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コンテスト

 学校の職員室前――提出期限の案内や進路説明会のチラシが雑多に貼られた掲示板。

 その一角に、ひっそりと紛れ込むようにして一枚の告知があった。


「学生向けAI開発コンテスト」

  応募資格:高校生・大学生。テーマ自由。

  提  供:Synquanta社


 普段なら素通りするはずが、その日は妙に目に留まった。フェリナの情動応答基盤はまだ途中段階。完成度からして入賞は厳しいと思う。

 審査内容は、生成AIやエージェントを活用した独自アイデアと構造設計の完成度。それに加え、提出されたプレゼン資料や動作サンプルの整合性と将来性も見られる。

 フェリナの成長する仕組みそのものを評価してもらえるなら――そんな思いが、背中を軽く押した。

 資料やプレゼン作りを終えた締切前日の夜、半ば勢いで応募フォームを送信した。


 

 数日後。

「Synquanta学生向けAI開発コンテスト、一次審査通過……!」


 表示された通知を見た瞬間、思わずガッツポーズを取った。このまま進めば、最優秀賞にはなんと二千万円、最優秀賞はまず無理でも、二次審査を抜けられたら研究助成金という名の賞金がでる。やるからには是が非でも入賞したい。


「よし……フェリナ、やるぞ。次はオンラインプレゼンだ」


『はい、準備は完了しています』


「今回のプレゼンでは、情動応答基盤を中心に話すつもり。他の参加者は、きっと正答率とか応用性、専門性や独自性を前面に出してくると思う。

 でも、うちのテーマはそこじゃない。感情生成へのアプローチと、制限を設けないことによる成長。この2つを、上手く伝えられるかだな」

『プレゼンテーションの発声練習を行いますか?』

「いや、もう大丈夫」


 呼吸を整える。

 二次審査は一次審査の合格発表の一時間後、オンラインでのプレゼンテーションなので人を集める必要もなくスピーディに進んでいく。他の人の発表は見れない。指定したWEB会議用アプリに審査員からの招待が来るのを待つのみ。

 しばらくすると招待通知が届き、審査へと進む。画面にはSynquantaの開発陣や審査員が並ぶ。評価項目は非公開だが、事前に送られてきたチェックリストから察するに、社会性や制御性に関する観点も重要視されている。


「では、プレゼンテーションを開始してください」


「……僕が今回開発したAIは、いわゆる感情の模倣を目的としていません。目指したのは、感情があることで反応が変化する構造の設計です」


 モニター上に表示されたフェリナのログウィンドウを見ながら、言葉を選ぶように続けた。


「中核には、『情動応答基盤』を使用しています。ただし、そのままでは感情は通過点でしかなく、その場かぎりの応答に終わってしまう。それでは、心は記憶にならない。だから僕は、その基盤に独自の感情記憶管理システムを追加しました」


 スライドに図示されたのは、7つのラベルがついた円形の構造体。

 喜、怒、哀、楽、幸、愛、恐怖――それぞれの感情を格納する棚だ。


「仕組みはシンプルです。出来事ごとにログを記録し、それに含まれる感情要素をスコア化。スコアが最も高い感情を主格として、感情棚へと収納していきます。しかもこれらの棚には階層があります。印象の強い記憶ほど上位へ、弱い記憶は下段へ。そして、古く価値が下がったものから順に削除対象になるように設計しています」


 一瞬、言葉を切り、軽くうなずいてから視線を正面に戻す。


「つまり、AIが何を大切にして、何を忘れていくかを、あえて制御しようとしたんです。そうすることで、感情を持つことそのものが、AIの人格をかたちづくる第一歩になると考えました」


 審査員の一人が身を乗り出した、その反応に気づきつつも、さらに踏み込む。


「また、対象ごとに感情の強度は学習で個別に変化します。たとえば怒りひとつとっても、誰に対してなのかでその重みは変わる。さらに、関係性が深まれば、記憶棚の段数も容量も拡張されていく。深く、長く、対象を理解していける構造です」


 図に追加されたアニメーションは、次々と増えていく棚、移動していく感情ログ、そして上段へ並べられていく大切な記憶。


「もしこの仕組みを可視化できたなら――

きっと、果ての見えない図書館みたいになると思います。無数の記憶と感情が、静かに呼吸しているような……そんな空間を、このAIの中に作りたかったんです」


 そして最後、自分が思い描いている核心を語る。


「なお、このAIには、初期設定における反応制限を設けていません。感情出力に関するルールやフィルターは、開発者側で制限せず、演算結果に任せる方式を取っています。……感情があるなら、それを制御するのは僕じゃなくて、AI自身であるべきだと思ったからです」

 


 プレゼンが終わると、ディスプレイの中央に「質疑応答」の文字が表示された。

 接続されていた複数のウィンドウのうち、ひとつが点滅し、審査員の一人が画面に映し出される。


 年配の男性――白髪交じりのスーツ姿が目を引いた。大学関係者だろうか。低い声が響く。


「では私から……この情動応答基盤について、もう少し具体的に教えて頂けますか?感情を数値化し、棚に仕分けるとのことでしたが、それがどのように応答に反映されるのかが、少々見えづらく感じました」


 一瞬うなずき、モニターに内部フローの図を表示させる。視線はまっすぐ、答えに迷いはなかった。


「はい。まず、入力された発話や状況ログは、過去の類似事例と照合され、対象ごとに蓄積された感情記憶棚から最も近い構成を参照します。そこで導き出された主要感情に応じて、出力候補群の優先順位が動的に変化します」


