される。

 最後に――。


「リンク起動」

 フェリナは静かに《パッシブリンク》を発動した。

 自身が常時発動しているパッシブスキル。

 HP上昇、MP上昇、各種ステータスを固定値で底上げする効果。

 それらすべてが、リンク対象――この場にいる全員へと接続される。

 低レベルの冒険者にとっては、それだけでも別人になったと錯覚するほどの強化。

 だが、真に異常なのは――その先だ。


 《パッシブリンク》のオプション効果。

 フェリナ自身に付与されているバフもまた、常時リンク先へと共有され続ける。


 全員が異常なまでの強化を押し付けられた。

「……っ!?」

 誰かが、思わず息を呑む。

 身体が軽い、という次元では収まらない。

 力の出力、反応速度、魔力の巡り――すべてが、数段階上へと押し上げられる。


 フェリナの職業は、表向きは支援術師。

 だが、本来の職業は――。


 バフリンカー。


 強化を与える者ではない。

 強化を、繋ぎ、広げる者。


 戦場全体を、自分の延長として扱うための――ユニーク職だ。


 誰も、詳しい理屈までは理解していない。

 だが、全員が同じことを直感していた。


 ――この状態にすぐ慣れろってことか、と。


 フェリナは杖から、身の丈ほどもある大きな戦鎚を片手で持ち、いつも通りの表情で告げた。


「準備、完了です。行きましょうか」

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