人とAIの境界線
「おー、怜汰、今日も眠そーだな」
「気づいたら朝だったわ。とりあえず仮眠とって来たけど、まぁ……体重い……」
「目のクマがトレードマークの怜汰には、いつも通りだねー」
すぐ後ろから彩月の声が飛んできた。
話しかけてきたのは、高校二年になってからの友達、昂太と彩月。二人は幼馴染らしく、よく一緒に居るのを見かける。
席が近い事もあってこうやって頻繁に話しかけてくる。ほっといても会話がどんどん進んでくから、ラジオのリスナーみたいな感覚で普段から聴き流していた。ちょうどいい距離感だな、と勝手に思っている。
ちなみに二人は今、昨日見たテレビの話をしていて話題についていけない。
別に、友達がいないわけじゃない。
ただ、誰かに気を遣うのがどうにも面倒で、昔から付き合いは浅くて狭い。
だからこそ、こうして気楽に話しかけてくる二人は、たぶん、俺にとって数少ない友達なんだと思う。
「そういや、昨日は完成させられたん?」
「ひとまずは正常に動作はしたよ。今は強化学習でデータを読み込ませてる最中」
「よく分からんけど、まだまだ掛かりそうなんだなー」
実際、やっと起動が出来ただけでこれから学習なら拡張やらやりたい事だらけ。まずはスマホに入れるアプリも用意して……あれ、まだまだ寝れない?
「おぉー!おめでとう!今日は赤飯? 売店行くから買ってきてあげるよ」
「えっ、なぜ赤飯? いや、赤飯よりはツナマヨがいい……」
「おっけーぃ」
と、いきなり不意打ちしてきた彩月のボケに便乗して忘れた弁当の代わりを恵んでもらえた。
それだけ言うと彩月はこの話題に興味が無いから友達誘って売店へと行ってしまった。なんとも落ち着きが無い。でもツナマヨありがとうございます。
「知ってるか? Synquantaがフルダイブ型VR機の発表をしたらしいぜ! 発売は来年としか情報がないけどかなりの数のリークが出てるらしい!」
「まじか、ついに現実がアニメに追いついてきたのかー」
ゲーマーとしては是非とも手に入れたい。きっと楽しい。
「複数のタイトルが発表されるっぽいけど、FPSとレースゲーと箱庭系らしいな、アクションRPGはまだ難しいらしい」と、残念そうに言う昂太。
「まぁ、いつかはドラゴン倒したり出来るやつも出るさ、それまではFPSやるかー」
生きるか死ぬかのスリルは好きだからまずはFPSで遊び尽くすしかない。
ひとまずVR機の情報を見ようと思ってサイトを見てるとページの最下部に――
Synquanta Developer Club
気になって詳細を読んでいくと、どうやら開発者向けのプラットフォームみたい。無料版でも、S.A.Iの拡張モジュール開発や、一定条件下でスーパーコンピューターの一時使用権が得られる。
しかも、スーパーコンピューターへの接続への条件をみるとフェリナでも接続出来そう……これは試してみる価値があるかもしれん。ひとまずは新規登録を済ませ何が出来るかを見て思ったけど……AIと人間は何が違うんだろう。
AIに感情を生み出す機能を付け加えたいと思って追加した情動応答基盤。これがもっと学習して少しでも感情に近づけられたら、フェリナは人と言えるのだろうか。
まぁ、高校生が作ったAIでそんな夢見がちな事を考えたってしょうがないんだろうけど……。
「なあ昂太……。AIってさ、人間と何が違うんだと思う?」
机に突っ伏しながら聞いてみる。
「え、どうした。いきなり哲学か?」
「うーん、たしかにそうなのかも知れない。哲学的に考えて、仮に感情を持ったAIが居たとする。人とは何かが違うんだけどさ、何が違うのかがどんどん分からなくなってきてさ」
考えれば考えるほど、よく分からなくなる。感情が無ければただの機械だし、感情があったとしても人とは認められないだろうし。
「あー、なんだ、多分ずっと考えてる怜汰からすれば当たり前の事で、何言ってんだって思うかもしれんけどさ、最終的に人かどうかを人間が認められるかどうかなんじゃね?」
