クエスト発生
ノックもそこそこに、扉が勢いよく開いた。
「いやー、待たせてすまんすまん!」
大柄な男が、豪快に笑いながら部屋に入ってくる。
見た目は四十代半ば。鍛え上げられた体格を、濃い茶色の仕立ての良い服で包んではいるが、装弾けんばかりの肉体は隠しきれていない。いかにもギルマスみたいな人だった。
「俺がこの冒険者ギルドのマスター、バッセムだ。よろしく頼む」
「どうも、怜汰です」
「フェリナと申します」
軽く頭を下げると、バッセムは俺たちをじろじろと眺め、顎に手を当てた。
「……で、だ」
視線を戻し、受付嬢が差し出した資料を覗き込む。
「登録日が……っと。はは、こりゃまた」
乾いた笑い。
「お前さん、登録したの、俺が生まれる前なのか」
「……え?」
「しかも活動履歴がな。レニオス、バラグレム、リュシオーネ、ライラ……どれも英雄様たちじゃねーか、つか、一緒に行動してた時期があるなんて知らん人がほとんどだぞ」
言葉では笑っているが目つきは鋭く真剣そのもの。俺とフェリナを値踏みするように見つめてくる。
「……エルフやドワーフって見た目じゃねぇし」
眉間に皺を寄せながらバッセムは首を傾げる。そうか、今の俺の見た目で引っ掛かってたのか。
「まさか、お前さん……ハイヒューマンか?」
俺が答えるより先に、フェリナが答えてくれた。
「ご明察です。私たちはハイヒューマンです。他言はご遠慮下さいね」
「……あー、確か、そうだったっけ」
俺が小さく呟くと、バッセムが吹き出す。いや、さっくりとキャラを決めてたから、いちいち何を選んだかを覚えてなくって……。
「自分が何者かを確かって言うなよな。調子狂うなぁ……」
頭を掻きながら、もう一度俺たちを見る。
「なんだ、その、詮索して悪かったな、ハイヒューマンなら見た目が変わらねぇのも納得だ。……多分な」
一拍置いて、表情が少しだけ引き締まった。そろそろ本題か?
「ま、細かいことはいい。実はな、ちょっと頼みたい仕事がある」
十中八九、呼ばれた理由かな。
とりあえずは――
「話を聞いてみないことには、なんとも言えません」
フェリナが会話を繋げる。
「まずは、内容をお聞かせください」
「そうかそうか」
バッセムは満足そうに頷いた。
「カロディール領の端、日本との界の近くでゴブリンの巣が見つかった」
「数は?」
「斥候の報告じゃ、六十から八十匹。推奨レベルは二十以上だ。お前さんたちのレベルなら、余裕だろ」
俺とフェリナを見て挑戦的に笑う。
「マスター、その言い方良くないですよ。その強面で笑っても不快です、止めてくださいって何度も言ってるじゃないですか」
「うっ……す、すまん、気をつけるから勘弁してくれ」
側で静観していた受付嬢からキツくお説教され、みんなに頭下げてるのを見てるとなんだか可哀想に思えてくる。ギルマスって偉いはずなんだけどな。もしくは、これは和ませて依頼を受けやすくする為の芝居なのか。だとしたら良いコンビだな。
「……ちなみに、なんで俺たちなんです?」
正直な疑問だった。
「それがな」
バッセムは肩をすくめる。
「今は初心者しか残っちゃいねぇ。みんな王都と霊峰の間に出来たダンジョンに行っちまった」
なるほど、よくあるやつだ。ここら辺は低レベルなモンスターしかいないから、高レベルはそもそも見かけない。
「他には誰か向かうんですか?」
フェリナが確認する。
「おう。20レベル台の3人パーティが一組。それと、10レベル台が2人、20レベル台が1人、いま待機している」
「合流して向かえ、と」
「そういうことだ」
受付嬢が報酬の説明に入る。
「前金で十万円。あとは一匹につき一万円をお支払い致します」
「円なんですね」
思わず口を挟むと、バッセムが渋い顔をした。
「金貨でもいいが、今は規制中だ。受け取るなら領主館まで行って、ギルドカードを見せる必要がある。
正直、円の方が早いし、額も出せる」
「なるほど……」
日本と繋がった世界なら、そりゃそうなるか。
金を好き放題に持ち出せる状況なんて、絶対に放置するはずがない。
ゲーム内で流通していた金貨は、現実の金とは別物とはいえ、価値を持つ金であることに変わりはない。
それが無制限に外へ流れれば、市場が歪むのは目に見えている。
日本側が流出を警戒し、管理しようと介入するのは当然だ。むしろ、ここまで早く制度を整えたのは、さすがとしか言いようがない。
今、市場で普通に使われているのは、銅貨と銀貨、それに日本円との事。
今でも金貨は僅かに流通しているが、そう自由に使えるものじゃない。
ギルドカードを通じて管理され、必要があれば領主館を経由して換金する、そんな仕組みになっているらしい。冒険者ギルドも商人ギルドも同じカードを使いはじめたんだと説明してくれた。
……貴族の中には、こっそり溜め込んでいる連中もいるんだそうだ。それはまぁ、どこの世界でも同じか。
「この依頼受けます。支払いは円でカードに入れてくれればいいです」
面倒な手続きを踏むより、その方が早いし楽だ。
「おお!助かる!」
バッセムの顔が一気に明るくなる。
「準備はどれくらいかかる?」
「特にありません。すぐにでも行けます」
「よし! 隣の部屋に待機させてる。合流して向かってくれ!」
勢いよく立ち上がり、拳を叩く。
「頼んだぞ!」
「分かりました」
フェリナが静かに頷く。
こうして――
俺の久しぶりの冒険者としての仕事は、あっさり始まった。まずは合流しよう。




