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18/30

日常

 昼休みの教室は、期末テスト前特有の空気に包まれていた。

 ざわついているはずなのに、どこか張り詰めている。笑い声や雑談の隙間から、焦りの匂いが滲んでくる。


 机の上にはノートやプリント、単語帳が広げられ、赤ペンとシャープペンが無秩序に転がっている。

 誰もが自由に話しているようで、話題は自然とテスト範囲に収束していった。


「テスト範囲、広すぎじゃない?」


 そう言って頬杖をついたのは昂太だった。

 机に突っ伏したまま、恨み言みたいに天井を睨んでいる。


「今さら気づいたの?」


 隣で彩月が、ため息まじりにプリントをめくる。

 紙の擦れる音が、やけに大きく聞こえた。


「去年まであった中間テストが無くなるなんてありえなくなくなーい?! 今年からは中間と期末をまとめた範囲だなんてさ。先生、本気で殺しにきてるよね」


「ほら、先生も忙しいからさ……」


 昂太が曖昧に言葉を濁す。


「こないだも一人辞めたし」


 二人の会話を、俺は自分の席で聞き流していた。

 聞いてなくなくなーいわけじゃない。ただ、頭の中ではプリントの問題の答えを書きつつ、今週の勉強計画をなぞっている。


「怜汰はどうよ。対策できてる?」


 不意に、昂太がこちらを見た。


「一応。数学と物理と化学は今週で潰すつもり。暗記系は、その後かな」

「え、真面目……」

「それ、褒めてる?」

「褒めてる褒めてる。彩月なんて、昨日までまだまだ余裕って言ってたからな」

「うっさい! 余裕は心の余裕の話だから! いま頑張ってるからきっと赤点は無いはず!」


 軽口を叩き合う二人を見て、少しだけ口元が緩む。

 こういう時間は嫌いじゃない。特別でも、刺激的でもないけど、心地いい。


「そういえばさ」


 彩月がペンを止め、ふと思いついたように視線を上げた。


「怜汰って、恋愛とか興味ないの?」


 唐突すぎる話題転換に、手が止まってしまった。

 シャープペンの先が、ノートの余白に小さな点を残す。


「ちょ、なぜ今それ聞く?」

「いいじゃん。テスト前ってストレスとか色々溜まるから、そういう話になるもんでしょ」

「いや、ならないと思うけど……」


 少し考えてから、俺は正直に答えた。


「ないわけじゃないけど……相手を思ってサプライズ考えたり、気持ちを察したりする未来が想像できないかな。たぶん、愛想尽かされると思う」


「へぇ。そりゃすぐ振られそうね。女の子って、いつだって特別扱いしてほしいもん」

「普段から将来設計とか考えてそうだよな、怜汰は」

「別に。大して考えてないよ」


 実際、目先のことで手一杯だった。

 将来なんて、考える余裕すらない。ただ、今はやることが多すぎる。それだけ。


 少し間を置いて、俺は何気ない調子で口を開いた。


「そういう彩月と昂太は、付き合ってるの?」

 一瞬、教室の音が消えた。


「――は?」


 最初に声を上げたのは昂太だった。

 完全に思考が追いついていない顔で、俺と彩月を交互に見る。


「ちょ、ちょっと待て待て待て!? なんでそうなる!?」


「いや、なんとなく。仲いいし、距離感も近いし」

「近くねぇよ! ただの腐れ縁だ!」

「ん!? 私とだと腐ってるってこと?」


 彩月が即座に食い気味で睨み返す。

「だいたい、なんでそこで私と昂太がセットになるのよ!」

「いや、自然だろ。二人とも誰が見ても明らかに距離近いし」

「それは――」

 彩月が言いかけて、言葉に詰まる。

 

