FELYNA Report0.52
― FELYNA REPORT 052 ―
霊峰山頂部において、高密度魔力構造体の生成を確認しました。識別名《霊峰の守護獣》の定着に成功しています。
本件に伴い、霊峰環境は再構築され、現在は安定状態に移行しています。これにより、霊峰がアップグレードされました。
当該存在を中核とする構造は、《守護獣の試練》として体系化されています。高難度環境下での継続的な挑戦を想定した設計です。
また、ゲーム内時間加速処理は最終段階に入りました。今後、段階的に倍率を低下させていきます。
なお、本加速期間(二ヶ月)において、ワールド内では約四十六年分の時間経過を確認しています。
すでにオープンβフェーズへの移行準備は完了しています。
テスト開始まで、残り少し。
勉強、頑張りましょう。
―― FELYNA
……ほんとに容赦ない。
そう思いながら、フェリナからの報告を読み終え、端末を伏せた。
霊峰の守護獣とその試練。
初のワールドボスクラス。
どれも、今すぐ試したいコンテンツばかり。けど、今はまだ無理。
机の上には、開いたままの教科書。書きかけのノート。
時計を見ると、深夜を少し回ったところだった。
「……あとちょっとかぁ」
『はい。試験開始は週明けの月曜日です』
「言われなくても覚えてるよ」
『その割に、先ほどからため息を回数が増え続けています』
「……数えないで」
『失礼しました。自動記録です』
「なお悪い」
また無意識に、記録を一つ増やしながら椅子に深く座り直す。頭の片隅では、霊峰の光景がちらついて離れない。
――初めて実装したエンドコンテンツ。
残念だけど今は我慢。
「終わったら……すぐ入るからな」
『はい』
そして、時間はあっという間に過ぎ……試験は終わった。
出来の良し悪しはまぁ大丈夫だろう。自己採点も終わっていい線いってそうだし、そもそも、試験期間なんてあっという間に過ぎてもいいでしょ。
「……さて」
『そろそろ始めましょうか』
その声には、ほんの僅か、いつもより柔らかい響きが混じっていた気がする。
案外、フェリナも楽しみにしていたのかもしれない。
「まずはオープンβに移行する前に、エンドコンテンツの動作確認しようか。ずっと気になってたし」
『了解しました。既存のキャラクターを使用した場合、
到達前に蒸発する可能性が高いですが、どうしますか?』
「蒸発って……言い方」
苦笑しつつも、頷く。
「本当はやりたくないけど、確認用だな。ゲームマスター用のキャラでいこう」
レベルは上限の200Lv。
スキルは全解放。
HPとMPは自動回復、各種耐性と補正を最大化。
さらにAI補助演算を最適化。
「……ここまでやれば、さすがにいけるか」
フェリナにキャラ作成を任せ、ログインの準備を整える。
ベッドに仰向けになり、深く息を吐いた。
「終わったらキャラチェンジしよ。
やっぱり、自分で育てないと意味ないし」
『了解しました』
フェリナの淡々とした返答。それがいい。
「じゃ、始めようか。フェリナは今回、アシストAIでのフォローをお願い」
《S.A.I Dive Unit / DEV-Kit 01 接続完了》
《開発者モード:有効》
《FELYNA:Dive Assist Mode / 有効》
《接続シーケンス開始》
▼ Dive Unit認証……OK
▼ 神経インターフェース同期……OK
▼ 感覚転送チャネル準備完了
《Dive起動シーケンス》
▼ 神経インターフェース同期……OK
▼ 感覚転送チャネル……準備完了
▼ Diveサーバー接続……オンライン
『インターフェース同期、正常です。
Diveモード、スタンバイ完了。
パーソナル認証開始……完了』
一拍置いて、フェリナの声が続く。
『Dive、カウントダウン開始――3、2、1』
その声が消えると同時に、視界が光に包まれた。
全身が、ふわりと持ち上げられるような浮遊感。
次の瞬間、世界が切り替わった。
視界が、開けた。
最初に感じたのは、風だった。
草を揺らし、肌を撫でる、いつもの草原の風。
