勉強会という名の週末イベント
期末テストを意識してか、最近の昼休みの教室は静かだった。
ノートを開く音、ペンを走らせる音。雑談は確実に減り、代わりにため息が増えている。みんな気を遣ってか、大声で話す事が無くなっている気がする。
「なぁ怜汰」
唐突に、昂太が顔を近づけてきた。なんだが嫌な予感が――。
「今度の土曜さ、怜汰んちで勉強会しようぜ」
……ん?
「……なんでうち?」
「静かそうだし。あと、怜汰ならちゃんと勉強するだろ?」
「それ理由として弱くない?」
どこで勉強したって一緒だとおもうんだけど。
すぐさま彩月が会話に割り込んでくる。
「ていうか、怜汰の家ってどんな感じ? 一人暮らしなんでしょ?」
「普通だよ。狭いし、机も小さいし……三人はきついと思うよ」
正直、誰かをおもてなし出来る様な部屋でもない、断るつもりで言った……はずだったのに。
「じゃあちょうどいいじゃん!」
「どこが?」
「逃げ場がないってことは、勉強するしかない環境!」
「それ図書館とかでもよくない?」
昂太が笑いながら続ける。
「俺、飲み物とかお菓子持ってくからさ。な? 図書館じゃ飲み食いしにくいじゃん」
「……いや、そういう問題じゃ」
「大丈夫だって。彩月も来るし」
その名前が出た瞬間、彩月が腕を組んで頷いた。
「私、軽食作ってくるよ。サンドイッチとか」
「……完全に遊びに来る流れじゃない?」
「勉強もするから!」
誤魔化しやがった。いや、勉強以外もある言い方じゃないのそれ。
二人の顔を見る。断る理由を探したが、特別な用事があるわけでもない。
「……掃除、してないけど」
「前日にやればいいじゃん」
「部屋、ほんと狭いよ」
「それ二回目」
昂太が間髪入れずに突っ込む。
「よし、決まりな!」
「決まってない」
「土曜な! 昼から!」
話は完全に進んでいた。
彩月が、にっと笑う。
「楽しみにしてるね、怜汰」
もう諦めるしかないじゃん。
まぁ、いいか。たまには、こういうのも。
土曜日。
昨日は掃除もせず寝ちゃったから早起きしてせっせと掃除をした。3度目のスヌーズで起きられて本当に良かった。
床の上、机とその周り、念の為、キッチンも。最低限、人を呼べる程度には整えた。居間に散らばってた機器類も奥の部屋に押し込んだ。
そして昼過ぎ、インターホンが鳴る。
「はーい……」
ドアを開けた瞬間、まず視界に入ったのは――
「お邪魔しまーす!」
大量のビニール袋を両手に下げた昂太だった。
「なにこれ……」
「もちろん差し入れ! コーラ、ポテチ、チョコ、あとエルコロ!美味しいケーキ屋で買ったやつ!」
「えるころ……?」
「サクサクの塩味パイ生地に甘いカスタードクリームが端までぎっしり詰まった、満足感の高いお菓子と評判です!」
「え? ケーキ屋の回し者? 勉強会だよね?」
「もちろん! ちなみにエルコロはクラスの女子で絶賛ブーム中だから覚えとくように」
昂太の後ろから彩月がひょこっと顔を出す。
「お邪魔しまーす!」
こちらは紙袋ひとつ。
「サンドイッチとホットサンド。朝から作ってきたんだよー」
中から、すごくいい匂いがした。
「……ありがとう……とりあえず二人とも中へどうぞ」
部屋に通すと、二人はきょろきょろと見回す。
「思ったよりちゃんとしてるじゃん」
「普通でしょ」
「一人暮らし男子の部屋って、もっと荒れてるイメージあった」
「失礼だな」
小さな食卓に集まる。
――気づけば。
机の上は、サンドイッチ、ホットサンド、エルコロ、コーラ、スナック菓子で埋まっていた。
参考書やノートが無い。そもそも置く場所が無い。
……無い?
「勉強道具は?」
俺が聞くと、昂太が目を逸らした。
「あれ?」
「……あははー」
彩月も視線を泳がせる。こいつら絶対グルだ!
「んーーっと! 気合は持ってきたよ! がんばろー!」
「気合で解けるなら勉強会いらないよね」
なし崩しで始まる雑談。
学校の話。
先生の愚痴。
テスト後に何するか。
――いつもの空気。その流れで、ふと昂太が言った。
「そういえばさ」
ん?
