種を蒔く時
ここに居ると話が途切れないほどに、次から次へと話題が溢れ出してくる。
レオニスの結婚報告から始まり、女性への接し方の相談を受けた時はフェリナにアドバイスを丸投げした。恋愛経験の無い高校生に聞くようなことじゃないでしょ……。
リュシオーネは普段から森で子供たちや精霊たちと遊んで過ごしているらしい……たまに相談は受けてるらしい?
何聞かれたかはあまり覚えてないみたいだけど大丈夫かな。
バラグレムは、日々武器作りに没頭し、様々な金属を混ぜ合わせては独自の研究を続けていること。それに加えて、最近では配合パターンの研究や反射炉作りを楽しんでいるらしい。当然、王国の事は優秀な補佐官に丸投げした方が上手くいくんだと笑っていた……。
少々気掛かりな部分はあったけど、どれもがみんな積み重ねてきた歳月の証であり、それを楽しそうに話してくれる事が何よりも嬉しかった。
最初のうちは領主館の中だけで過ごしていた。温かな料理と陽気な笑い声、そして共に苦難を乗り越えてきた顔ぶれ。まるで、旧友たちが故郷に帰ってきたかのような、柔らかな時間だった。
実際、これまでのやり取りは、テキスト越しやホログラム越しだけで、こうして会って話す事は出来なかった。
だからこそ、視線を交わし、同じ料理を囲み、沈黙すらも、共に過ごせるこのひと時が、何よりの贅沢だと思える。
何気ない会話、フェリナが差し込む冗談に、リュシオーネが大笑いし、バラグレムが真顔でツッコミを入れる――そんな日常のようなひと時。
そんな折、誰かがぽつりとつぶやいた。
「怜汰にも、もっといろいろ見てもらいたい」と。
――たしかに。
ずっとひきこもっているには、あまりにも勿体無い。俺の手を離れ、みんなが作り上げた世界を見てまわりたい。
これから出掛けようと伝えるとみんなの顔にはどこか子供のような期待の色が浮かんでいる。
ワープポータルを使い、最初に訪れた先はエルフ領。
向かった先はリュシオーネの私室に併設された展望の間だった。窓の外――そこからは幻想的な光景が広がっていた。
天へ向かってそびえる巨大な世界樹。
幹は無数の時間を積み重ねたように太く、深い皺や亀裂が刻まれている。その立ち姿は、写真でしか見たことのない縄文杉を思わせる荘厳さを帯びていた。
思わず小さく息を吐く。
フェリナが参照した地形データの中に、屋久島の森が含まれていたことを思い出す。
まるで縄文杉そのものが異世界の生命として再構築されたかのように、樹皮の質感も、地表を這う根のうねりも、細部まで生きているかのよう。
世界樹の周囲では、無数の精霊が舞っていた。光の粒がひらひらと降り注ぎ、森の奥ではエルフの子供たちが祭りのように跳ね回っている。
新しい命が、この世界に生まれる日を――皆が心待ちにしているようだった。
「この景色を見るたび、自分にも守るべきものがあるんだって、思う」
リュシオーネの言葉に、そっと頷いた。
初めて目覚めたあの日あの時から、彼もまた――確かに歩み続けていたのだ。
続いて訪れたドワーフ王国は「群馬鉄山」をモチーフに、城や城下町を山腹に配置し、山との共存をイメージして設計してある。
ネット上で見つけた古い採掘記録を参考に、ドワーフの王国ならきっとこういう場所が似合うだろうと思って決めた。
ただ、実際に目にすると……いたるところで増改築が繰り返され、建国当初の面影はほとんど残っていない。
山肌に食い込むように伸びる建物や、用途の分からない奇抜な建物がやけに目につく。みんな張り合っているのかな……。
それと、坑道は想定していたよりもはるかに広範囲へと伸びている。
これは――住民であるドワーフたちが、自分たちの手で切り拓いてきた結果なのだろうか。でも、このおかげで高品質な鉱石も出やすくなっているはず。
観光もほどほどに、バラグレムが設計した新たな鍛冶場へと着いた。
炉の熱気と鉄の香りに包まれた地下の工房には、研ぎ澄まされた武具がずらりと並んでいた。
足元には、地熱のせいでじわりと湯気が上がっている。巨大な工房の奥では、何人もの職人たちが鎚を振り下ろし、金属が叩かれる甲高い音が絶えず響いていた。
炉の熱気と鉄の香りに満ちたこの工房こそ――バラグレムにとっての城だった。
「誰かのために打つ剣ってのは、重みが違うんだよ」
バラグレムは、赤く焼けた炉の光に照らされながら、ゆっくりと振り返る。
その手には、俺に渡した魔剣と同じ思想を持ちながら、全く違う理を宿した七振りの剣があった。
「魔剣ってやつぁ、ひと振り作ったら終いじゃねぇ。
七回試し、七回違う結論に辿り着いて……それでも答えが出ねぇもんだ」
七本の剣は、一見よく似ている。
だが、装飾の線一本、封じた魔力の流れ、刃の反応性――
