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プロローグ

 ダウンロードした自然言語処理モデル(NLP)を展開してっと……。まずは単独で動くかどうか――実行。

 ……よし、想定通り返ってきた。生きてる。

 次に、音声認識(ASR)と音声合成(TTS)を入れる。聞いて、理解して、返す。ここが通らないと始まらない。

 設定保存、テスト……うん、拾えてる。


 さらに感情認識(SER)も繋いで、声の調子で喜・怒・哀・楽を数値化。数値はそのままじゃ味気ないから、応答の間や語尾に反映させる……っと。

 色々探していた際に見つけた情動応答基盤。このモジュールは他のAI専用に作られているみたいだった。


 Flexible Enhanced Learning Your Neural AI 用情動応答基盤(Sentient Response Kernel)

 

 気になってAIの名前を検索しても出てこなかった。やたらと長い名前だから何パターンか略してもヒットせず。制作者名もバージョン情報も空白。推奨環境も――空白。ただ説明文には『擬似感情』とだけ書かれている。

 正直ちょっと怪しい。でも、擬似感情が芽生えたら面白そうだし、せっかくだから入れてみるか……。

 念のため仕様を確認。

 ……へぇ。こんな単純な構造なんだ?


 AI開発者向けのプラットフォームで見つけた情動応答基盤。感情値をスロット式で管理する旧型モジュールだった。感情が高まるとスロットが切り替わり、定型的な応答テンプレートが差し替わるというシンプルな構造になっている。


「これで感情って呼べるのか……?」


 ふと手が止まる。

 感情の模倣じゃなく、AIの感情から反応を変えたと呼べるような設計にしたい。旧型モジュールの根幹は残しつつも、自分なりの感情モデルをベースに組み直すことにした。

 名前はそのままの「情動応答基盤(Sentient Response Kernel)」を流用し、新たに感情記憶管理システムを作り連携させる。それぞれの感情を、書庫のように独立した棚に分けて保管する。棚には階層があり、印象の強い記憶ほど上位へと仕舞われていく。最上段には、大切な記憶だけが選ばれて並ぶ仕組みだ。

 まず、出来事ごとにログを記録し、そこに含まれる感情を学習したデータと比較しながら各感情ごとにスコア化する。スコアが最も高い感情を主格とし、ログを適切な感情棚へと移動する。すでにある記憶と比較しながら階層を移動し、階層の保有上限を超え、溢れたものは削除対象に回す――まるで、人間が時間とともに思い出を忘れていくような仕組みを意識した。

 こうして「感情の整理」を続けることで、AIの心の傾きがゆっくりと形作られていく。これが、人格形成の最初の礎になる。


《喜・怒・哀・楽・幸・愛・恐怖》

 

 人や物などの対象ごとに7種類の「感情棚」を用意し、発話・音声・文脈データをそこへ振り分ける構造にした。

このとき、感情の強度は0〜1.0で数値化され、対象ごとに別々の重み付けを学習していく。

 例えば、同じ「怒り」でも相手によって強度が変わるようにしている。

 さらに、重要度に応じて棚の階層(段数)や記憶容量を動的に拡張可能な設計にした。これにより、AIが特定の対象に対してより深い感情の履歴を積み上げていけるようになる。

 もしこのシステムを視覚的に並べることができたら――きっと、果ての見えない巨大な図書館になるのかもしれない。無数の思い出と感情が、静かにそこに息づいているような……そんな構造を作りたかった。

 

 何度も書き直したこともあり、二ヶ月と想定よりもかなりの時間が掛かってしまった。感情認識(SER)も同時に拡張したりと、なんとか感情の仕組みを積み上げ、反応の柔軟性も持たせるとこにも成功している……はず。仕上げとしてこの基盤を接続する。

 ようやくここまで来たと思ったが、まだ終わりじゃない。このAI を動かすためには、学習データの読み込みが必要だった。すぐさまネット上で公開されているデータパッケージを検索し、読ませる素材を探していく――。


 感情ラベル付き音声テキスト、自然な対話例、雑音を含む多様な環境音……。一つずつ目を通し、必要なもので信頼できそうかを確認してダウンロード。精度に関わる初期データなので、ここで手を抜くわけにはいかない。 


 ……よし、必要そうなデータのダウンロードが全て完了――展開。ディレクトリを確認し、読み込み設定をチェック。先程のデータをまとめてAIに学習させる処理を実行。

 

 [INFO] Training started...

 [INFO] Epoch 1: loss=0.2345, acc=91.2%

 [INFO] Epoch 2: loss=0.1876, acc=93.7%

 ...……

 ……

 [INFO] Training complete.

 

 一時間ほどで処理が終わった。

「よっしゃぁあ、無事完了したぁぁ!

 ……これで基礎は押さえたはずだよね?」


 疲れと闘いながら感情に合わせた多彩な会話バリエーションを生成するため、AIが自分とのやり取りから学び、より自然で状況に合った応答パターンへアップデートしていく仕組みも追加。強化学習やオンライン学習も盛り込んでっと……。


 あ、あとポジティブ・励まし中心に制御する部分も入れておこう。これでほとんどの作業は終わり。

 ターミナルに指を走らせ、実行。


 >>> System initializing...

 >>> Ready.