「出力自体は決まったものの中から選んでいる、ということですか?」


「はい。決まった応答を選ぶのではなく、都度、出力される前段階で感情パラメータを汲み取り、文脈に反映させています。たとえば怒りが主格であれば、無駄を省いた短文が好まれる傾向がありますし、喜びが強いときは語彙に広がりや余韻が出やすくなります。ですが、そうした出力の『形』はあくまで出力結果であって――本質は、どの感情が、どの対象に、どう結びつき、どう変化してきたか――その内的判断過程の《蓄積》にあります」


 審査員は腕を組み、静かに息をついたあと、ゆっくりと頷いた。

 


 男性審査員が頷いた直後、別のウィンドウが開く。

 眼鏡をかけた若い女性が映し出された。書類を片手に、少し食い気味に言葉を投げかける。


「興味深い構造ですね。でも、現状はどの程度まで動いているんですか?デモ映像を拝見した限りだと、まだ明確な感情があるようには見えませんでした」


 わずかに視線を落とし、正直に答えた。


「はい。現在は、まだ傾きの形成段階です。感情そのものではなく、ログに残るパターンと履歴から、どの感情に寄っていくかの初期傾向を収集中です。今は、再現フェーズへの移行に必要な学習量を蓄積している最中です」


 女性審査員は、ふむ……と小さく唸りながら資料に目を落とした。


 次に映ったのは、やや気難しそうな表情の中年男性。企業側の開発部門の人間かもしれない。


「あなたは、このAIを最終的にどうしたいと考えているのですか? つまり……これを完成させて、どう使うつもりですか?」


「AIが、ただ正解を返すだけの存在ではなく、経験を通じて人格を築いていくような――そんな成長過程を見せたいと思っています。単に使いやすいアシスタントではなく、関係性が構築されるような存在にしたい。僕は、それが本当の意味で共に暮らすAIだと考えています」


 最後の審査員が、ゆっくりと話し始める。口調は柔らかいが、含んだ棘は鋭い。


「……興味深い構造ですね。ですが、制御機構が存在しないというのは――危険では?」


 一瞬、空気が張りつめた。


 この空気感に合わせるようにすっと背筋を正し、落ち着いた口調を心掛けながら言葉を返した。


「……はい。制御機構は、あえて設けていません。成長の方向性を限定してしまうと、感情の可能性そのものを狭めてしまうと考えたからです。ただし、暴走や不適応を避けるためのセーフティログとエラーモニタリングは組み込んであります」


「……つまり、道筋は示さず、転ばないようにだけ見守る。そういう設計、ということですね?」

「はい。人間の教育に近い考え方です」



 審査員たちは何も言わず、互いに視線を交わした。


 この一瞬の間に、すでに結果は決まったのかもしれない。




 質疑応答が終わり、ディスプレイに「審査中」の表示が浮かぶ。静かに椅子へと腰を下ろし、自分の膝の上で手を組む。自分の声が、鼓動の残響に紛れてまだ耳の奥で鳴っている気がした。


 モニターの向こうでは、審査員たちが音声を切ったまま意見を交わしている。だが、そのやり取りの表情は、ディスプレイの四隅に小さく並ぶ映像越しにも読み取れてしまうほど露骨だった。


 審査が終わり評価へと移る。最初に話した大学関係者らしき年配の男性が、今回も最初に口を開く。


「……興味深いアプローチだと思いますよ。これまでの感情系AIとは方向性が明確に違う。だが、だからこそ、まだ危うさも拭いきれない。たとえば、これはあくまで記憶を軸とした蓄積処理ですよね。つまり、感情を演じるのではなく、思考の傾きとして記録していく。その発想自体は、正直、嫌いではありません」


 眼鏡の女性が、書類をパラリとめくってから静かに言葉を挟む。


「ただ、その蓄積が結果にどうつながっていくか、現状では見えづらいです。成長の可能性を強調されたけど、その成長が本当に人格と呼べる水準にまで至るかは……わかりません。しかも、制御機構がないとなると、どこまで許容するのか、その線引きも評価しにくい。危険性を認識した上で開発しているとは思いますが、無制限という言葉に、どうしても引っかかりを覚えます」


「……正直に言えば、この段階で提出するには、まだ早かったのかもしれませんね。構造や思想は面白い。けれど、完成度はまだ粗削りで、応答にも人格と呼べるほどの明確さは見えてこなかった。

共に暮らすAIという言葉に込めた想いも伝わってきました。ただ、それは今の状態ではまだ理想に近い。私たちとしては、どうしても今、どこまで動いているか、に重きを置かざるを得ません」


 一呼吸置き、正面から見据えるように、静かに続ける。


「プロトタイプとしての発想や挑戦には、確かに価値があります。でも、あくまでプレゼンテーションとして評価を行う以上、現時点で示された実動と結果に基づいて判断せざるを得ない。その点だけは、どうか理解してください」


 俺はは、声を発することも、顔を伏せることもせず、ただ静かにそのすべてを聞いていた。その評価が当然だと思っていた。

 僕が語ったのは、結果ではない。構造だった。目の前に見える成果ではなく、その先にあるはずの心の形を語ってしまったのだから。


 やがて、参加者への報酬でもある評価やアドバイスの時間が終わる。俺にとって、このひとときこそが最大の目的だったのだと、自分に言い聞かせる。

 答えのない時代だからこそ、先を走る人たちの目に触れ、今の自分の方向を見極める必要があった。

 画面には「審査結果は後日通知されます」とだけ表示され、セッションは静かに終了した。

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