第4話 極上のディナーと、泥水のスープ
王都の一等地に店を構える高級レストラン『金の仔羊亭』。
貴族や大商人が商談に使うようなこの店に、私は一人で座っていた。
「お客様、お待たせいたしました。特上サーロインステーキ、特製オニオンソース添えでございます」
「わぁ……!」
ウェイターが恭しく置いた銀の皿の上で、分厚い肉がジューシーな音を立てている。飴色になるまで炒められた玉ねぎの甘い香りと、香ばしい肉の匂いが鼻腔をくすぐり、私は思わず喉を鳴らした。
10歳の子供が一人で来るような店ではないけれど、さっき換金した金貨の袋をチラつかせたら、店のオーナーが飛んできて個室を用意してくれたのだ。世の中、やっぱり金だ。
「いただきます!」
ナイフを入れると、肉汁が溢れ出す。口に運べば、とろけるような食感と濃厚な旨味が広がった。
美味しい。本当に美味しい。
勇者パーティにいた頃は、私の食事なんて彼らの残飯か、あるいは私が作った保存食の端切れだった。飲み物だって、今日は最高級の葡萄ジュースだ。
「……この世界に来て、初めて『ご飯』を食べた気がする」
私はステーキを噛み締めながら、窓の外を見下ろした。
王都の煌びやかな夜景。
この平和な風景を守るために戦っていると自負していた勇者たちは、今頃どうしているだろうか。
◇
一方その頃。王都のスラム街に近い、薄汚れた安宿にて。
「ふざけんな! なんで俺様がこんな豚小屋に泊まらなきゃならねぇんだ!」
レオンの怒声が、狭い部屋に響き渡った。
ギルドでの借金取り立ては、過酷なものだった。
「とりあえず利息分だけでも」と、彼らが身につけていた予備の装備や宝石類は全て没収された。手元に残ったのは、なけなしの銅貨数枚だけ。
「ひっく……レオン様ぁ、ここ臭いですぅ……布団もなんか湿ってるしぃ……」
マリアは部屋の隅で泣いていた。彼女の自慢の白い聖女服は泥だらけで、もはや雑巾のようだ。
「我慢しろ! 明日になれば……明日になれば、またクエストを受けて稼げるはずだ」
レオンは硬いベッドに腰を下ろし、頭を抱えた。
夕食は、宿屋のおかみが出してきた『具のない泥水のようなスープ』と『石のように硬い黒パン』だけ。
「……どうしてこうなった」
レオンは呟く。
今日一日で起きた不幸の連続。スライムに負け、道に迷い、金が消え、装備を奪われた。
そして彼の脳裏に浮かんだのは、今朝追放したばかりの、あの小さな少女の顔だった。
「……あいつだ」
「え?」
「アリスだ! あいつがいなくなってからおかしくなった! あいつ、俺たちの荷物を持ってたよな!? きっと『幸運のお守り』とか『高級な地図』とか、大事なものをあいつが持ち逃げしたんだ!」
それは完全な言いがかりだった。
しかし、プライドの高い彼にとって、「自分の実力が低かった」と認めるより、「誰かに陥れられた」と考える方が遥かに受け入れやすかったのだ。
「そうですわ! あの子、見た目からして陰気で不吉でしたもの! きっと呪いのアイテムを使って私たちを妨害してるんですぅ!」
「許せねぇ……! 恩を仇で返しやがって!」
レオンはスープの入った椀を壁に投げつけた。
「探すぞ! 明日一番であのガキを探し出して、俺たちの物を返させる! そして土下座させてやる!」
「はいっ! 徹底的にやりましょう!」
二人は、間違った方向への怒りをエネルギーに変え、硬いパンをかじった。
自分たちが既に『詰んでいる』ことにも気づかずに。
◇
「ごちそうさまでしたー」
私は満足げにお腹をさすりながら、レストランを出た。
夜風が心地よい。
さて、お腹も満たされたし、次は住処だ。
安宿暮らしも悪くはないけど、セキュリティ面が不安だ。私が『管理者』であることがバレたら、国中の権力者が私をさらいに来るだろうし。
「……よし、作っちゃおう」
私は人気のない路地裏に入り、システムウィンドウを展開した。
狙うは、王都の一等地にある『売りに出されている幽霊屋敷』だ。
広大な庭付きの豪邸だが、悪霊が出ると噂されて誰も寄り付かず、格安で放置されている物件。
「『Map Search: 幽霊屋敷』……あった」
私はその場で不動産ギルドのデータベースに(勝手に)アクセスし、さっきの月光草で得た資金を電子的に送金。
購入手続き、完了。
そして私は、屋敷の座標を指定してコマンドを打ち込む。
『Target: Ghost_House / Action: Clean_All (全浄化)』
『Action: Reform (改装) / Style: Modern_Japanese (現代日本風)』
エンターキーを押した瞬間、遠くで微かな光が弾けたような気がした。
悪霊たちは成仏し、朽ちた壁は新築のように修復され、内装は私が前世で住んでいたかった理想のマイホームに書き換わったはずだ。
「完璧」
私はリュックを背負い直し、自分の新しい『城』へと歩き出した。
そこには、最高のベッドと、誰にも邪魔されない自由が待っている。
勇者たちが血眼になって私を探そうとしていることなど、知る由もなく。




