Leonis Report.031
— Leonis Report.031 —
カロディール領および王都周辺の情勢は、概ね安定を維持しています。
領内人口は過度に増加しないよう調整を行い、都市機能および流通網も当初の想定通り整備が進んでおります。
初めて訪れる都市としての役割は、すでに十分に果たせる段階に到達しました。怜汰殿の驚かれるお姿を拝見できないことが、ただ一つ残念に思われます。
また、霊峰周辺における魔力放出量については、近頃変動が大きくなり、総量の減少が確認されています。
現時点では領民の生活基盤に直接的な影響は見られませんが、念のためリュシオーネ殿に調査を依頼しております。進展があり次第、改めてご報告いたします。
私事ではありますが――
本日、セラフィナに娘が誕生しました。
名を、キリエと申します。
生まれたばかりのその姿を前にし、不意にセラフィナが生まれた日のことを思い出しました。十八年も前の出来事であるにもかかわらず、つい先日のことのように感じてしまう私は、歳を重ねすぎたのだと、あらためて実感しております。
この地は、私一代で完結するものではありません。
私に残された時間も、もはや多くはないのでしょう。
私の最後の役目として、次代であるセラフィナ、そしてキリエへと確かに受け継がれていくよう、この命が続く限り、力を尽くす所存です。
勝手に使命を終えようとする私を、どうかお許しください。
怜汰殿が再びこの地を踏まれるその日には、我らが積み重ねてきた歩みの成果を、確かな形としてお示しできるよう努めます。
以上、近況のご報告といたします。
――レオニス・カロディール
レポートを送り終え、しばし執務机に手を置いたまま動かなかった。
思考の端に浮かんだのは、セラフィナの夫であり、カロディール家に婿入りした男――レックスの姿だった。
――レックス。
王都で文官をしていた。文武ともに優れ、何より人の言葉をよく聞く男だった。才覚だけなら他にも候補はいたが、彼にはそれ以上に、仕事に対する熱意が溢れていた。
立場や出自に溺れず、弱き者に目を向け、それでいて決断の場では迷いすぎない。
レオニスは、ふと苦笑する。
「……あの頃の私より、よほど領主向きかもしれんな」
セラフィナを紹介したのも、政治的判断が先だった。
だが、二人のやり取りを見ているうちに、それだけではないと気づかされた。
信頼は、いつの間にか、自然に育っていた。
コンコン、と控えめなノック音。
「入れ」
扉を開けて入ってきたのは、先ほど呼び出したその人だった。
「お呼びでしょうか、辺境伯」
「楽にしろ。今日は、公式の場ではない」
そう前置きし、レオニスは執務机の前に立たせる。
「……レックス。
お前には、まだ話していないことがある」
青年の表情が、わずかに引き締まる。
「この領地はな、私とエリシアだけで作り上げたものではない。まして、国王から任された訳でもない」
そうしてレオニスは、怜汰とフェリナという存在について語った。
世界の礎となった外の者。
今でも報告や相談はするが、お会いする事が叶わない存在。
「これから先、御二方の為にこの地を導くのはお前とセラフィナだ」
沈黙が落ちる。
レックスは、すぐには答えなかった。
だが、やがて深く一礼する。
「……私如きには些か重すぎる役目です。ですが、謹んで拝命致します」
その言葉に、レオニスは静かに頷いた。
「それでいい。完璧である必要はない。
この地を自分たちの故郷として愛して欲しい」
世代は、確かに移ろうとしていた。
それを見届けられたことを、レオニスは、少しだけ誇りに思った。




