第18話 闇夜の鬼ごっこと、座標バグ
深夜の温泉街。
人気のない通りを、私たちは歩いていた。
表向きは散歩だが、実際はシステムマップに映る二つの反応を誘き出すための囮だ。
「……来たよ、アリス」
カイルが小声で警告する。
瞬間、周囲の景色がぐにゃりと歪んだ。
街灯の明かりが消え、足元の石畳が底なしの沼のように沈み込む。
「ようこそ、我らが『幻影結界』へ」
虚空からキザな声が響いた。
現れたのは、シルクハットを被った道化師のような男。魔王軍四天王『幻影の魔術師』ミラージュだ。
「そして、死角からは私が頂く」
ヒュンッ!
風を切る音と共に、影の中から無数の手裏剣が飛来した。
こちらは『疾風の暗殺者』ハヤテ。黒装束に身を包んだ忍者スタイルの魔族だ。
「幻術で視界を奪い、暗殺者が仕留める。……古典的だけど厄介なコンボね」
私は飛んでくる手裏剣を、手にした団扇(温泉街のお土産)でパタパタと扇いで叩き落とした。
『物理無効化バリア』を展開済みなので、当たっても痛くはないが、服が破れるのは嫌だ。
「ふん、やるな。だが、この結界内では貴様の『座標』は常にズレ続ける!」
ミラージュが指を鳴らす。
すると、私の目の前にあったはずのカイルが、いきなり遥か遠くの屋根の上にワープした。
フリージアも、足元の地面が裏返って空へ落ちていく。
「うわぁっ!? なにこれ気持ち悪い!」
「アリス様ぁ! 助けてくださいまし!」
空間そのものがランダムにシャッフルされ、平衡感覚が狂う。
これではまともに攻撃も移動もできない。
「ククク、管理者の権限も、対象の座標が確定できなければ無意味! さあ、迷宮の中で朽ち果てろ!」
ハヤテが高速移動で私の背後に回り込み、毒塗りの短剣を突き出す。
避けようとするが、私の身体が意図しない方向へスライドしてしまう。
(チッ、座標データの改竄か。結構高度なことしてくるじゃない)
私は舌打ちした。
普通なら詰みの状況。
でも、私はエンジニアだ。バグにはバグで対抗する手段を知っている。
「ねえ、あんたたち。ゲームで『壁抜けバグ』って知ってる?」
「あン? 何を言って……」
私はシステムウィンドウを開き、自分の『当たり判定』の設定をいじった。
『Action: Clipping_Mode (すり抜けモード) / ON』
『Gravity: Inverse (重力反転)』
次の瞬間。
私はハヤテの短剣を幽霊のようにすり抜け、そのまま地面へと沈んでいった。
「なッ!? 消えた!?」
「地中へ逃げたのか!?」
二人が慌てて地面を覗き込む。
しかし、私は地中にはいない。
世界の『裏側(ポリゴンの隙間)』を通って――。
「ここだよ」
私は二人の真上――空中に逆さまに立っていた。
「なっ……!?」
見上げれば、そこには夜空ではなく、地面がある。
重力を反転させ、さらに座標バグを利用して『結界の外側』に回り込んだのだ。
「種明かしの時間です。……『System Command: Format_Area (領域初期化)』」
私が指パッチンをする。
バリンッ!!
鏡が割れるような音と共に、ミラージュの幻影結界が粉々に砕け散った。
「ぐああっ! 私の結界が!」
「馬鹿な、術式を強制解除しただと!?」
元の温泉街に戻った二人は、無防備な状態で地面に転がっていた。
「さて、お仕置きの時間ね」
私は、さっき作った『特製爆弾おにぎり』を取り出した。
「これ、カニ味噌たっぷり爆裂魔法味。……どっちが食べる?」
「「い、いりません!!」」
二人は脱兎のごとく逃げ出そうとしたが、フリージア(カニを食べて元気いっぱい)が氷の鎖で捕獲した。
「逃しませんわよ! 私だけ秘書なんて不公平ですもの! あなたたちも働きなさい!」
「やめろ! 我々は誇り高き四天王……」
「はい、あーん」
私は無理やり二人の口におにぎりを突っ込んだ。
――チュドォオオオン!!
夜空に美しい花火が上がり、二人の四天王は綺麗に吹っ飛んだ(気絶した)。
◇
翌朝。
私たちの荷物持ち係が二名増えていた。
ボロボロになった道化師と忍者が、重いリュックを背負ってトボトボと歩いている。
「……なんで我々がこんなことを」
「殺してくれ……いっそ殺してくれ……」
「減らず口叩くと、今日のランチも爆弾にするわよ?」
私が脅すと、二人は直立不動で「ハイッ! 喜んで運びます!」と叫んだ。
これで四天王コンプリート。
残る敵は、魔王ただ一人。
「待っててね、引きこもり魔王。……あんたの城、リフォームしてあげるから」
魔王城はもう、目と鼻の先だ。




