装備と異変
「……その装備」
クーライズが、静かに声を掛けてきた。
視線は俺ではなく、フェリナの白銀のローブと、その手にした杖に向けられている。
「失礼ですが……その装備は、どちらで?」
「え?」
一瞬、意図が掴めず聞き返す。
入手経路の話だろうか。
「友人からの貰い物です」
フェリナが当たり障りのない答えを返すと、はっとしたように首を振った。
「あっ……いえ、そうなんですね」
少し言葉を選ぶように、間を置いてから続けた。
「……私の知っているものと、少し似ていたので。変なことを聞いてしまってすみません」
そう言って口を閉じると、何か考え込むような表情になった。
二人のやり取りは落ち着いたものだったが――こっちは、それどころじゃない。
フェリナよりも俺の方が話しやすいのか、さっきから質問が集中している。
「てっきり、さっきまでの格好で戦うんだと思ってたよ!」
凛が大げさな身振り手振りで戦う素振りを見せながら、畳みかける。
「その装備、どこから出てきたの?」
「なんか、めちゃくちゃ性能良さそうなんだけど……」
菜々もすぐに便乗する。
「もしかして、相当強かったりする?」
「ていうかさ……君、日本人じゃないの?」
矢継ぎ早に飛んでくる質問。完全にテンションが上がっている。
それとは対照的に、三人組――ガルドたちは口を挟まず、黙って頷くだけだった。いや、単に話すタイミングを失っているだけだ、たぶん。
……この流れ、使えるな。
日本からの冒険者とこの世界の冒険者。
何が違うのか、はっきりさせるにはちょうどいい。少し話しやすいように芝居を打つか。
「えっと……こう……」
わざと歯切れ悪く、曖昧に言葉を選ぶ。
「装備を切り替える、っていうか」
知らなければ想像しにくいように、ぼかしながら続けた。
「ユーザーインターフェースを開いて、装備を選んで、適用を押すとそのまま反映されるんだけど……」
一拍。
「……みんなは、ない?」
そう言って周囲を見渡す。
返ってきたのは、沈黙だった。
誰一人として、うなずく者はいない。
ガルドが、少しだけ首を傾げる。
「うーん。ユーザー……なんちゃらなんて、知らんぞ?」
ロブも、エーヴェルも揃って首を横に振った。
そんなもの、見たことも聞いたこともないと、ゲーム世界側は完全に初耳といった様子だ。
……なるほど。初期設定で非表示になっているのか。
それとも、そもそも表示する仕組み自体が存在しないのか。いずれにせよ、ちゃんと調べる必要がありそうだ。
一方で、日本人組は――。
「……それ、完全にゲームじゃん」
凛が、ぽつりと呟いた。
「アイテムボックスみたいなやつでしょ?」
菜々が続ける。
「装備画面からワンタップ、みたいな」
「ですよね?」
俺は頷いて、二人の認識を肯定する。
少なくとも、日本人側とはイメージが共有できている。
だが、異世界側にはまったく通じていない。
「じゃあ……レベルとかステータスは?」
もう一歩、踏み込んで聞いてみる。
「レベルが上がったかどうかは、ギルドカードで確認するだけだな」
「細かい数値までは分からない」
返ってきた答えは、全員ほぼ同じだった。
「配分は?」
さらに聞くと――
「配分って何だ?」
エーヴェルが不思議そうに聞き返してくる。
「そのステータスってもんは、配分できるものなのか?」
自分の身体能力や魔力適性といった情報の話だと説明すると、ようやく伝わったようだった。
「確かにレベルが上がると、職と戦い方に応じて成長すると言われているな」
ガルドが補足する。
なるほど。
頭の中で、点と点が繋がっていく。
多分――
この世界の人間には、UIもアイテムボックスも存在しない。
レベルは“結果”として確認できるだけ。
ステータスの成長も、完全にオート。
……それなら。
事前にオート配分を組み込んでおいて、本当に正解だった。もしマニュアル割り振りが前提だったら、そもそも振り方が分からず、詰んでいた可能性すらある。
俺たちは、同じ世界に立っている。
けれど――使えているシステムの割合は、まったく違う。
この差、どこまで埋められるだろうか。
せめて、ゲームの頃と同じになるまで近づけられないか。
――そう考えていた、その瞬間だった。
森の空気が、はっきりと変わった。
最初にその異変を察知したのは、フェリナだった。
すぐさま会話を止め、周囲の気配を探る。
緊張が走る。
「……この森、ダンジョン化しています」
一瞬、空気が張り詰めた。
「ダンジョン化……?」
凛が聞き返す。
だが、ガルドたち――異世界側の四人は、すぐに理解した様子で顔を見合わせた。
「……確かに、ダンジョン特有の気配を感じるな」
ロブが低く呟く。
「だが、この規模でか?」
エーヴェルが周囲を見渡す。
「ゴブリンが六十……多く見積もっても八十程度だろう。ダンジョン化するには数が足らんぞ」
ガルドも頷く。
「本来なら、百を超え、さらに上位個体が発生してようやく、だ」
――おかしい。
ガルドたちは同じ違和感を抱いているようだった。
「……もしかして」
控えめだったクーライズが、静かに口を開く。
「自衛隊の方々が追ってきたゴブリン……」
視線を森の外へ向ける。
「別の群れだったのではありませんか?」
その言葉に、全員が息を呑む。
「逃げ込んできた個体を、この森にいた群れが――取り込んだ」
クーライズはそう続けた。
「群れ同士が合流し、数が一気に増えたとすれば……」
「……上位個体さえいれば条件は、満たすな」
ガルドが低く唸った。
フェリナが、小さく頷く。
「可能性は高いですね。ダンジョン化の進行も、かなり早そうです」
一瞬、視線を森の奥へ向ける。
「上位個体の更なる進化以外にも、複数の進化個体がすでに出始めている可能性もあります」
空気が、さらに張り詰めた。
「――急ぎましょう」
フェリナがはっきりと告げる。
「皆さんに、支援を掛けます。持続時間は三十分」
白い杖を地面に突き、魔力を解放する。
全ステータスを底上げする《オールアップ》。
そして、敏捷を大幅に向上させる《クイック》。
フェリナが魔法を発動し、全員にバフがいき渡る。
「体、軽っ!?」
凛が目を見開き、軽く跳ねてみせる。
「これ、めちゃくちゃ効果高いじゃん!」
「足が地面を掴む感覚が違うな」
ガルドも、確かめるように一歩踏み出す。
俺自身も感じていた。
視界が冴え、重心の移動が異様なほど滑らかだ。
「よし――」
俺は剣を握り直し、前を見る。
「急ごう」
全員が無言で頷いた。
俺たちは、軽くなった体を舞い上がらせるように森の中を翔る。
静まり返った森の奥へ――異変の原因へと向かって。