どれも微妙に異なっていた。
七種の可能性そのものだった。
「ぜひ、これをダンジョン攻略で役立てて欲しい」
バラグレムは深い声でそう言い、七本すべてを怜汰に渡した。
剣に触れた瞬間、思わず視線を落とす。
きっとこの魔剣はバラグレムの意思を継ぎ、力を求める純粋な気持ちに応えてくれるんだろうと思う。
七本はそれぞれの希望のために――。
「ありがとう。ライラに全て託すよ」
静かにそう言うと、バラグレムは豪快に笑った。
「いい顔だ。そいつらは持ち主を選ぶ。
どうか、良い主に巡り合わせてやってくれ」
炉の火が揺れ、鉄の匂いが一層濃くなる。
群馬鉄山をモデルにしたこの坑道は、今やドワーフたちの誇りそのものとなり、七振りの魔剣は、やがて魔族たちの未来を支える力となってくれる事を願う。
短い旅の締めくくりとして、俺たちは王都へと向かい、上空へと舞い上がった。
眼下には、幾度も調整を重ねて作り上げた街が広がっている。夕陽に照らされた水路は穏やかにきらめき、人の営みの明かりを受けた石畳が柔らかな光を返していた。市場の喧騒は遠く、魔力灯が静かに照らしている。
「魔力灯、いい感じに馴染んできたね」
「はい。魔力網は安定しています。霊峰からの供給回路も正常稼働中です」
「霊峰のほうは?」
「変化なしです。放出量も平常値。問題ありません」
視線をさらに奥へ。
王都の背後にそびえる霊峰。山肌をなぞるように淡い光の脈が走り、まるで大地そのものが呼吸しているかのようだった。
霊峰はただ存在しているだけ――世界に魔力を満たしているだけだ。
「……やっぱり、この距離感が良いな」
「王都の象徴としても定着していますね。市民からの評価も高いです」
その言葉を受け、怜汰の目にわずかに熱が宿る。
「ここに霊獣であり、ワールドボスでもある強力なユニットを配置しようかと思ってる。霊峰にはやっぱり必須だよね」
「盛り上げる気満々ですね」
「そりゃ、一番大きな山には一番強い敵がいるもんでしょ?」
フェリナは小さく頷き、淡々と返す。
「では、イベント想定の環境ログを記録しておきます。
必要であれば、演出案もいくつか生成しておきますね」
「ありがと。あとで一緒に見よ」
時間も残りわずか。
再び領主館に戻った一行は、静かな夜の中、未来の話に花を咲かせた。今後の発展や魔大陸の未来、そしてこの世界の可能性。
ライラも少しずつ場に慣れ、皆と並んで、笑いながら会話に混ざっている。
フェリナが皆を見渡すようにして、口を開いた。
「本来であれば、あと数回のダイブを重ね、最終検証を行う予定でした。ですが――皆さまの尽力により、想定していた工程はすべて完了しています。これにて、開発段階の一区切りを迎えたと判断いたします。
この世界は、クローズドαからオープンβへ――未来へ進む準備が整いました」
そっと言葉を繋いでいく。
「……みんな、俺とフェリナが次に来るのは、50年後ぐらいになると思う」
頼りになる仲間たちがいるから大丈夫だと信じている。
「その頃には、きっと――今までみんなで蒔いてきた種が芽吹いてると思う。……どんな成長を見せてくれるのか、楽しみで待ちきれないよ」
室内の空気が、ふっと静まり返る。
「……レオニス、もしかしたら、これで最後になるかもしれないね」
そう話す俺に、レオニスは穏やかな微笑みを浮かべて応えた。
「怜汰殿、そんな顔をなさらないでください。
こうしてお会いでき、語り合えたことが――私にとって、何よりの宝です。貴方の志を胸に、私はこの領地を、王都を……そして、この世界を、もっと良きものにしてみせましょう。
次にお会いする時は、私の功績で、きっと貴方を驚かせてみせますよ」
こみ上げる感情をぐっと飲み込み、笑って頷いた。
「……ありがとう、レオニス」
しばしの静寂のあと、皆をゆっくりと見渡しながら言葉を続ける。
「……みんな、ライラを頼んだよ。ライラは無理しないようにね。出来るところまででいいからね、頑張ってごらん」
その言葉に、ライラは小さく頷きながら優しく剣に触れる。緊張の中にも、どこか誇らしげな光がその瞳に宿っていた。
「この世界は、みんなで作った宝物だ。
だからこそ、それを物語として……未来へ伝えていこう」
――みんな、またね。
やがて、怜汰とフェリナの身体が、淡い光に包まれ始める。
見送る者たちの前で、その姿はゆっくりと輪郭を失い――
やがて光の粒となって、静かに消えていった。
それは、彼らにとっての一時の別れであり、 残された者たちが未来へ自らの意思で進むための、静かな一歩だった。
12月26日の深夜、仮想世界は静かに加速を始めた。
刻まれる秒針は三百倍もの速さで動き始め、二か月経つ頃には、五十年分の歴史が積み重ねられていく予定である。




