変わっていく世界
レックスは、俺が考え込んでいるのを察してか、しばらく黙っていてくれた。そして、どこから話すべきかを慎重に選んでいるようでもあった。
一瞬だったのか、それとも数分だったのか、レックスがゆっくりと話し始めた。
「霊峰が暴走した日、怜汰殿とフェリナ殿との連絡が途絶えました」
胸の奥が、わずかにざわつく。いま最も気になっているゲームから強制ログアウトした後の事。
「途絶えたって……そうか……」
ここが起点で間違いないか。
「連絡が途絶えましたが、我々はただ、一時的にこの世界から離れられた。そう判断しました」
レックスの言葉は静かだったが、その裏にある信頼と覚悟が滲んでいた。
その時、すぐ隣でフェリナが一歩だけ前に出た。
「私は、一年前の時点では、まだ存在しておりません。そのため、当時の状況について、私自身が直接的な記録や記憶を持つことはできません。
私との連絡が途絶えていたこと自体は、不自然ではありませんね」
なるほど、と腑に落ちる。
フェリナが知らなかったのではなく、まだいなかった。
当然、連絡手段だってあるわけが無い。
「ですが、ログイン出来た今、こちらの世界側から記録を一部照合することが出来ました。GM権限を持つ怜汰くんのアバターは、『ログアウト』でも『消失』ではなく、その場で『停止』として扱われています」
「……停止?」
「はい。消去や死亡といった扱いではありません。停止状態のようです」
「そうか、どちらにしろ、今はあのアバターでログイン出来そうにないって事か」
レックスは視線を外し、窓の外――カロディールの街並みへと向けた。
「我々は御二方が再び現れる今日という日をずっと待っておりました」
その言葉に、思わず息を飲んだ。ずっと待たせてしまっていたんだと、今更ながら実感が湧いてくる。
俺は、昨日まで、ただ試験を終えて、ゲームに潜っただけだったはずなのに。
みんなはそこから一年、頑張ってくれてたんだな。
今度は俺が頑張る番なんだろうな。
「……レックス、この一年、他にも変わった事があれな教えて欲しい」
俺の言葉に、レックスはゆっくりと頷いた。
「承知しました。ですが、私の知る範囲での話になります」
「問題ない。それを聞くために来たんだからね」
俺の言葉に、レックスは小さく頷いた。
「では、立ち話も何ですから」
そう言って、レックスは自ら椅子を離れ、部屋の奥にある応接用のソファへと歩み寄った。
ディアスが静かに動き、テーブルの周囲に配置されたソファを整える。促されるまま、俺とフェリナ、そしてキリエも席に着いた。
全員が腰を下ろしたのを確認してから、レックスも向かいのソファに座る。
「改めて話しましょう」
レックスは背を預けることなく、背筋を伸ばしたまま言った。
「この一年で、我々の世界に何が起きたのかを……。まずは、カロディールだけが変わったわけではありません」
「……やっぱりか」
「霊峰の暴走を境に、世界各地で異変が確認されました」
「ドワーフ王国、エルフ領、魔国……いずれも例外ではありません」
その土地を治める三人なら上手く対処しているはず。
バラグレム。リュシオーネ。ライラ。
「幸いなことに」
レックスは言葉を続ける。
「それらの地はすべて、日本と呼ばれる国の勢力圏内に位置しておりました」
「……偶然、じゃないよな」
「どうでしょうか。地理的な配置については、我々にも説明がつきません。ただ、日本側も同様に混乱しており、衝突を避けるため、厳重な情報統制と封鎖が敷かれました」
なるほど。
だからこそ、大きな混乱にはなっていないのか。
「転移魔法やワープポータルは?」
思わず口を挟む。
レックスは、静かに首を横に振った。
「霊峰の暴走以降、長距離転移とワープポータルは使用出来なくなってしまいました。ポータルの起動を試みた者もいましたが……成功例はありません」
それはかなりまずい状況だな。
世界が繋がったのに、自由に行き来できない。それに、飛空魔法はGMキャラにしか実装していないから、移動手段がないか。
「そのため、当初は半ば孤立状態でした」
レックスは、そこで一度言葉を区切る。
「我々は、各地の統治者同士で連絡を取り合い、事態の把握に努めてきました。
しかし、実際に動ける者は限られていました」
俺は、そこでようやく腑に落ちた。
「……だから、レックスが前に出てるのか」
