第6話 天才幼女(演技)と、泥沼の勇者
「おじちゃん、だあれ?」
私は小首を傾げ、上目遣いで紳士を見つめた。
年齢設定10歳とはいえ、中身は元社畜SE。この程度の「無知な子供」の演技など朝飯前だ。
目の前の紳士――王立魔導アカデミーの学長と名乗った男は、私の愛らしい(自画自賛)姿に一瞬怯んだようだったが、すぐに興奮した様子で詰め寄ってきた。
「お、おお! 可愛らしいお嬢さんだ。私はアルフレッドという。君、ここに住んでいるのかね? 一人で?」
「うん。お父さんとお母さんはいないの。昨日、ここを買ったんだよ」
「買った!? この幽霊屋敷を!?」
アルフレッド学長は驚愕に目を見開いた。
それもそうだ。10歳の子供が、こんな一等地にある屋敷を即金で買うなんて異常だ。
「それで、この屋敷の……その、清浄な空気は、君がやったのかね?」
「ううん、分かんない。お掃除したら、キラキラ~ってなったの!」
私は両手を広げて無邪気に笑う。
『システムコマンドによるデータ消去』を『お掃除』と言い換える、高度な情報隠蔽テクニックだ。
「お掃除……? まさか、無詠唱かつ無自覚に、最高位の浄化魔法を行使したとでも……!?」
学長は勝手に深読みし、戦慄している。
しめしめ。このまま「才能はあるけど自覚がない天才児」というポジションを確立すれば、アカデミーの保護を受けられるかもしれない。勇者たちから身を守る盾としては最高だ。
「ねえおじちゃん、このお家、凄いの?」
「凄いなんてものではない! これは歴史的発見だ! ……ゴホン。お嬢さん、もし良ければ、一度私のアカデミーに遊びに来ないかね? 美味しいお菓子もあるぞ」
「お菓子! 行くー!」
チョロい。
私は満面の笑みで頷いた。
これで『王立魔導アカデミー学長』という強力なコネクションを手に入れた。
◇
一方その頃、冒険者ギルドにて。
「おい、いつまで待たせるんだ!」
レオンは受付カウンターを拳で叩いていた。
アリスが見つからない苛立ちと、金がない焦り。彼は手っ取り早く稼ぐため、ギルドマスターに直談判して『高額な指名依頼』を回してもらおうとしていたのだ。
「ですからレオン様、ギルドマスターは今、会議中でして……」
「俺はSランクだぞ! 優先されるべきだろ!」
その時、奥の部屋から恰幅の良い男が出てきた。ギルドマスターだ。
レオンはパッと表情を明るくし、媚びへつらうような笑顔を作って駆け寄った。
「おお、ギルマス! 探しましたよ。実はちょっと、割の良い依頼を回してほしくてですね……」
「……レオン君か」
ギルドマスターは冷ややかな目でレオンを見下ろした。
以前なら「おお、我が街の英雄!」と歓迎してくれたはずの相手だ。しかし今の目は、汚物を見るような目だった。
「君に回せる依頼はないよ。むしろ、君には『ランク降格審査』への出頭命令が出ている」
「は……?」
「先日のドラゴン討伐、あれは酷かったな。後続部隊が確認したが、ドラゴンの死体はズタズタで素材価値ゼロ。周辺の森は焼き払われて大損害。……今まで君の『担当者』が上手く書類を処理してくれていたようだが、彼女がいなくなってから、君の粗が目立ちすぎている」
担当者。
それはつまり、アリスが夜な夜な偽造(修正)していた報告書のことだ。
「な、何を……俺は正当な戦いをしただけで!」
「言い訳は聞かん。借金の返済が終わるまで、君のランクはF……いや、研修生扱いだ。まずはドブさらいからやり直したまえ」
ギルドマスターは無慈悲に宣告し、背を向けた。
「ドブさらい……? 俺が……?」
Sランクの頂点にいた自分が、一番下の汚れ仕事をさせられる。
その屈辱に、レオンの顔が真っ赤に染まる。
「ふざけるな! 誰がそんなことやるか! 行くぞマリア!」
「えっ、でもお金が……」
「うるさい! 別の街へ行くぞ! こんな見る目のない街、こっちから願い下げだ!」
レオンは捨て台詞を吐き、ギルドを飛び出した。
しかし彼らは知らない。
借金がある状態で街を出ようとすれば、それは『夜逃げ』とみなされ、即座に犯罪者リスト(ブラックリスト)に載ることを。
そして、そのブラックリストの管理システムもまた、アリスの手の中にあることを。
◇
「……ん?」
学長の馬車に揺られながら、私は空中に浮かぶ小さなウィンドウに気づいた。
『Warning: 監視対象[Leon]が返済義務を放棄し、エリア外へ移動しようとしています』
『Execute: 指名手配(Wanted)登録しますか? Y/N』
あらら。
せっかく放っておいてあげたのに、自ら破滅へのアクセルを踏み込むなんて。
私は学長にバレないように、そっと指先を動かした。
ポチッとな。
『Accepted. 全国の検問所および賞金稼ぎギルドへ通知を送信しました』
「ふふっ」
「おや、どうしたんだい?」
「ううん、なんでもないの。今日のお菓子、楽しみだなーって」
私は無邪気に笑った。
これで勇者たちは、魔物だけでなく、人間社会からも追われる身となった。
さようなら、レオン様。せいぜい逃げ回ってね。