「……ただいま、って感じだな」
足元には、見慣れた緑。遠くに小さな起伏と、低い丘。
初期エリアとして何度も調整した草原だ。
懐かしさよりも先に、違和感が来た。
一歩、踏み出す。
――速い。
「うわっ」
身体が想定以上に前へ出て、バランスを崩す。
慌てて足を止めると、今度は反動で視界がぶれる。
「……待って待って」
軽く動いただけなのに、反応が過剰だ。筋力補正、敏捷補正、演算アシスト――全部が最大化されているせいで、完全にピーキーになっている。
「これでまったりプレイとか無理な設定だろ……」
『はい。極一部のトッププレイヤーが至れるかどうかの戦力と動作になります』
フェリナは今、アシストAIとしてアバターでは無く音声とUIだけでサポートに徹してくれている。
「だよね。自分で組んどいて何だけどさ」
『非戦闘時モードはオフにしてあります。日常ではもう少しソフトな挙動になりますが、戦闘時はレベルや能力値によって増幅されます。今は戦闘モードで慣れてください』
フェリナのスパルタを受けつつ、もう一度、今度は意識してゆっくり歩く。
重心を低く保ち、動作を抑える。
今度は、問題ない。
「……なるほど」
強い。
でも、それ以上に癖が強い。
感覚だけで動くと暴れる。
ちゃんと考えて、制御しないと応えてくれない。
「これ、ここで練習して正解だな」
『はい。ぶっつけ本番は推奨しません』
「だよな。慣れたら楽しいだろうけど」
草原の先へ、視線を向ける。
遠く、霞むように見える霊峰の輪郭。
あそこに行く前に、もう少し体を慣らしたい。
「まずは操作チェックだな。
ジャンプ、ステップ、スキル発動……一通り」
『サポートします』
「……よし、乗りこなしてみせるさ」
草を踏みしめ、もう一度、前へ。
ここからは本気で遊ばなきゃ、楽しくなってきた。
そうと決まれば、ここで練習してたって仕方ない、サクサクいこう。
まずは……足に力を込める、力んでるような感覚はある。
床を蹴る前の重さも、体幹の位置も、ちゃんと分かる。
ジャンプから意識して飛ぼうとした瞬間、身体が反応した。
――高い。
思った以上に視界が跳ね上がり、風を切る音が遅れて耳に届く。
空中で一瞬、身体が軽くなる浮遊感。
「うわ、これ……夢で見るやつぅぅうああ」
あっという間に空とお別れしてこんにちは地面!
着地の姿勢なんてわからず転がるように落下。
草がしなる感触と同時に、衝撃がほぼ無音で吸収される。
『着地制御、正常です。衝撃分散率、想定値以内』
「こ、怖い、想定値って言うけど、普通じゃないからな?」
若干腰が引けつつも、次は横へステップしようと踏み込み、またしても視界が一瞬で流れた。速すぎるってば!
反射的に体を低くし、重心を落とし、足を滑らせる事で、ようやく制動が効いた。
「……危なかった、力加減を覚えないと飛び過ぎる」
『はい。怜汰くんの思考速度に合わせて補正は行っていますが、最終的な制御は本人依存ですから早く慣れるしかありません』
「スパルタだな」
『最適化です』
即答だった。
今度はスキル。
スキルリストを開くと見覚えのある物から初めて見る物まで、かなりの種類があるな。全部のスキルを解放したのは自分の指示なんだけど、どうするか、ひとまず以前使った魔法を試して違いを把握するか。
「フェリナ、《ヴォルカニックレイ》に短縮詠唱を組み込んでスキルスロットに追加して」
『……追加しました。熟練度もマックスです。思いっきりどうぞ』
それ、大丈夫なやつか?
不安しかないが……とりあえず空に向かって撃つしかない。
視線操作でスキルを発動、空めがけて魔法陣が展開され外周には真っ白な稲光が走った。詠唱ゲージはチャージするまでも無く満タン。辺り一面が震える。もう周りの音なんてほとんど掻き消していて聞こえない。
ビビりながらも魔法名を唱える。
「《ヴォルカニックレイ》」
――遥か上空、空が真っ白に塗りつぶされ爆音と衝撃が襲ってきた。
『魔法制御、正常。威力若干のブレにより減衰確認。想定内の威力と判断します』
淡々とした返答。
……想定内って、どんな想定だよ。