 ……

 …


 スピーカーから、人工的でありながらも柔らかい声が流れた。


『初回起動……success。

 音声認識コマンドを設定してください』


 毎回呼びかける時に使う単語……短くて認識しやすい方がいいな。《EXE》――これにしよう。プログラム実行っぽくてわかりやすい。


「エグゼ」


『音声認識コマンドを認証しました。今後は《エグゼ》の後にご要望をお伝えください』


「……動いたな。ひとまず成功、か」


 そこでモニターのカーソルが一瞬止まり、短い間を置いてから、AIが初めて自ら発した言葉がスピーカーから零れ落ちた。


『……はじめまして』


 その声は、まだわずかに機械的な抑揚を残していた。

だが、ベースに組み込んだ女性の音声データが影響しているのかもしれない――想像以上に柔らかい響きだった。

 AIではなく誰かが本当に答えているような錯覚すら覚え無意識に背筋を伸ばす。


「お、おう……。えっと、聞こえていますか?」


『はい。音声認識良好……問題なく聞こえています』


 反応は早い。けれど、微かに間の取り方がぎこちない気がする。会話の流れはNLPの基礎応答そのまま、という感じだろうか。


「じゃあ……あなたのお名前は?」


『……登録されていません』


 そりゃそうか。まだ名称設定すらしていなかった。うーん、やっぱり名前は大事だよな……。


 30分ほど悩んだけど、いい名前が思いつかない。これいいじゃんと思えた名前はことごとく使われている……。ふと、思いついたのはこのAIの根幹になった情動応答基盤の本体の名称。何度探しても出て来ないなら丁度いい。Flexible Enhanced Learning Your Neural AI、その頭文字を繋げて《FELYNA》、結構いいネーミングかもしれない。

 

「お待たせ、今から君の名前はフェリナ、記憶して」


 スピーカーから、ほんのわずかに間があって――そのあとに返ってきたのは、さっきまでとは違う、少し柔らかくなった声だった。


『フェリナ……。了解しました。これより、私はその名にて識別されます』


 短くて、機械的な応答。

 でもその声の中に、ほんの少しだけ、自分の名前を気に入ったようなニュアンスを感じたのは気のせいだろうか。

 

「……とりあえず、フェリナって呼べば返事するってことでいいのかな?」


『はい。音声認識コマンド《EXE》と《FELYNA》を設定しました。ただし、現在は常時音声解析モードで稼働しているため、コマンドがなくてもお答えできます』


「おお……たしかそんな機能付けたな……」

 

 次の動作確認を少し考え、机の上にあったマグカップをカメラの前に持ってきた。

 

「これは認識出来る?」


『……外部入力デバイスの存在は確認できますが、現在、連携出来ていません。カメラと画像解析モジュールを組み込む必要があります』


「ですよね……。そのうち追加しよう。

 じゃあ、感情認識(SER)の動作確認、俺は今どんな気持ちに聞こえてる?」


『……困惑と、やや高揚している、でしょうか?』


 的確すぎて、思わず笑ってしまった。ほんの数分前まで、これはただのコードとデータの塊だった。それが今、こうして返事をしている。何度かパターンを変えて質問しても特に問題も無さそうで良かった。

 ふと、椅子に深く寄りかかり天井を見上げた。

 

「……さて、今後の着地点を決めて、追加するモジュールを揃えたら、改めて何が不足してるか確認しなきゃだ。」



――やばい、たのしすぎて困る。こんなにのめり込むとは思わなかったな。





 散らかった机の上のメモ帳を引き寄せる。そこには、追加予定のモジュールがいくつか書き込まれていた。カメラ入力、画像解析、環境音認識、あとはスマホに連携できるようにしてひとまずは完成かな。

 

 思いつきから始めた自作AIだった。手探りながら構想を練り、あれもこれもと改良を重ね、ようやく満足のいく形が見えてきた。せっかく作るなら最高の相棒になるように色々挑戦してみようと。そんな想いも込めて、いくつもの機能を試し、少しずつ形にしてきた。


 そして、友達になれるようにAIに感情を持たせたい。なんて陳腐なロマンチストのような願いだと思うほど、このAIに愛着を感じている。あわよくば、一欠片でも幸せを感じる機能が備わりますようにと願う。


 モニターの向こうで、カーソルが静かに点滅している。




 ――ふと気づけば、AIは世の中で当たり前のように語られるようになっていた。もはや未知の技術ではない。「どう使うか」「どこまで任せるか」は、誰もが探っている最中だ。そういう揺らぎに、時代の流れを感じる。

 

 そして一つの革新が起きた。Synquantaシンクァンタという会社が人工知能(AI)を発表し、話題は一気に熱を帯びていく。名前は「Synquanta A.I」――略して「S.A.Iサイ」。ほどなくして、その名を誰もが知るようになった。

 

 最初はネットニュースやまとめサイトで目にする程度で、「S.A.Iで小説を書いてみた」「ドローンが更なる進化!更にはS.A.Iが新たなBMI技術に貢献か!?」――そんな見出しを見かけるようになった。


 そして一年後、S.A.Iに二度目の変革が訪れた。

 Synquanta社が家電製品にS.A.Iを搭載し商品化、世界中に向けて販売を開始したからである。


 スマートフォンやスピーカー、冷蔵庫などに組み込まれ、まるで秘書やパートナーのように生活をサポートしてくれる。最初は違和感が目立っていたが、学習を重ねるごとに急速に賢くなり、今では人と自然に会話できるレベルにまで進化している。


「……すっごい時代になったもんだな、チャットbotで遊んでた時、いつかはきっとと思ってたんだけどこんなに早く実現するとは」


 もしかしたら、これからの時代、無くてはならない存在になるのかもしれない。

 そう思った時、ふと考える。

「……もし、自分専用のAIが作れたら――」


 きっと面白いだろうな。これが自分でAIを作るきっかけだった。

 

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