第5話 マイホームと、招かれざる客
王都の北区画、貴族街の一角。
そこに建っていたはずの不気味な廃屋は、一夜にして姿を変えていた。
「……うん、いい感じ」
目の前にあるのは、白い壁と青い屋根が可愛らしい、二階建ての一軒家。
外見は周りの景観に合わせて洋風にしているけれど、中身は完全に私の趣味だ。
私はシステム権限で作った『生体認証キー』で扉を開け、中に入った。
そこには、広々としたリビング、ふかふかのソファ、そして壁一面の本棚が広がっていた。
床はヒノキの無垢材(自動清掃機能付き)。空調は『室温調整魔法』で常に24度に保たれている。
「ただいまー! ……って、誰もいないけど」
私はリュックを放り出し、ソファにダイブした。
ボフッ、と柔らかいクッションが私を受け止める。
「あー……幸せ」
勇者パーティ時代は、石の床か土の上で寝るのが当たり前だった。雨漏りするテントで、寒さに震えながらマリアのいびきを聞く夜はもう来ないのだ。
私はゴロゴロと転がりながら、天井に向かって指を振る。
「『Summon: Servant_Golem (家事用ゴーレム召喚)』」
ポロン、という音と共に、床から小さな人形のようなゴーレムが二体現れた。
丸っこいフォルムで、エプロンをしている。
「お風呂の準備と、明日の朝食の下ごしらえをお願い」
『ピピッ! リョウカイ!』
ゴーレムたちがテキパキと動き出すのを眺めながら、私はうとうとし始めた。
この世界に来て10年。初めて、心から安心して眠れる夜が来たのだ。
◇
翌朝。
王都の冒険者ギルド前は、朝から異様な殺気に包まれていた。
「おい! 銀髪のガキを見なかったか!?」
「背中にデカいリュックを背負った、貧相な女だ! 見つけたら金貨をやるぞ!」
充血した目で通行人に詰め寄っているのは、勇者レオンだった。
隣のマリアも、ボサボサの髪を隠すためにフードを深く被り、キョロキョロと周囲を探っている。
昨晩、硬い黒パンと格闘し、ノミのいるベッドで一睡もできなかった二人の顔色は最悪だった。
「ひっ、知りませんよ!」
「ちっ、使えねぇな!」
レオンは通行人を突き飛ばした。
彼らの中では、既に物語が書き換わっていた。
『アリスが我々の財産と装備を盗んで逃走した』という冤罪ストーリーに。そう信じ込まなければ、今の惨めな現状に耐えられなかったのだ。
「レオン様ぁ、ギルドの受付で聞きましょうよぉ。あの子、きっと新しい依頼を受けに来ますわ」
「そうだな。待ち伏せだ」
二人はギルドに入り、入り口が見える席を陣取った。
本来ならSランク冒険者が座るような特等席ではないが、今の彼らに遠慮する余裕はない。
しかし――待てど暮らせど、アリスは現れない。
「……来ねぇな」
「お腹空きました……」
昼になり、夕方になっても、アリスの姿はなかった。
それもそのはず。
今のアリスは、昨日の月光草マネーでお金に困っていないため、わざわざギルドで安い依頼を受ける必要がないのだ。
「くそっ! どこに行きやがった!」
「もしかして、もう王都を出て行ったんじゃ……」
「逃がすかよ! 俺の金を返してもらうまでは、地の果てまで追いかけてやる!」
ドン! と机を叩くレオン。
その時、ギルドの掲示板更新スタッフが、新しい貼り紙を壁に貼った。
『緊急クエスト:下水道の浄化現象について調査求む』
『報酬:金貨50枚』
「ん? なんだこれは」
「下水道が、一夜にして清流になったそうですわ。原因不明の怪現象だとか」
レオンは鼻で笑った。
「くだらねぇ。そんなことよりアリスだ。……おい、そこのお前! 情報屋か? あのガキの居場所を探せ!」
レオンは偶然、自分の足元で行われている「大規模な改変」を見過ごした。
もし彼がもう少し賢ければ、「一夜にして環境を変えるほどの魔法使い」が近くにいることに気づき、それがアリスの仕業だと勘付いたかもしれない。
しかし、無能になった彼にそんな洞察力は残っていなかった。
◇
「ふあぁ……よく寝た」
昼過ぎ。私は自宅のベッドで目を覚ました。
窓から差し込む柔らかな日差し。小鳥のさえずり。
ゴーレムが焼いてくれたフレンチトーストの甘い香りが漂ってくる。
「さて、今日は何をしようかな」
私はパジャマのまま伸びをした。
ギルドには行かない。面倒くさいし、勇者たちと鉢合わせするリスクもある。
今はまず、この快適な生活基盤を盤石にすることが先決だ。
「お庭に家庭菜園でも作ろうかな。システム権限で『成長速度100倍』にすれば、夕飯にはトマトが食べられるし」
私は着替えて、庭に出た。
そこはまだ手入れされていない雑草だらけの土地だったが、私の目には宝の山に見えた。
「『Edit Mode: Garden』。雑草削除。土壌改良、肥料レベルMAX」
一瞬で黒々とした肥沃な土が広がる。
私はそこに、市場で買っておいた種をパラパラと蒔いた。
その時だった。
屋敷の門の前に、一台の豪華な馬車が止まったのは。
「……ん?」
馬車の扉が開き、降りてきたのは初老の紳士だった。
仕立ての良い服に、知的な片眼鏡。
彼は私の屋敷(元・幽霊屋敷)を見上げ、驚愕の表情を浮かべていた。
「ば、馬鹿な……あの呪われた屋敷が、これほど清浄な気に満ちているとは……!」
紳士は震える手で杖を握りしめ、そして庭にいる私と目が合った。
「そこのお嬢さん! 君が、ここの主かね!?」
……げっ。
なんか面倒くさそうなのが来た。
私は反射的に『認識阻害』のコマンドを打ち込もうとしたが、遅かった。
「私は王立魔導アカデミーの学長だ! この屋敷から放出される異常な魔力反応を感知して飛んできたのだが……!」
どうやら、リフォームの際に魔力を使いすぎたらしい。
私は「ただの10歳児」の仮面を被り、首を傾げた。
「おじちゃん、だあれ?」
精一杯のあざとい演技で、私はこの場を乗り切る決意をした。