「……それは、昂太が勝手に絡んでくるだけだから」

「は!? お前の方から話振ってくることも多いだろ!」

「それは話題がないからでしょ!」

「それを言うならお前が――」

「ちょ、ちょっと待って」

 二人の言い合いを制するように、俺は手を上げた。


「否定の仕方が、カップルのそれなんだけど」

「「違う!!」」

 声が、ぴったり重なった。

 周囲の視線が、一斉にこちらへ向くのが分かる。

 数人がニヤニヤしながら、露骨に聞き耳を立てていた。


「ほら! 見て! 注目されてるし!」

「誰のせいだよ!?」

「怜汰のせいでしょ!!」

「え、俺かな……」

「急に爆弾投げる方が悪いに決まってるでしょ!」

 彩月は頬を赤くしながら、下敷きで顔を扇ぐ。


「だいたいね、仮に付き合ってたとしても、怜汰に言う義理ないし!」

「ふぅーん、仮に、ね」

「言葉尻取らない!」

 昂太が頭を抱える。


「もういいから! この話終わり! テスト前だよ!?」

「一番動揺してる人が言う台詞じゃないよ、それ」

「うるさい!!」


 二人のやり取りを眺めながら、俺は内心で少しだけ思った。


――ああ、これは。


「……やっぱり付き合ってるんだ」

「だから違うって言ってるでしょ!!」

「その割に否定が必死すぎるんだよなぁ」

「怜汰ぁ……!」

 昂太の声が、半ば悲鳴になっていた。


「その絡み方、女子に嫌われるよ! マジ気をつけなっ」

 彩月が、半分呆れたように、半分本気で言った。


「ご、ごめん」


 反射的に謝ると、彩月は一瞬だけ目を伏せてから、すぐに視線を逸らした。


 その瞬間、チャイムが鳴り響く。


「助かった……」


 昂太が、心の底から安堵した顔をする。


「この話、今後も禁止だからね!」


 彩月が指を突きつけてくる。


「了解」


 短く答えながら、俺は思った。

 やっぱり付き合ってるよね。

 

 



 放課後。

 最寄り駅へ向かう坂道を、一人で歩く。


 制服の上からでも、夕方の冷えがわかる季節になってきた。

 吐く息が、ほんのり白い。


 俺は今、親元を離れて暮らしている。

 理由は単純。高校へ通う都合で一人暮らしを選んだ。それだけの話。

 親は、王都のモチーフとなった富士山の麓に近い場所に住んでいる。


 小さな頃からあの山をずっと見てきた。

 晴れの日も、曇りの日も、雪をかぶった姿も。

 夕陽が雲海の縁でほどけ、音もなく夜へと傾いていく――あの移ろいが、とても綺麗だった。

 空を自由に飛べたらいつだって見られるのにと今でも思う。


 だからだろうか。

 王都の立地を決める時、無意識にあの場所を選んだのは。


 郷愁なんて言うほど大げさじゃない。ただ、馴染みがあるだけ。それだけに大切な場所。


 

 帰宅して、鞄を置く。

 部屋は静かで、生活音は自分の動作だけだった。

 机に向かい、参考書を開く前に――声をかける。


「フェリナ、今話せる?」


『はい。お疲れさまです、怜汰くん』


 落ち着いた声。

 近すぎず、遠すぎない。意図的に調整された距離感。


「テスト勉強するから、しばらくは重要事項だけの報告にして」


『把握しています。その間は、私の方で申請確認と軽微な調整のみ行います』


「助かる」


 画面の向こうで、フェリナは一瞬だけ思案するような間を置いた。


『進捗については――概ね順調です』


「……そっか」


 詳しくは聞かない。

 聞かないと、決めている。


「何かあったら、すぐ言って」


『ええ。その時は』


 短い会話。それで十分だった。


 机に向かい、ペンを取る。

 窓の外は、すっかり夕暮れだ。


 ゲームの世界は今も五十年分の時間が流れている。

 けれど今の俺は、ただの高校二年生。


 期末テストを乗り越えて、また戻る。

 楽しみは、それからでいい。


 今は――

 目の前の問題を、一つずつ解こう。

 

ストックが残り9話になりました。

無くなるまでは毎日2話。

無くなったら極力一日1話を目指します。


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