第8話 炎の矢(核ミサイル)と、森の遭難者
「それじゃあアリスちゃん、今日から君はこの『Sクラス』だ」
翌日。私は学長に連れられ、アカデミーの教室にいた。
Sクラス。それは貴族の子女や、特に魔力が高い生徒が集まるエリート集団だ。
教室に入ると、十数人の視線が一斉に私に突き刺さった。
「……子供?」
「なんでこんなガキがSクラスに?」
「平民の服じゃないか。学長の隠し子か?」
ヒソヒソと陰口が聞こえる。
まあ、10歳の平民がいきなり特待生として入ってきたら、そうなるよね。
私は気にせず、一番後ろの席に座った。
「静かに! 今日の授業は『的当て』だ。演習場へ移動するぞ」
担当教師の合図で、私たちは屋外の演習場へと移動した。
そこには、50メートル先に魔法耐性のあるカカシが並んでいた。
「では、順番に初級魔法《ファイア・アロー(炎の矢)》を放て。威力と精度を見る」
生徒たちが次々と魔法を放つ。
ボッ、という音と共に小さな炎の矢が飛び、カカシに当たって焦げ跡を作る。
「おお、さすが公爵令息だ」「いい筋をしている」と先生が褒める。
(ふーん、あんなもんか)
私はあくびを噛み殺した。勇者パーティでは、マリアの魔法(私が威力200倍に改造済み)を見慣れていたから、彼らの魔法が花火以下に見える。
「次、転入生のアリス!」
私の番が来た。
周囲から「あいつ魔法使えるのか?」「杖も持ってないぞ」と嘲笑う声が聞こえる。
私は手ぶらで前に出た。
「《ファイア・アロー》だね。了解」
私はカカシを指差し、小声でコマンドを呟く。
『Spell: Fire_Arrow / Target: Dummy_01 / Output: Normal(通常)』
……っと、危ない。
私の『通常』の基準は、対・魔王用設定のままだった。
慌てて修正しようとしたが、指が滑ってエンターキーを押しちゃった。
――ズドンッ!!!!!
私の指先から放たれたのは、矢ではない。
極太のレーザービームのような紅蓮の熱線だった。
それはカカシを一瞬で蒸発させ、さらに後ろにあった演習場の防壁を貫通し、遥か彼方の山肌に着弾した。
ドオオオオオーン……!
遅れて響く爆発音。遠くの山からキノコ雲のような噴煙が上がる。
「……あ」
演習場が静まり返った。
先生も、生徒たちも、口をあんぐりと開けて固まっている。
「……て、手元が狂っちゃいました。テヘッ☆」
私はコツンと自分の頭を叩いて誤魔化した。
沈黙の中、誰かが震える声で呟いた。
「……ファイア・アローって、戦略級魔法だったっけ?」
その日から、私のあだ名は『殲滅の幼女』になった。可愛くない。
◇
一方その頃。
アリスが誤爆した山の、さらに奥深くの森にて。
「ひぃいいっ! な、なんだ今の揺れは!?」
レオンは地面にしがみついて怯えていた。
遠くで起きた謎の爆発により、地面が激しく揺れたのだ。
「レオン様ぁ……もう嫌ですぅ……お家帰りたいぃ……」
マリアは泥まみれで泣いていた。
二人は『裏街道』を進んでいたが、地図もコンパスもないため、完全に遭難していた。
服はイバラで破れ、顔は虫刺されで腫れ上がり、かつての美男美女の面影はない。
「くそっ……なんでオークどもがこんなに強いんだ!?」
彼らは道中で遭遇した下級オークの群れに敗走し、ここまで逃げてきたのだ。
本来なら一撃で倒せる相手。しかし、今のレオンの剣はオークの皮すら貫けず、マリアの魔法は焚き火程度の火力しかない。
「水……水はないのか……」
「ありませんわ……川の水はお腹を壊しますし……」
極限状態の二人。
その時、茂みがガサリと揺れた。
「ひっ! 魔物!?」
レオンが怯えて剣を構える。
しかし、出てきたのは魔物ではなかった。
古びたローブを纏った、怪しげな老婆だった。
「ヒッヒッヒ……迷い人かね? こんな深き森で」
「ば、婆さん……助けてくれ! 俺たちは勇者だ! 街へ案内してくれたら金は払う!」
レオンは必死に懇願した。
老婆はニタリと笑い、濁った瞳で二人を見回した。
「勇者……? ほう、それはいい『素材』になりそうだねぇ」
「え?」
「安心おし。私の小屋へ案内してやろう。……とびきりのスープをご馳走してやるよ」
老婆の背後には、不気味な紫色の霧が漂っていた。
通常の判断力があれば、絶対について行ってはいけない相手だ。
しかし、空腹と疲労で判断力が鈍った二人は、その誘いに乗ってしまった。
「あ、ありがとうございます! ああ、神は我々を見捨てていなかった!」
神ではない。
彼らがついて行ったのは、『森の魔女』と呼ばれる、禁忌の実験を行う指名手配犯だったのだが――それを知るのは、もう少し後のことである。




