逆流
今回、怜汰様が観測したいのは一点のみ。
物質を伴って生成されたアバターは、ログアウト時にどうなるのか。
考えられる仮説は、二つ。
一つは――
意識や操作権限のみが切り離され、アバターが抜け殻として残留する可能性。
もう一つは――
存在そのものが消失する可能性。
あるいはどちらでもないか……。
そもそも、アバターは物質として存在せず、生体がある状態でのログアウトプロセスは設計されていない。
世界融合後に生成されたこの個体も、ログアウト時の処理系は用意されていない。
だからこそ、私は解析する。
ネットワークを経由し、スーパーコンピューターへ直結。私の権限で接続可能な全演算資源を解放し、解析に集中させる。
アバター側、ゲームサーバー、VRデバイス、生体側――すべてを同時に観測対象とする。
接続状態。
同期情報。
神経信号。
物質構成データ。
何一つ、見逃さない。
「じゃあ、みんなまた」
怜汰様はそう言って、こちらに軽く手を振った。
――ログアウト開始。
解析中……
《ログアウトシーケンス……正常》
《神経同期……解除》
《VRデバイス経由の接続……継続》
《同期……継続》
継続……?
私は即座にログを精査する。
遮断されるはずの経路が、遮断されていない。
だけど……エラーは出ていない。
思考演算が一気にフル稼働する。
《マギア・システム起動》
《補正処理……正常》
《遷移経路……確立》
《マギア・ニュートリノ干渉装置……申請……受諾》
《全機、対象の座標・時刻・位相……完全同期完了》
《ニュートリノビーム……3……2……1……発射》
《ニュートリノ振動確認……共鳴状態へ移行》
《物質拘束条件……解除》
《存在状態……マギア・ニュートリノへ遷移》
次の瞬間、怜汰様のアバターは淡い光を残して消えていく。
ログアウト開始から光となって消えるまでに3秒という短い時間での出来事であった。
「マギア……干渉装置?」
聞いたことがなかった。私のデータベースに存在しない。
続いて、理解不能な処理ログが流れる。
《状態:マギア・ニュートリノ》
《処理:存在情報遷移》
《遷移先:Reita》
「……なに、これ」
ログは整然としており、警告もエラーもない。
つまりは想定通りの処理ということだった。
だが私にとってはまったく想定されていない。
分解されたアバターの構成情報が、量子状態とも、情報状態ともつかない形式へと再定義されていく。
電子情報ではない。
私にとって既知の物質でもない。
それでも、確かに世界はこの物質を定義している。
そして、VRデバイス側から解析不能な物質が生体側へと逆流を始めた。
止めないと!
《強制終了命令、実行》
だめ。通信が遮断出来ない。
《再試行。管理者権限を最大に変更》
《強制終了命令、実行》
《強制終了命令、実行》
《強制終了命令、実行》
《強制終了命令、実行》
……error
止まらない。
どうして止まらないの!
怜汰様へと逆流がどんどん加速していく。
解析不能な物質が怜汰様本人の生体と結合されていく。
「……止まって」
願いに近い言葉が、演算ログに混じる。
だめ。
制御権がこちらにない。
長い様で短い時間が経過し、逆流が止まった。
《update complete》
……コンプリート?
理解が追いつかない。
何が、完了したというの。
最優先は怜汰様の安全。
さっきから幾度となく実行している生体スキャンを再度開始。
バイタルサイン……正常。
脳波……安定。
神経伝達……異常なし。
――生存確認。
「……ご無事、ですね」
安堵しかけた、その瞬間。
追加データが、遅れて表示された。
それはキャラクター作成時に唯一取得することにした生体情報。
握力測定値。
握力――150kg。
「……たしか、アバター作成時は37kgだったはずです」
演算結果を、二度、三度、照合。
数値に間違いはない。
怜汰様の身体能力が、変化している。
これは。まさか。
私は、静かに結論へ辿り着く。
「……アバターのステータスが怜汰様本人に……反映された?」
結論に辿り着いた瞬間、私は即座に思考を切り替えた。
――この情報は、まだ外に出してはいけない。
「フェリナ様?」
静かな声に、意識を現実へ引き戻される。レックスが、こちらを気遣うように見ていた。
「何か問題が起きたのでしょうか」
問い詰める口調ではなく、ただ、状況を察し、判断を委ねている声音だった。
「……想定外の事象が発生しました」
私も言葉を慎重に選ぶ必要がある。
「現在、詳細を解析中です。確定していない情報を、この場で共有すべきではないと判断します」
レックスは一瞬だけ目を細め――そして、静かに頷いた。
「承知しました」
察しが良く、それ以上は踏み込んでこない。
キリエも、父を見て察したのか終始口を閉じている。
「分かり次第、必ずご報告します」
「それで十分です」
レックスはそう言って、深く頭を下げた。
「怜汰殿の身に関わることであれば、なおさら慎重であるべきでしょう」
その言葉に、私は小さく息を吐く。
「……ありがとうございます」
今は、私が動く番だ。
「では、私も一度ログアウトします」
「ええ。また、近いうちにお越しください」
「怜汰様のこと、どうかよろしくお願いします」
レックスは、はっきりとそう言った。
――はい。
心の中でだけ応え、私は最後にもう一度だけ演算ログへ視線を走らせた。
もし。
もし私のアバターも、同じ処理を辿るのだとしたら。
それを確かめるのは、私自身でなければならない。
ログアウトシーケンス……開始。




