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【短編小説】The HANDapart

掲載日:2025/12/16

 四方天 月月火水木金金(よもこすも うみのおとこのろ・まん)は地溝油ラーメンを食べてゲボを吐くと、すっかりと気分が良くなった。

 やはり落ち込んだ時は食べて吐くに限る。

 垢茶色い胃液を吐き捨てると、花壇の陰から野良の陸ウミウシが出てきてチロチロと舐めていた。

 最近はすっかり見なくなった野良の陸ウミウシだが、池袋や新宿の物陰から時おり出てきては、こうやって尿だとか人糞だとか唾を舐めている。


 ろ・まんが女子高生の頭皮フレーバーの煙草に火をつけて花壇に腰掛けると、目の前を一組の親子が通りかかった。

 幼児を抱いた母親と、その幼児より少し年上の少女がいた。その少女の隣を、おそらく彼女たちの兄であろう少年が歩いている。

 少女は泣きながら母親と手を繋いで歩きたいと要求していたが、幼児を抱えた母親には不可能だった。

 兄らしき少年が優しく声をかけながら手を伸ばしたが、少女は少年の手を払いのけるといっそう大きな声で泣いた。

 母親はやれやれとため息をつくと、背中から二組の腕を生やした。

「顔も増えちゃうから、あんまりさせないでよね」

 と言いながら、増えた手で子どもたちと手を繋いで仲良く歩いていった。

 ろ・まんが吐いた胃液を舐めていた陸ウミウシは踏みつぶされて死んでいた。


 手を繋ぐ、と言えば少し前にも似たような光景をみたのをろ・まんは思い出した。

 何日か前にバスに乗っていると、窓から父親と3人の少女たちが見えたのだ。

 長女と思われる少女がインラインスケートを履いて遊んでいる。見るからに新品のそれはきっと誕生日プレゼントなのだろう。

 不慣れなスケート靴を履いて不安定な足取りでアスファルトの上を行く姿はとても良かった。

 何より良かったのは、少女が父親と手をつなぎ、もう片方の手は妹の一人と繋いでいたことだ。

 父親も別の手を妹と手を繋いでおり、父親と姉妹が手をつないで横一列に並ぶ姿は、日曜日の昼下がりに見る光景としてはとても美しかった。

 幸福、と言うタイトルで額縁に入れて飾っておいても良いくらいだとろ・まんは思った。

 こんな素晴らしい光はレンブラントにだって描けやしない。

 きっとその少女には楽しい一日として記憶に長く残るのだろうし、父親にとっても今後訪れる受難の日々を乗り越えるのに十分な幸福として刻まれているに違いない。

 手は繋ぐ方がいい。


 でもろ・まんには苦い思い出があった。

 それは20年前の寒い冬の日だった。



 友人の家で鍋をつついていた時に酒が切れて買い出しに出た時のことだ。

 好きだった女の子と2人で買い出しに行くことになったろ・まんは浮き足立っていたが、つとめて冷静を装っていた。

 友人宅のアパートから外に出ると、電柱に掛けられた街灯が眩しく、吐く息は照らされて青銀色に光っている様に見えた。

 金属の階段を下りて煙草に火を点けると、後から降りてきた彼女が横に立って「また煙草吸ってる」と言って笑った。

 歯についたネギすら可愛かったし、ろ・まんは動揺していた。軽く勃起していたかも知れない。



 彼女は袖から少しだけ出した手を白い息で温めていた。

 煙草を咥えたまま歩き出した袖を女が掴んだ。

「歩くの、速いよ」

 ろ・まんは危うく射精するところだったが素数を数えてどうにか耐えた。

 そして振り向きもせずにその手を握り返した。正しくは、彼女の方を見る勇気が無かっただけなのだけど。

 しかしその精一杯の勇気は無惨にも打ち砕かれた。

「違う、そういう事じゃないの」

 彼女はそう言った。

 途端に彼女の前歯についたネギが憎くなった。

 人間に手なんてなければ良かったのだ。

 手があるから繋ぎたくなるし、繋げないから悲しく苦しい思いをする。




 その飲み会の翌朝、始発で帰る彼女は反対側のホームに立っていて、地下鉄の柱から一瞬だけろ・まんを探す様な顔をしていたが、もう手は届かないのだと思って、ろ・まんは泣いた。

 そんな事を何年かぶりに思い出した。

 お前は忘れているだろうけどな、と懐にいれた女の手に語りかけたろ・まんは吸い殻を投げ捨てて花壇から立ち去った。

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