変革
『怜汰くん、霊峰付近で急激な魔力膨張を確認しました。……発生源は守護獣です。このままだと、周囲を薙ぎ払いながらこちらへ接近する可能性が高いです。霊峰へ向かう事を推奨します』
珍しく、少し早口だった。
この言い方をするということは、フェリナにとっても想定外なのだろうか。
さっきの魔法で刺激したのかな?
さすがに、カロディールを巻き込みながら来られたら洒落にならない。不味すぎる。
「分かった。すぐ向かおう。フェリナ、霊峰付近へ転移」
『了解しました。状況把握のため、やや距離を取った地点を指定します。転移を開始』
次の瞬間、視界が歪んだ。
そしてすぐに嫌な空気が絡みつく――いや、違う。
「……ここ、処理落ちしてる?」
風の揺れ、草の描画、遠景の更新。
すべてが、ほんの一拍遅れて追いついてくる。
見慣れた感覚だった。
オンラインゲームで、何度も経験してきたラグ。
そして――その中心に、そいつはいた。
怒り狂う守護獣の姿が、視界に飛び込んでくる。
「……なんだ、こいつ」
思わず、声が漏れた。
「守護獣っていうから、もっと幻想的でカッコいいのを想像してたんだけど……」
そこにいたのは、禍々しい異形だった。
人の形を思わせる輪郭はある。
腕、胴、脚――構造だけを見れば、どこか人型だ。
だが、そのすべてが歪み、過剰に引き延ばされ、ねじ曲がっている。
奇形。歪み。魔力が形を持つこと自体を拒むかのような、不自然な存在感。
グロテスクと言い切るほど露骨ではない。
それでも、全年齢向けの枠内で、明らかに攻めすぎている。
「……ダークファンタジー向けの造形だろ、これ」
一体、何を参考にしたら、こんなものが生まれるんだよ。
嫌なことに守護獣の周囲だけ、空間が微妙にブレている。輪郭が安定せず、位置情報が噛み合わない。
『周辺魔力密度、臨界値を超過しています。
演算リソースが局所的に飽和状態です』
「……そりゃ、処理落ちも起きるわ」
守護獣は、こちらを見据えていた。
そこに感情は感じられない。
怒りでも、憎悪でもない。
ただ、明確な――
「……敵意、か」
邪魔な異物を取り除く。ただそれだけの意志。
次の瞬間。
目の前の何もない空間が、唐突に爆ぜた。
「くっ……!」
衝撃が走り、身体が弾かれる。
視界が一瞬遅れ、音が追いついてくる。
そして、守護獣が、両腕を振りかぶったまま突っ込んできた。
「攻撃モーション、ちゃんと仕事しろってんだよ!」
一度距離を取ろうとバックステップしようとするも、身体が動くより先に、目に見えない衝撃だけが来る。
「っ……判定、ズレてるだろ……!」
守護獣の攻撃そのものは、そこまで強くない。
数値的には、間違いなく対処可能な範囲だ。
だが――今は、世界そのものが狂わされている。
処理落ち。
判定遅延。
入力と結果の食い違い。
これは、純粋な強さの問題じゃない。
ゲームシステムの一部として存在しているか、外部からのプレイヤーか。
その違いだけで、俺は、圧倒的に不利な場所に立たされていた。
深く息を吸い、吐く。
守護獣のブレ。
判定の遅延。
自分自身のラグ。
「……これ、全部把握するにはまだ材料が足りないな」
攻撃判定の出るタイミング。
モーションと当たりのズレ。
回避が間に合う余白。
一つずつピースを集めていく。
まずは、死なない範囲で試す。
避けて、距離を測って、食らって、学ぶ。
もうちょい……せっかくなら紙一重を目指したい。この体も連続で受け続けなければ死にそうに無い、なら、気が済むまで試してもいいって事だよな?
「……よし」
口元が、勝手に吊り上がる。
「こうなったら、徹底的にモーション覚えて攻撃予測だ。これくらいでやられてたまるかっての」
足元の草を踏みしめ、あえて一歩、前へ出る。敵の攻撃範囲に自らの体を差し出す。
さぁ、もっともっと楽しもう。
「フェリナ! 守護獣のHP、確認頼む!」
『確認します……現在HP、約九十二パーセント。
再生は確認されていません』
「思ったより削れてないな。まあいい」
守護獣が、再び腕を振り上げる。
だが、さっきよりも近いせいかよく見える。
肩の動き。
体重移動。
わずかな間。
「――今だ」
攻撃が来る前に、さらに前へと滑る。
衝撃が、背後を掠めて爆ぜる。
「よし……来た来た!」
掠った。だが、それでいい。
「フェリナ、AIアシスト、オフ!」
『……確認しました。AIアシスト、停止します』
「この戦闘で慣らす。ラグのせいで、アシストが逆に邪魔になる!」
世界が、ほんの少しだけ重くなる。
システムによる補正のない動き。
さっきよりも動作の伸びが悪い。
その全部が、逆に気持ちいい。
守護獣が咆哮する。
空間が、再び歪む。
「いいねぇ……」
胸の奥が、熱くなる。
「こう言うのがやりたかったんだ!」
――今までゲームをプレイしても、どこか物足りなかった。楽しい。確かに楽しい。でも、それだけだった。
守護獣の懐へ踏み込み、剣を振る。
手に伝わる衝撃。
遅れて、ダメージ表示。
――これまではいつか夢中になれるゲームに出会えるんだと漠然と思っていた。
「おーし、当たってる当たってる!」
相手の攻撃密度が増え、こちらも負けじと、呼吸を合わせていく。
――違った、誰かに与えられて満足なんかするわけ無かった。自分で作るべきだったんだといま分かった。これを求めていたんだ。
「どっちが先に根を上げるか――」
息を吸い、笑う。
「勝負だ!」
霊峰の空気が、さらにざわめいた。




