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焦燥

 目が覚めた。


 天井。見慣れた自分の部屋。カーテンの隙間から差し込む朝の光。何もかもいつも通りだった。


 VRデバイスも付けていない。

 

 それに……妙に、体が楽だった。


 寝起き特有の重さがない。

 そのまま立ち上がっても、ふらつきもない。


「よく寝た、のか?」


 首を軽く回してみる。

 特に違和感はない。

 

「……あれは夢、か?」


 昨日の夜の出来事。霊峰での守護獣との戦い。

 剣を振る感触が確かに残っている。

 白い光と、轟音と、山の頂でみた魔力の壁から先の記憶が無かった。

 

 夢じゃないはず。

 妙にリアルで、妙に鮮明で――


「……いや、さすがに」


 枕元の端末を手に取る。

 時刻は、いつも通りの朝。


 フェリナからの通知は――ないか。


「……」


 少しだけ、胸の奥がざわついたけど、深呼吸して押し込めた。今日は試験明けの平日とはいえ、遅刻はしたくない。

 制服に着替え、鞄を持って家を出る。


 


 いつもと変わらない通学路。

 コンビニは期間限定でいちごフェアをしている。

 曲がり角の自販機。

 通学班の小学生の群れ。

 

 どうしても違和感が拭えない。なにか見落としてる?

 なにを?


「……それに、昨日はほんとにゲームしてたよな」


 歩きながら呟く。昨日の夜は確かにダイブした。

 でも、途中で寝落ちした、そう思えば辻褄は合う。


 合う……はずなんだけど。


 


 教室に入ると、すでに何人かが席についていた。

 窓際のいつもの場所。


「おはー、怜汰」

 先に来ていた昂太が、軽く手を上げる。


「おはよ」

「おっすー」

 昂太の隣の席、彩月も机にダラけながらこちらを見て言ってくるが、その体制は如何なものか……。

 

「自己採点、どうだった?」

 昂太が、何でもない調子で聞いてきた。


「あー……まあ、普通」

「だよな。俺もそんな感じ」

「赤点は全部回避したかな、ひとまず安心」

「まじか、俺は物理と英語ダメかも」

 そう落ち込む昂太。

「私も物理も英語ダメ! 一緒に補習受けようぜ!」

 仲間を見つけたからか机から飛び上がるぐらいテンションが上がる彩月。多分、二人して苦手科目が似るから一緒にいることも多いのかも?

 微笑ましい限りだ。

 

「……てかさ」

「ん?」

「昨日の夜、あれ見た?」

 いつになく昂太の声が弾んでいる。

 その時点で、胸の奥が少しざわついた。

 

「……あれって?」

「ニュースだよ、ニュース」

 彩月が、机に頬杖をついたまま言う。


「異世界の人たちのやつ。ついに来るんだってさ。」

「……来る?」

 言葉の意味が、頭の中で噛み合わない。

 

「うん。日本に、ニュース見てないの?」

「……は?」

 昂太と彩月は二人して不思議そうな顔をする。

 いや、そんな顔されても、俺だってわからないって。さっきから二人は何を話してるの?

 

「異世界交流のやつ。私もキリエ様見てみたいなぁ」


 ……誰だ、それ。

 異世界交流だなんてそんなことあり得るのか?

 今までだって聞いた事ないし、聞いたところでファンタジーだとしか思えない。

 

「二人とも、ごめん、異世界交流ってなに?」


「ん?」

 昂太が首を傾げる。


「怜汰、昨日言ってたじゃん」

「ドワーフに剣作ってもらえないかなーって」


 ――言ってない。

 そんな話、した覚えは一切ない。

 違和感がここに来て胃にへばり付きゆっくりと冷えていく。

 

「……疲れてるのかな、なんだか記憶がおかしい」

 口に出して、ようやく実感した。


「異世界って……なに?」 

 昂太は、少し言いづらそうに眉間に皺を寄せながら答えてくれた。


「異世界だよ。一年ぐらい前にさ、日本に急に現れたじゃん」


 一年も前。そんな前からだったら覚えてなきゃおかしい。


「一週間ぐらいしてからさ、外交官を名乗る人が現れたんだよ」

「セラフィナ・カロディール卿だっけ?」

「そうそう」

「他にもドワーフとかエルフとか亜人もいる事がわかってから世界中が大騒ぎ」


 大騒ぎって……それにセラフィナって、レオニスの娘じゃん。ってことは、キリエってあの時の子か。


「……どういうこと?」


 思わず、声が裏返る。


「怜汰?」


 彩月が、俺の瞳をじっと見ている。


「……大丈夫?」

「だめかも、わかんないことだらけ」


 正直な答えが、口から漏れた。


「なんか……話が全部繋がらない」

 

