第30話 管理者たちの決断と、本当の日常
「……創造主?」
私は手紙を読み上げた。
ヴェルが私の横から覗き込み、眉をひそめる。
「ふん、我々を戦わせてデータを収集していた、ということか。気に食わんな」
「まったくだわ。私が必死に守ってきた日常を、『予選』呼ばわりなんて」
私は手紙をくしゃくしゃに丸めると、まだ燻っているロボットの残骸の中に放り投げた。
メラメラと燃える手紙を見つめながら、私は皆に問いかける。
「ねえ、みんな。この『本戦』とやら、参加したい?」
「冗談じゃない。僕はもう戦いはお腹いっぱいだよ」
カイルが肩をすくめる。
「私もですわ。アリス様についていくだけで精一杯ですもの」
フリージアも苦笑い。
「我も御免だ。徹夜続きの開発はもう懲り懲りだからな」
ヴェルも首を振る。
そして、目を覚ましたエレオノーラが、ふらふらと起き上がった。
「……わたくしも、もう沢山ですわ。ロボットの修理費だけで国が傾きますもの」
彼女は煤だらけの顔で、少しだけバツが悪そうに私を見た。
「……今回はわたくしの負けですわ。あなたの『シンプル(手抜き)OS』も、まあ、悪くはありませんでしたし」
「手抜きじゃないわよ、軽量化よ」
私はフッと笑った。
全員の意見は一致した。
「じゃあ、決まりね」
私は空中に巨大なシステムウィンドウを展開した。
そこには『Invitation to Final Round (本戦への招待)』というボタンが点滅している。
「創造主さん、見てる?」
私は虚空に向かって語りかけた。
「あんたが作ったこの世界、確かにバグだらけで不便だけど……結構気に入ってるのよ。だから、これ以上のアップデートは必要ないわ」
私は指を振り上げ、そして力強く叩きつけた。
――『Decline (拒否)』。
さらに、私は管理者権限の奥底にある『Root Access (特権)』を使って、創造主からのアクセスポートそのものを『Block (遮断)』した。
『Warning Connection Lost with GM. (GMとの接続が切断されました)』
『System Mode Offline (スタンドアローンモードへ移行)』
「これでよし。もう誰からも干渉されない、私たちだけの世界よ」
空が澄み渡り、どこまでも広がる青空が見えた。
それは誰かが作った空ではなく、この世界そのものの色だった。
◇
それから数ヶ月後。
私の屋敷の庭では、盛大なバーベキューパーティが開かれていた。
「肉が焼けたぞー! 早い者勝ちだ!」
ヴェルがトングを持って仕切っている。彼は最近、サイバー対策室を辞めて『魔導具エンジニア』として独立したらしい。
「ああっ! それはわたくしのお肉ですわ!」
エレオノーラが上品さをかなぐり捨てて肉を奪い合う。彼女はたまに遊びに来ては、私の家のインテリアにダメ出しをしていく良き喧嘩友達になった。
「アリス様、冷たいお飲み物はいかがですか?」
「ありがとう、フリージア」
私は木陰のハンモックに揺られながら、賑やかな庭を眺めていた。
カイルはクラブロスと遊んでいるし、ハヤテとミラージュは大道芸を披露して盛り上げている。
勇者パーティを追放され、魔王を倒し、聖女と戦い、神様からの招待状も蹴っ飛ばした。
波乱万丈だったけれど、ようやく手に入れた。
「……うん、最高のスローライフだね」
私は縁側でお茶を啜りながら答えた。
システムウィンドウを開くと、世界のバグ報告は驚くほど減っていた。
「……そういえば」
私はふと思い立ち、最後にもう一度だけ『検索コマンド』を実行した。
対象は、あの二人の名前だ。
『Search: Leon & Maria / Current Status: Healthy (健康)』
『Location: Orphanage in the Capital (王都の孤児院)』
ウィンドウに、遠隔カメラの映像が表示される。
そこには、教会の庭でヨチヨチと歩く、1歳になったばかりの男の子と女の子の姿があった。
まだ言葉も話せないようだが、男の子が転びそうになると、女の子が心配そうに服の袖を掴んでいる。
「……ふーん。今度は仲良くやってるみたいね」
私は小さく呟き、ウィンドウを閉じた。
記憶も力も失ったけれど、彼らは彼らなりの「スローライフ(やり直し)」を手に入れたようだ。
もう私が干渉する必要はない。二度と関わることもないだろうけれど、今度こそ真っ当に生きてくれることを、少しだけ祈ってあげよう。
「アリスー、お肉焦げちゃうよ!」
「あ、今行く!」
カイルの声に、私は思考を切り替えた。
過去の因縁はこれで本当におしまい。
私の目の前には、今、大切にすべき仲間と、美味しそうな焼肉があるのだから。
私は目を閉じた。
心地よい風が吹き抜ける。
システムウィンドウを開く必要もない。
ただ、この幸せな時間を噛みしめるだけでいいのだから。
――でもまあ、もしまた何かトラブルが起きたら。
その時はその時で、全力で『デバッグ』してあげるけどね。
私はニカっと笑い、みんなの輪の中へと飛び込んでいった。
『「役立たずの荷物持ち」と勇者パーティを追放された幼女ですが、実は世界システムの「管理者」でした』
(完)