「そうです。我々の中で、最も日本側と接触しやすい立場と立地にあったのが、私だったというだけです」
その言葉を受けて、キリエが続ける。
「父上は、その調整役として日本側との交渉を続けています」
淡々と、けれど誇りを隠さずに言う。
「母上が外交官として前に立っているのもそのためです」
セラフィナ。レックスの娘も前線に立つ役を引き受けてくれているんだな。頼りになる。
「じゃあ」
落ち着かせる様に一呼吸、もっとも気になっている問いを投げる。
「霊峰は今、どうなってる?」
レックスの表情が、わずかに硬くなった。
「……現在も封鎖区域です。日本と共同で調査を続けていますが、状況は芳しくありません。強力な魔物が未だに出現しています。地上からも、上空からも、山頂へ到達することができていないのが現状です」
つまり。
守護獣を倒したその場所に何かがあるのかもしれない。
「……俺が倒した影響ってことなら、この状況に陥った手掛かりもそこにある可能性がありそうだね」
レックスは否定しなかった。
「怜汰殿」
その声は、重い。
「霊峰は、いまやこの世界と日本、双方にとって最重要地点です。もし、再び暴走すれば……次は、取り返しがつかない可能性もある考えられます」
沈黙が落ちる。
その重さを、誰も否定できない。
だからこそ――。
「なら」
俺は、ゆっくりと言った。
「もう一度、行く必要があるな」
レックスと、キリエの視線がこちらに集まる。
「だけど……」
自分の拳を見つめ、軽く握る。
「今のままじゃ無理だ。守護獣との再戦の可能性があるなら、このレベルじゃ心許ない」
フェリナが、一歩前に出る。
「同意します。現在の怜汰くんの戦力では、霊峰最深部への到達すら困難です」
「やっぱりか」
俺は、二人を見回す。
「だから、準備をしよう。レベルを上げる。装備を整える。仲間を集める」
一瞬の間。
「その為に……協力してほしい」
「無論です」
レックスは、迷いなく言い切った。
「この世界の行く末に、怜汰殿が関わっている以上、我々も共に歩みましょう」
「私もです!」
キリエも、強く頷く。
その言葉に、思わず笑みがこぼれた。
「ありがとう」
世界が変わってしまった。
けれど。
俺の作り上げたルールがこの世界に生きている。なら、知らない世界じゃない。
難易度は高い。想定外も多い。
それでも。
攻略できない理由は、どこにもない。
まずは霊峰を目指す。
現実とゲームが混ざり合ったこの世界で、やることは変わらない。
――むしろ、楽しくなってきた。
きっと、こんな世界をずっと待っていたんだと思う。
「あっ、怜汰殿」
レックスが、思い出したように声をかけてくる。
「今後の連絡のため、電話番号を教えていただけますか。
我々のグループチャットに招待いたします」
「……えっ」
一瞬、思考が止まった。
グループチャット?
電話番号?
そして――その手に持っている見慣れた端末。
「……それ、スマホだよね?」
「はい。日本側から支給されたものですが」
何でもないことのように、レックスは言う。
……めちゃくちゃ馴染んでないか?
一年もあれば、そりゃそうか。電波も飛ぶし、インフラだって整う。
分かってはいる。分かってはいるんだけど。
急にファンタジー感が仕事しなくなった。
内心のやるせなさを押し込めつつ、レックスからスマホを借り、自分のアカウントをグループチャットに追加する。
これで、ひとまず連絡は取りやすくなった。便利だけど……馴染みすぎないか、この世界。
「さて、今日はそろそろログアウトするよ」
ソファから立ち上がりながら言う。
「また何かあったら連絡してくれ。
こっちは、レベル上げの方法を考えておく」
「かしこまりました」
レックスが、穏やかに頭を下げる。
「本日は、お疲れ様でございます」
――そうだ。ログアウトする前に、ひとつだけ。
「フェリナ」
「はい、怜汰くん」
「俺がログアウトした時、アバターがどうなるかを残って確認してほしい。消えるのか、それとも……残り続けるのか。それだけでも分かれば助かる。お願いできる?」
「了解しました」
フェリナは即答した。
「ログアウト時のシーケンスを解析します。アバターの状態遷移を確認した後、私もログアウトします」
「じゃあ、みんなまた」
そう言い、俺はすぐにログアウトした。