 いつの間にか黒板の前に立つ教師が、普通の顔で出欠を取り始める。

 

 ――おかしい。

 

 俺だけが、取り残されている感覚になる。


「……なんかあったら相談してね?」

 彩月が、静かに言った。


「……うん、ありがとう」

 頷きながら、心臓の音がやけに大きく聞こえた。


 昨日までの世界と、今日の世界は同じはずなのに、決定的にズレている。そのズレに、自分一人が取り残されている気がしてならなかった。




 


 その後の授業は、正直ほとんど頭に入ってこなかった。

 分からないことが、頭の中でぐるぐると回り続けている。知らない事実ばかりで、まるで自分だけが、別の場所に置き去りにされているような錯覚に陥る。


 一年前になにがあったの?

 異世界交流という当たり前のように語られるその言葉。


 ――知らない。



 昼休みも、放課後も気づけば終わってた。

 昂太も彩月も心配そうにしていたけど、今は説明できる気がしなかった。


「……ごめん、今日は先に帰る」


「無理すんなよ?」

「なんかあったら連絡してね」


 心配する二人の顔を、まともに見ることができず、曖昧に頷いて教室を出る。


 帰り道。

 朝と同じ風景のはずなのに、どこもかしこも、違って見えた。


 すれ違う人たちの会話。

 街角の大型モニター。

 バスの側面に貼られた広告。


 ――異世界交流。

 ――セラフィナ外交官の訪日。

 ――レベルやスキルの存在。


 自分が作り出した世界が、現実の日常に何の違和感もなく溶け込んでいる。


「……おかしいだろ」


 小さく呟いて、自然と足が速くなった。


 


 家に着き、靴を脱ぎ捨てて自室へ向かう。

 鞄を床に置き、はやる気持ちを抑えるために深く息を吸った。


「フェリナ」

 すぐにいつもの声が返ってくる。良かった。フェリナはちゃんといる。


『はい。怜汰くん』

 その一言で、胸の奥に溜まっていたものが、少しだけほどけた。


「……確認したいことがある」

『承知しました』

 

 なんて聞くか、言葉を選ぶ間の短い沈黙。

 自分でも分かる。聞くのが少し怖い。


「フェリナの記録と……今の世界。どうなってる?」


 ほんの一瞬の思考。それなのに、やけに長く感じた。

 そして嫌な予感が、はっきりと形を持った。


『……要約します。

 現在、怜汰くんが認識しているこの世界は、一年前より、あなたが構築したゲーム世界と融合した状態のようです』


「……やっぱりか」

 否定したい気持ちは、もうなかった。


『融合発生時刻は、一年前の深夜。富士山付近を起点に、大規模な発光現象が観測されたようです』


「俺やフェリナの記憶には……ない?」

『残念ながらありません』


 言葉を失いながら、次々に浮かぶ顔があった。


「……みんなは?」

『接続を確認します』


 数秒後。


『セラフィナ、バラグレム、リュシオーネ、ライラ、他主要人物の存在を確認しました。全員、健在です。ただ、私は先ほどまでゲームサーバーとは切断されていた様です。復旧したので連絡も取れそうです』


「……よかったぁ」


 肩の力が抜ける。

 最悪の想像だけは、外れていた。

 それでも。


「原因は?」

『現時点では、特定できていません』


「だよな……」


 分からない。

 どうしてこうなったのか。

 なぜ俺だけが知らなかったのか。

 ここでこう考えても仕方ない。


「……確かめるしかないな」

『ログインしますか?』


「うん」


 ベッドの端に腰を下ろし、視線を落とす。


「この状況を理解するには、外から眺めてるだけじゃ足りない」

『了解しました』


 一拍。


『ゲームマスター《ReiTa》は現在、使用不能のようです。原因は……解析不能。エラーです』


「……そうか」


 あの戦闘。あの強制ログアウト。

 多分、無関係じゃないはず。


「じゃあ……最初のキャラで行く」

『承知しました』


 


 VRデバイスを装着し、深く息を吸う。

 知らない一年、何があったかを知りたい。

 そして、この世界がどうなってしまったのかを自分の目で確かめたい。

 視界の端にHUDが自動で展開され、進捗ログが流れていく。各センサーの接続表示が、順に緑へと変わった。


『神経接続、問題なし。脳波同期、良好。生体フィードバック、安定しています』


「……一緒に確かめよう、フェリナ」

 

『了解。Dive空間への転送、カウントダウン開始――3、2、1』


 視界の隅に現れた粒子状の光が、ゆるやかに揺れながら集まり始める。それは少しずつ、まるで波のように色を変えながら怜汰の意識を包み込んでいく。

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