Lyla Report.015
ゲーム内時間加速進行中……
— Lyla Report.015 —
魔大陸における統一計画は順調に進行中。
私に随行する戦力として、四天王ユニット、ならびにカロディール軍より選抜された精鋭4名、計9名で魔大陸中央部に存在する最古のダンジョン《残響の玉座―エコーズ・スローン―》を攻略中。
当初の計画通り、本ダンジョン最深部に存在するコアを制圧・再起動し、ダンジョンマスター権限を取得することで、魔大陸における新たな統治基盤を確立する予定です。
現在、攻略部隊はダンジョン内部へ進入。下層域である迷宮の攻略を完了し、中層域での調査をしています。
以上、現時点での進捗報告とします。
――ライラ=ノクターン
中層域は異空間なのか空があった。
しかし、いくら時間が経とうとも明けることのない常夜の世界。星の光が広大な森林と山脈を照らしている。空気は、地上とも下層とも違っていた。音がどこか歪んでいる。反響しているはずなのに、届く前に削ぎ落とされるような感覚がある。
私たちは、途中で発見した廃墟の一角で野営を取っていた。
かつては都市だったのだろうか。石柱の残骸が円を描くように並び、床には古い魔法陣の断片が刻まれている。
仲間たちは、それぞれ距離を保って休憩しながら警戒に当たっていた。誰も無駄口を叩けるほどの余裕はなさそう。この階層に入ってから全員が理解していた。
――ここは、甘くない。
ライラは端末を膝の上に置き、レポートを打ち終えたところだった。
送信完了。
その表示を確認してから、深く息を吐く。
「……ふぅ」
整えた文面とは裏腹に、胸の内はざわつきは収まらない。
順調。
進行中。
計画通り。
嘘じゃない、けど……。
地図データを思い返す。中層域は、想定より広い。いや、広いというより——深かった。
山脈のように連なる内部構造。空間が折り重なり、上下の感覚が曖昧になる。そして何より、はっきりと感じる視線。
誰かに見られている。
殺意に満ちていることしか分からない。
ただ、確実に遊ばれている。もしかして、これは私たちに課せられた試練?
ライラは小さく唇を噛んだ。
ダンジョンコア。
《残響の玉座》。
ここは、力を誇示するだけで解決しそうにない。勝てる敵を倒すだけで認められる場所でもない。きっと勝てない敵を、見極める場所。
そして——挑戦者がどう振る舞うかを、試されているかのようだった。
端末を閉じ、膝の上から降ろす。
今日は、ここまで。そう判断しかけた、その時だった。
……音が、止んだ。
いや、正確には違う。
「音がある」という認識そのものが、切り取られた。
次の瞬間。
「――来るぞっ!」
四天王の一人が、低く告げた。
同時に、空気が裂ける。
闇の中から現れたのは、輪郭の定まらない巨影だった。
獣のようで、獣ではない。翼のようなものを持ち、だが羽ばたかないで地上スレスレを疾走する何か。
魔力反応、異常。
数値が安定しない。
観測するたびに、形が変化している。
「迎撃陣形!」
精鋭たちが動く。
だが、初動が遅れた。
速い!
いや——存在そのものが、どこかズレている。
斬撃が、届く前に消える。
魔法が、発動した瞬間に歪められる。
「……っ!」
ライラは即座に理解した。
(これ……倒せる敵じゃない)
攻撃力が足りないからじゃない。そもそも噛み合っていない。この存在は、今の自分たちが戦えるほど生易しい相手ではない。
「後退!」
迷いはなかった。
「全員、第二退路へ!深追い禁止、接触時間を最小限に!」
全員が即応する。指示に従い動線を切り替えた。
敵は追ってくる。
だが、さっきとは違い全力ではない。
まるで——
どこまで粘るかを、見ているようだった。
事前に退路に仕掛けていた迎撃罠が発動し、魔力の爆ぜる音が空間を満たす。
その隙に、ライラたちは距離を取った。
そして、影はそれ以上追ってこなかった。
闇に溶けるように、魔力反応が消える。
残ったのは、荒れた空気と、浅くなった呼吸音だけ。
「……全員、無事?」
短い確認。
返る応答は、肯定のみ。
負傷は軽微。致命傷なし。
それでも、誰も逃げ切れたとは思っていなかった。
胸の奥に残る感覚を確かめる。
恐怖ではない。敗北感でもない。
理解だ。今のはただの挨拶。これからもっと試される予感がする。
力を示せ、ではない。
ただ、判断を誤るな。
それだけを、突きつけられた。
ライラは、ゆっくりと息を整え、夜の闇を見つめた。
「……なるほど」
思わず、小さく笑ってしまう。
優しい試験じゃない。
でも、理不尽でもない。
このダンジョンは、確かに——
次のダンジョンマスターを、選ぼうとしている。
今夜は、ここまでだ。
明日も、進む。
だが、無理はしない。
大事なのは、すべてを力で押し通すことじゃない。
勝てない戦いから、戻ってこられること。
それもまた、大切な資質なのだと胸に刻む。
ダンジョンの奥で、コアは静かに、脈打っていた。
挑戦者を確かめるように。
そして、その奥で――何かが、静かに息を潜めていた。




