第24話 セーフモードと、バッテリー切れ
「セーフモード……起動!」
私が叫ぶと同時に、周囲の景色が一変した。
空の青さも、木々の緑も、エレオノーラのキラキラしたエフェクトも全て消え失せ、世界が「灰色一色」のワイヤーフレーム(線画)のような空間になった。
「な、なんですのこれ!? わたくしの美しいグラフィックが!」
「余計な装飾データを全カットした『最低画質設定』よ。これならあんたのOSの影響を受けずに動ける!」
セーフモード。それは必要最低限の機能だけでシステムを動かす緊急用モードだ。
色はなく、音もチープな電子音だけ。でも、動作は爆速だ。
「行くわよ! 『Cmd: Rock_Throw (投石)』!」
私がコマンドを打つと、シンプルな灰色の立方体(岩判定)が出現し、エレオノーラに向かって飛んでいく。
エフェクトも何もない、ただの物理演算の塊だ。
「こんな地味な攻撃、防いでみせますわ! 『Execute: Ultra_Gorgeous_Barrier (超豪華バリア)』!」
エレオノーラが優雅に指を振る。
しかし――。
シーン……。
何も起きない。
彼女の周りにキラキラした薔薇の花弁が舞うはずだったが、セーフモード環境下ではその重いエフェクト処理が実行されず、スキル自体が不発に終わったのだ。
「えっ? バリアが出ませんわ!?」
「あんたの魔法、見た目重視すぎて『描画処理』にリソース割きすぎなのよ! 画質最低のこの空間じゃ、何も表示できないわよ!」
ドゴッ!
灰色の立方体が、無防備なエレオノーラの額に直撃した。
「きゃうっ!?」
「ついでにこれも! 『Cmd: Water_Gun (水鉄砲)』!」
バシャッ!
灰色の水が彼女の顔面を直撃する。
「ぶっ!? 冷たっ! ちょ、ちょっとタイム! 顔はやめて! メイクが落ちますわ!」
「知るか! 私の平穏を脅かした罰よ!」
私はここぞとばかりに低負荷の攻撃魔法(泥団子、強風、静電気など)を連打した。
高機能・高画質に特化したエレオノーラの魔法は、この極限まで軽量化された空間では手も足も出ない。
「くっ……卑怯ですわ! こんな原始的な戦い方……!」
「シンプル・イズ・ベストよ!」
追い詰められたエレオノーラ。
その時、彼女の頭上に浮かんでいたピンク色のウィンドウが、プンッという音と共に消滅した。
「あ……」
「ん?」
エレオノーラが青ざめる。
「ま、まさか……」
「どうしたの?」
「……バッテリー切れですわ」
彼女はガクリと膝をついた。
「わたくしのエンパイアOS、高機能すぎて……魔力消費(バッテリー食い)が激しいんですの……」
「ポンコツじゃん!!」
私は思わずツッコミを入れた。
最新のスマホが半日で充電切れになるようなものか。
「おのれ……今日はこのくらいにしておいてあげますわ! 次は予備バッテリー(魔石)を持ってきて、必ずあなたを屈服させてみせます!」
エレオノーラは捨て台詞を吐くと、護衛の騎士たちに担がれて(自分の足で歩く魔力も残っていないらしい)逃げていった。
「……勝った?」
私はセーフモードを解除した。
世界に色が戻る。
私の屋敷の前には、板チョコの残骸と、泥だらけの足跡だけが残されていた。
「ふぅ……疲れた」
カイルとフリージアのラグも治ったようだ。
「すごいねアリス。あの聖女を追い返すなんて」
「でも、あの子が言ってた『エンパイアOS』……まだ完全には消えてないみたい」
私はタブレットを見た。
画面の隅に、まだ小さなアイコンが残っている。
『Update Pending... (更新保留中)』。
「あいつ、諦めてないわね。……これは長期戦になりそう」
新たなライバルの出現。
私のスローライフに、またしても面倒な「アップデート通知」が届いてしまったようだ。




