第9話 学園のアイドル(物理)と、魔女のスープ
「アリス様! どうか僕の宿題を見てください!」
「いいえ、アリス様! 私の魔道具の調整をお願いしますわ!」
Sクラスの教室。
私の机の周りには、人だかりができていた。
あの日、山を一つ消し飛ばしてからというもの、私への評価は「生意気な平民」から「崇拝すべき怪物」へと180度変わっていた。
「えー……面倒くさいなぁ」
私は頬杖をつきながら、差し出された羊皮紙(魔法数式の宿題)をチラリと見た。
複雑な魔法陣が書かれているが、私にとっては小学生の算数レベルだ。
「ここ、術式構成が間違ってるよ。『並列処理』のコード……じゃなくて、回路がループしてるから、このままだと発動した瞬間に杖が爆発するね」
「ひえっ!? ば、爆発!?」
「あと、こっちの魔道具は出力リミッターが外れてる。直してあげるから貸して」
私はシステム権限で『Quick_Fix(簡易修復)』を実行。
ポン、と軽く叩くだけで、魔道具は完璧な状態に調整された。
「す、すげぇ……! 一瞬で直った!」
「ありがとうございますアリス様! 一生ついて行きます!」
クラスメートたちが目を輝かせて私を拝む。
どうやら私は、無意識のうちにこのクラスの『裏番長』になってしまったらしい。
まあ、お菓子を貢いでくれるし、便利だからいいか。
「アリス君、ちょっといいかね?」
そこへ、担任の先生が青い顔で入ってきた。
「はーい」
「……また学長室から呼び出しだ。今度は、昨日君が『遊び』で作ったという『永久機関ゴーレム』について、国王陛下が詳しく聞きたいそうでな……」
「あー……あれ、捨てといてって言ったのに」
私は肩をすくめた。
目立たないように生きる計画は、どうやら完全に破綻しているようだ。
◇
一方その頃。
森の奥深く、不気味なツタに覆われた小屋にて。
「う……うぅ……」
レオンは激しい頭痛と共に目を覚ました。
身体が重い。手足に力が入らない。
目を開けると、そこは薄暗い部屋だった。天井からは怪しげな乾燥ハーブや、得体の知れない動物の骨がぶら下がっている。
「気がついたかい?」
大鍋をかき混ぜていた老婆――魔女が、振り返ってニタリと笑った。
「ここは……俺たちは……」
「お前さんたちは、私の特製スープを飲んで倒れたんだよ。滋養強壮にはいいんだが、少々『副作用』があってねぇ」
レオンは隣を見た。
そこには、同じようにぐったりとしたマリアがいた。
しかし、彼女の様子がおかしい。
「あ……うぅ……レオン様ぁ……」
「マリア!?」
マリアの肌は土気色になり、額には小さな『角』のようなものが生えかけていた。
「な、なんだこれは! 何をした!」
「ヒッヒッヒ、ただの実験さ。『人間を魔族化させる薬』の研究をしていてね。勇者の血なら、適合すると思ったんだが」
魔女はスプーンについた緑色の液体を舐めた。
「お前さんは適合率が高いようだねぇ。マリアとかいう娘は、ちょっと失敗作かもしれないが」
「ふざけるな! 俺を誰だと思っている! Sランク勇者だぞ!」
レオンは立ち上がろうとしたが、足がもつれて転倒した。
身体中の魔力が暴走し、血管がドクドクと脈打っている。
「離せ! ここから出せ!」
「無駄だよ。この小屋には強力な結界が張ってある。外には出られないし、誰も助けには来ない」
魔女はレオンの顎を杖でクイッと持ち上げた。
「さあ、第二段階の実験を始めようか。お前さんが完全な『合成魔獣』になれるかどうか、楽しみだねぇ」
「やめろ……やめてくれぇえええ!」
レオンの絶叫が小屋に響く。
しかし、その声は結界に阻まれ、森の外には届かない。
かつて自分たちがアリスを追放したように、今度は自分たちが世界から切り離された場所で、絶望を味わう番だった。
◇
「……ん?」
国王陛下との謁見を終え、豪華な馬車でアカデミーに戻る途中。
私はふと、システムウィンドウの片隅に小さなエラーログを見つけた。
『Warning: 監視対象[Leon]の種族データに改変の兆候あり(Human → Unknown)』
おや?
種族が変わる? 人間を辞めるってこと?
「まあ、いいか」
私は興味なさげにウィンドウを閉じた。
彼が人間だろうが魔物になろうが、私には関係ない。
それより今は、陛下から貰った『最高級メロン』をどうやって食べるかの方が重要だ。
「半分はそのまま食べて、残りはメロンソーダにしよっと」
私は鼻歌を歌いながら、平和な日常を満喫するのだった。