「前に言ってたゲーム作ってる部屋は別?」
一瞬、言葉に詰まった。
俺は、少しだけ迷ってから言った。
「……奥の部屋」
視線を奥の扉に向ける。
「ちょっと壊れやすそうな精密機器があるから、まとめて押し込んである」
「精密機器?」
彩月が、食べかけのホットサンドを手にしたまま首を傾げた。
「なにそれ、研究者みたいじゃん」
「研究者ではないけど……まぁ、似たようなもんかな。たぶん」
二人して口パクと視線で訴えてくる……何かしら見せないと満足しそうに無い二人。うーん、この二人になら見せてもいいか。
「いま持ってくるよ」
そう言って立ち上がり、奥の部屋へ向かう。
扉を開ける直前、背中に声が飛んできた。
「ねぇ怜汰」
「なに?」
「壊れやすいの? 触っちゃダメな感じ?」
「……絶対触らないで、あと他の人には話さないでね」
「了解でーす」
「言い方軽っ」
扉を開けると、部屋の空気が一変する。
静音処理されたサーバーラック。それでもなお、低く響く機械音。
室温はわずかに高く、配線の束とステータスランプが無秩序に光っている。
モニターの黒い画面に走る文字列。
その横に置かれた、待機状態のホログラム投影機。
「フェリナ」
『はい』
即答だった。
「投影機の場所、移動するね……友達が来てる」
『把握しています。表示形式は、いつものアバターでよろしいですか?』
「お願い」
投影機を抱え、居間へ戻る。
いつもの電源へと接続し、深く息を吐いた。
『準備完了です』
「……よし、起動」
『起動します』
起動音とともに、淡い光が集まり始める。
黒と白の毛並みを持つ猫の姿。
小さく首を傾げ、尻尾をゆらりと揺らした。
一拍の沈黙。
「……」
「……」
「……え」
最初に声を出したのは、彩月だった。
「なにこれ」
次に、昂太。
「……猫?」
フェリナは二人の視線を受け止めるように、静かに告げる。
『はじめまして。私はフェリナ。
怜汰くんが開発したAIです』
数秒の沈黙。
「……はっ!?」
昂太の声が、完全に裏返った。
「可愛い!!」
次の瞬間、彩月が食卓から身を乗り出す。
「なにこれ、尻尾と耳の動きがちょーリアル!」
「ちょっと待って、瞬きした!?」
「うん。実際の猫の動きのデータ、取り込んでるから……」
「やば……撫でたくなる……」
彩月がそっと手を伸ばすと、それを認識したフェリナは、まるで本当に触れられたかのように小さく身をすくめた。
それから、わずかに頭を横へずらし、差し出された指が喉元に当たる位置へと、自分から擦り寄るように動く。
尻尾も、機嫌を示すみたいにゆらりと揺れていた。
――うん。
反応も自然だ。思ったより、ちゃんと猫らしく動いてる。
『触覚フィードバックは搭載していませんが、擬似的な反応は再現しています』
淡々とした説明をするフェリナ。
「え、なに今の……完全に猫じゃん……」
フェリナの動きに戸惑う彩月。
そして次に声を荒げたのは昂太だった。
「待て待て待て、AIって何そのレベル!?
俺が想像してたの、せいぜいスマホの音声アシスタントなんだけど!」
フェリナと俺を交互に見て、頭を抱える。
「ていうかホログラムって何!?
初めて見たし! しかも猫!!」
「……落ち着いて」
「無理!」
フェリナは、そんな二人を前にしても一切動じない。
いつもと変わらない調子で、静かに口を開いた。
『私は、怜汰くんと共に感情へのアプローチと学習を行っているAIです』
彩月と昂太の視線が、一斉にフェリナへ集まる。
「感情の……学習?」
『はい、現在はその学習の一環として、彼と一緒にゲームのシステムを利用して多くのAIの成長を観測しています』
「それは、ゲームなの?」
昂太が、ようやく一語だけ絞り出す。
『現在、怜汰くんが開発しているのは――
ファンタジー世界を舞台にした、オンライン型の仮想世界です』
「仮想世界……?」
昂太が、コーラの缶を持ったまま首を傾げる。
『一般的なゲームのように、明確なクリア条件やゴールは設定されていません。
目的があるとすれば――プレイヤー自身やAIが、何を選び、どう生きるかを観測することです』
「……なんか、思ってたより哲学的じゃない?」
彩月がサンドイッチを持つ手を止めて言った。
『戦うこともできますし、戦わずに暮らすこともできます。強くなることが正解とは限りません。この世界では、何を選ばなかったかも、同じくらい重要な記録になります』
二人は顔を見合わせる。
「え、それ……めっちゃ自由ってこと?」
『はい。ただし――簡単ではありません』
フェリナは淡々と続ける。
『力はすぐには手に入りません。
スキルも、レベルも、用意された正解ルートは存在しません。行動の積み重ねが、その人自身の傾向として世界に記録されます』
「つまり……同じことしても、同じ結果にならない?」
『その通りです』
昂太が、ぽつりと呟いた。
「……それ、ガチでやったら廃人まっしぐらなタイプのやつじゃん」
『このゲームに向いていない方も、確実に存在しますね、自制心が必要になりそうです』
即答だった。
彩月が少し笑って、俺を見る。
「怜汰、こういうの好きそうだもんね。あれこれ考えながらルール決めるの」
「まぁ……そうかも」
否定はしなかった。
『なお』
フェリナが、わずかに間を置く。
『現時点では、この世界への参加者は限定されています。
一般公開は行っていません』
「え、じゃあ俺ら入れない感じ?」
昂太が軽い調子で聞く。
少しだけ考えてから答えた。
「……今は、まだ」
それだけだった。
理由は説明しない。
説明するほど、単純じゃないから。
フェリナも、それ以上踏み込まなかった。
『今出来る説明は、ここまでです』
「そっかぁ……」
彩月は残念そうに言いながらも、どこか納得した顔をしていた。
「でもさ、なんか……
ゲームって言われるより、別世界って言われた方がしっくりくるね」
そう言われ、つい、目を伏せてしまった。
「……たぶん、そういうのが作りたいのかも」
その後、俺は昂太と適当な雑談をし、彩月はフェリナに質問攻めにしていた。
フェリナどんまい。
テーブルの上には、空になりかけたコーラの缶だけが残っている。ゴミが出ればすぐに片づけていたせいか、思ったよりも散らかっていなかった。
教科書や参考書が一冊もないことも、今となっては不思議じゃない。みんな、最初から自由にしていた。
……結局この後も、勉強することなくお開きになった。
勉強会とは一体。




