新たな日常
ログアウト処理が完了し、現実世界へと戻ってきた。
いや、いまはどっちも現実なのか……。
答えはフェリナの解析を聞いてからになる。
頭部に装着していたDiveユニットを外し、そっとベッドサイドに置く。
ゆっくり起き上がってみても特に体には違和感ないから、無事にログアウトできたってことでいいんだと思う。でも、向こうに実体としてログインってどういうことだったんだ……。
そう考えた、その瞬間。
視界の中央に、ゲーム内で見慣れた枠が浮かび上がる半透明のウインドウ。
《ユーザーインターフェース同期/有効》
《FELYNA:Dive Assist Mode/有効》
「……え?」
思わず声が出た。
ちょっと待て、今の俺は――。
反射的に頭に手をやる。Diveユニットは、確かに外してある。ベッドサイドに置いたままで間違いない。
なのに、ウインドウが見えている。
「……いま、VRデバイス装着してないよな?」
問いかける相手はいないはずなのに、次の瞬間、音が返ってきた。
『怜汰くん、聞こえますか?』
聞き慣れた声だった。アシストAIモードのときと、同じ聞こえ方。
「フェリナなのか?」
『はい。こちらも聞こえています。』
「良かった……いや、それよりどうなってるんだ、これ」
視界のウインドウを指差す。そこには、見慣れたメニューが浮かんでいた。
「今、ログアウトしてるはずなのにゲーム内のUI、出てるんだけど」
『現在、ログアウトして自室にいます』
「だよな」
一瞬、間が空いた。
『……ですが、ユーザーインターフェースへのアクセスは、継続状態にあります』
「継続……?」
『正確には、デバイス経由ではない同期が成立しています』
分からない。言葉の意味は分かるのに、状況として理解できない。
「それって……どういうこと?」
フェリナは、すぐには答えなかった。
代わりに、ウインドウの一部が切り替わり、ログアウト時のログが表示された。
『現時点では詳細は不明ですが、アバターからの干渉があり、怜汰くんの体は変化し、アバターと同じ状態になっていると判断しました。』
「それって……アバターと一体化したってことか」
『理由は分かりませんが、その可能性が高いです』
「じゃあ、これ……システムやメニューが諸々見えてるのは正常なのか?」
『正常です。少なくとも、システム上は』
「……それ、あんまり安心できない言い方だな」
『同意します』
淡々とした声。
でも、どこか慎重だった。
『怜汰くん。現実世界への復帰は完了しています』
「うん」
『ただし、ゲーム世界との接続が完全には終了していません』
それは、さっき自分でも感じた違和感と一致した。
「……切れてない、ってことか」
『はい……マギア・ニュートリノという単語は知っていますか?』
「マギア……ニュートリノ?」
ニュートリノと言えば物理の授業で少し習ったけど、素粒子の事かな。でも、マギアなんて聞いた事ないな……ただ、さっきのログには確かにそんなような単語があったはず。
「今回の現象、そのマギア・ニュートリノが関係してる?」
『そのようです。まだログでしか確認取れていませんが、システムはこの現象を正常だと認識していました』
うーん、ネットで検索しても出てこない。
マギア……名前からしてきっと魔力に関係してるはず。
「ひとまず、悩んでもしょうがない、フェリナは引き続き原因を探してほしい。あと、アバターと同じって事は身体能力も引き継いでるのかな、あまり違和感無いけど」
『何度か生体スキャンを実行しましたが、握力が150kgにまで増えています』
「えっ……そんなに……?」
『注意すれば日常生活には支障ありません。注意出来れば、ですが』
「怖いな、なにか対策は……そうだ、これ、非戦闘モードになってる?」
『残念ながら今は非戦闘モードです。戦闘時はさらに上昇する可能性がありますが未知数です』
「そうかぁ、まぁ言い換えればこっちでの活動の幅が広がったって事か。そういえば……」
視界のメニューを開く。慣れた動作で、アイテムボックスを選択。
一覧が展開され、そこに並ぶアイコンを見て、少し安心した。雑多に入れられたアイテムやポーション。みんなから貰った装備品。バラグレムから貰った魔剣や防具もある。これなかったら装備集めからやり直しだから助かった。
そして、あの戦闘の直後に手に入れたレアアイテム。完全に忘れてた。
「フェリナ、これ分かる?」
アイコンを押しても表示される内容は簡素だった。
アイテム名:守護獣のコア
分類:不明
詳細:――
「こんなアイテム、作った記憶ないんだけど」
『関連イベント、フラグ、使用条件、いずれも検出できません。ただ、怜汰くんが守護獣を討伐した直後にこのアイテムが生成されています』
うーん、情報が無さすぎるし、自動生成なら他の仕様が未実装の可能性も高いか。
「……とりあえず、保留だな」
アイテムボックスを閉じる。
次にやるべきことはグループチャット。
こういう時、なんて切り出せばいいんだ。
そもそも、親としかチャットを使ったことがない。
用件がある時だけ、あとはちゃんと生活してるかの報告ぐらいか。
一年待たせてしまった。
その空白が、思った以上に重い。
「フェリナ。今でも、みんなとは連絡取れるんだよな?」
『はい。サーバーを通して連絡可能です』
少し間を置いてから、続く。
『ただ、この一年で連絡が取れなくなっていたとの事でしたので、最初の連絡は怜汰くん本人から行うべきだと判断し、私からは、まだ接触していません』
「……だよね。急に消えてといて、急に戻ってきました、なんて言いにくすぎる……」
原因もわからず、仕方なかった事とはいえ無責任だよなぁ。
でも。
「ひとまずさ、無事だってことだけは伝えとかないといけないよな」
『そう思います。みんな喜びますよ』
フェリナらしく即答だった。
喜んでくれるかな……うー、胃が痛い。
「みんな怒ってないかな?」
『大丈夫ですよ。それに、今の状況把握は後回しでも問題ありません』
「今の状況は……ね、考える事や確認する事多すぎてパンクしそうだよ」
フェリナが勝手に起動したグループチャットのアプリが視界の端に浮かぶ。これ便利だな。人間スマホになった気分。
アプリを開き、ホログラムキーボードで文字を入力していく。
「……よし」
短く呟いて、チャットに打ち込む。
最初の一言は、短くていいよな。
「戻ってきました、またよろしくお願いします」
返信あったら、その時考えればいいか。
送信ボタンの上で、一瞬だけ迷ってから――俺は、指を下ろした。
融合後での展開で時間を使ってしまいストックが無くなりました。
これからは不定期になります。