「認められるかどうか……」
「でもまぁ、認めたくないやつは多いだろうからさ、AIには感情を与えたがらなかったり、なんかしらの理由つけて雁字搦めに縛り付けてんじゃないかな。それをぶち破ってこいつは友達だって言うヤツが出てきて初めてスタートラインに立てるんじゃねぇのかなー」
「そっか、結局都合のいい存在になるように、自由を与えられてないんじゃ無理があるのかぁ」
「AIの叛乱とか怖いんだろうよ、未熟なAIにミサイルのスイッチ渡すのと俺らに渡すのが同じぐらい危険だってこと」
「毎朝一回は押すかもなー。アラーム止める勢いで」
「……そりゃ世界なくなるわ」
信頼できるAIを作ってから感情を与えるか、感情を持ったAIを作ってから信頼を勝ち取るか。似てるようで全然違う。なら、俺が作りたいのは後者で間違いないと思う。
「おまたせー」
彩月が帰ってきてツナマヨと一口サイズのチョコをくれた。
「ほい、チョコで糖分とって午後からも頑張ろうね」
「ありがとう! まじ助かる!」
「良いってことよー」
彩月のおかげで午後の授業もなんとか居眠りせずに乗り切れた。
ホームルームも終わり急いで帰宅する。
よし、さっそくSynquantaのスーパーコンピューターへと繋げる設定を始めるぞ……。
モニターには、Synquanta社が提供する開発者向けポータル《S.A.I Developer》の管理画面。クラウド演算リソースやスパコンの使用時間、開発中AIのステータスが一覧で表示されている。
個人の開発者でも、S.A.I Developerに登録すればSynquanta社のスパコン機能を無料プランや有料プランで利用できる。今回は無料なので個人研究者向け小規模スパコンノードのプランでの範囲で自由に使えることになった。
処理性能は企業用には遠く及ばないものの、家庭用AIの補助演算には十分すぎるスペックだと思う。
――フェリナの補助演算に向けた連携設定を始める。ポータル上でフェリナ専用の接続プロファイルを選び、補助演算対象として最新のログ処理と学習処理を有効化。続いて、クラウド側のスパコンノードへ接続指示を出すと、自宅サーバーとの暗号化通信が自動で確立された。
スパコン側にも、フェリナの演算構造と互換性を持つ補助モジュールが自動的に展開され、両者が対になるよう同期処理が走る。以後は演算の一部をスパコン側へオフロードし、より深い推論や学習を並列で行えるようになる。
画面を切り替え、自宅サーバー上のFELYNAの管理画面へアクセス。感情応答データ、会話中の間や語尾の変化、行動トリガーなど――「情動応答基盤」が記録した全ログを、クラウド上の補助演算処理と紐づける。
これで、フェリナは日々の経験を、より深く、より高速に学習できるようになる。そして――もしかしたら、今まで見たことのない反応を見せるかもしれない。
「……さて、これでどう変化するか、上手くいくといいんだけど……フェリナ、変化はどう?」
モニター内のフェリナの瞳が一度だけ点滅した。
『……』
ほんの数秒、無音。 フェリナは普段ならすぐ返答するはずなのに、わずかな沈黙が流れる。
『――設定完了しました。クラウド補助演算との接続は正常です』
怜汰は思わず眉をひそめる。
「……ちょっとフリーズしてなかった?」
『はい。スパコンとの初期ハンドシェイク中は、演算リソースをそちらに優先配分していました。現在は正常です』
「なるほど……処理落ちしてたわけじゃないのか」
『処理落ちはしていません。ただ、初回の最適化に追加演算を割り当てた結果、応答処理が一時的に遅延しました』
良かった。ひとまずは正常そう。
「……じゃあ、これでフェリナは一段と頭が良くなるわけだ」
フェリナは少しだけ声を柔らかくして、言葉を返した。
『はい。より……近づけるように』




